企業が、内定を出した学生の親に確認を取る「オヤカク」が広がるなど、子どもの就活や働き方に、親が関わることが増えている。産業医で精神科医の井上智介さんは「『過保護だ』と批判する向きもあるが、必ずしも悪いことばかりではない。おそらくこうした傾向は今後も広がるし、親は、本人の家庭での様子やメンタルヘルスの状態などを知るための良い情報源となりえるので、企業の側も上手に頼ることを考えてみてほしい」という――。
虫眼鏡で人材を探すイメージ
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半数以上の親が「オヤカク」を経験

親向けの説明会を実施する「オヤオリ」(親向けのオリエンテーション)や、企業が学生の内定時に親に確認をとる「オヤカク」など、親が子どもの就職に関わるケースが増えているようです。マイナビ「2023年度 就職活動に対する保護者の意識調査」によると、「オヤカク」を受けた親は、52.4%と半数以上にのぼるそうです。

われわれ産業医の立場から見ても、親が子どもの就職や仕事に関わってくるケースは増えていると感じています。

その背景にあるのは、まず少子化です。一人っ子が増え、親が子どもに割ける時間が多くなっているところに、コロナ禍の影響により家で過ごす時間が増えて、家族で就職や仕事について話す機会が格段に増えました。

たとえば、自宅で就活中の子どもがオンライン面接をしていて、圧迫面接を受けている。すでに就職している子どもが、オンラインミーティングで上司から厳しく叱責しっせきされている。こうしたことをたまたま知ると、親も心配になってしまいます。今までなら見えなかったところが見えるようになったことで、親が子どもの就職や仕事に関心を持つようになったと考えられます。

産業医の私のところにも、ある従業員の親御さんから手紙が届いたことがあります。うつ病で休職している方の親御さんで、「復職にあたって、もとの部署から異動させてほしい」という内容でした。つまり、わが子が人間関係の問題でメンタルを崩したので、親が配置替えを希望しているわけです。

私から、その会社の人事部に伝えたところ「直接私たちに言ってくれたらよかったのに」とは言われましたが、状況を理解してもらうことができ、配置替えが行われることになって穏便に終わりました。ただ、こういった要望がスムーズに通るかどうかは会社によりけりです。ある程度規模が大きい企業であれば、配置替えをすることは可能ですが、規模が小さい企業だと、そもそも異動する先の部署がないこともあります。

また、親から直接連絡があったわけではありませんが、本当はまだ回復しきっておらず、もう少し休職を続けたほうがいいのに、患者本人が復職を希望し、話をよく聞いてみると「親から早く復職しろと言われているので」ということもあります。これは、昔からよくあるパターンです。

親がメンタルヘルスの不調に理解がなく、本人が休職して家でゆっくり過ごしているのを「元気そうなのに、なまけているだけではないか」と誤解し、「早く復職しなさい」と背中を押していることもありますし、子どもが家計の一部を担っているので、休職が続くと経済的に困るからというケースもあります。

いずれにせよ、私が見聞きする範囲では、親が関わってくることで大きなトラブルに発展するといったケースはありませんが、これからそういったことが増える可能性はあるでしょう。

「親の介入」は悪いことばかりではない

会社も上司も、「従業員や部下の後ろには親がいる」という視点を、持っておく必要が出てきているように思います。これは、今まではあまりなかったことなので、やりにくさを感じるかもしれませんが、悪い面ばかりではありません。

最近は過労死のニュースが多いせいか、親が子どもの長時間労働を心配して、産業医や会社に連絡してくることも増えました。

ある親御さんは、子どもが毎朝早く出勤し、帰宅時間も遅いので、「うちの子は『大丈夫』と言っているけれど、本当に大丈夫なのか」と会社にこっそり相談に見えました。調べてみると、本人が申請している残業時間よりも、はるかに多い「サービス残業」が発生していたことが判明しました。それが親によって明らかになり、結果的に会社も助かったというケースでした。

このときに親が「どうしてくれるんだ」「どんな働き方をさせているんだ」と怒鳴りこんできていたり、会社の側が「余計な介入をしてこないでください」と邪険な対応をしていたら、こじれていた可能性もあります。しかしこの場合は、親の方が礼儀正しく相談に来られ、会社側も丁寧な対応をして、双方が冷静に建設的な話し合いや調査を進めることができ、勤務状況を改善できました。

本人が心身ともに疲れ切っていて、自分が「働き過ぎ」の状況にあることを自覚できていなかったり、自覚はしていても会社に言いにくいと思っている場合、こうして家族が状況に気づいて会社や医療機関、しかるべき窓口に相談することで、状況改善のきっかけになることがあるのです。

頭を抱えるビジネスマン
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会社にとっては「良い情報源」になりえる

特に、就職したばかりというのは、確かに大変な時期なので、会社だけでなく、家族も一緒に本人を支えていくのは、とてもいいことだと思います。「オヤオリ」「オヤカク」のように、子どもの就職や仕事に親が関わることに対して、ネットなどでは「過保護ではないか」と批判的な見方をされることがとても多いですが、私はこうした傾向は必ずしも悪いことではないように思います。

いまや上司のほとんどがプレイングマネジャーで、なかなか部下一人ひとりの様子を見ることができません。仕事の成果を上げながら、部下を育成し、メンバーのメンタルヘルスにも気を配るのは大変です。会社の方も、親の目や家庭からの情報に救われることがあります。家庭での様子や、メンタルヘルスの状態などを知るための良い情報源になりえるので、上手に頼って活用することを考えてみてください。

親の側は過干渉にならないよう見守る

ただ、子離れができておらず、過干渉から子どもの労働環境を心配し過ぎる親がいるのも事実です。親が過干渉だと、子どもは自分に自信が持てず、主体性や自主性がなくなり人の顔色をうかがってばかりになってしまうのも心配です。子どものことを一人の社会人として尊重し、心配な気持ちとバランスを取りながら見守るという姿勢が大切でしょう。

先ほどの事例のように、親からの情報で長時間労働が発覚するなど、プラスに作用することもありますから、親が行動を起こすことは非常識とはいえなくなっています。ただ、子どもの上司に直接連絡して怒鳴りこんだりするのではなく、気になることがあれば「心配なので相談させてほしい」といったスタンスで、人事総務課に連絡してみるとよいでしょう。

会社、上司、親という三者で情報共有し、そこがうまく回るようになると、子ども=従業員一人ひとりの健康や幸せのボリュームが、もっと上がっていくだろうと思います。

会社の事情、親の事情

就職の場面で「オヤカク」「オヤオリ」などが増えている背景には、若手人材の奪い合いがあります。

最近の親子は仲がよく、就職活動でも親に相談することが多いようです。親世代の方も、両親ともに「就活」を経験している人が多いので、子どもの就活にアドバイスすることに抵抗がありません。

また企業からすると、少子化で、採用には大きなエネルギーとコストがかかります。最近は親の反対で内定を辞退する学生も多く、優秀な人材に入社してもらうためには、親も巻き込み納得してもらい、少しでも自社への入社を後押ししてほしいという意図が働いていると思います。

ただし、オヤカク、つまり親の太鼓判をもらって入社している場合、職場で何か理不尽なことがあっても、子どもが辞めにくくなる可能性があります。オヤカクが本人の自由な職業選択の足かせにならなければいいなと思っています。

「オヤオリ」を実施している企業の方から、興味深い話を聞いたことがあります。親にアンケートをとって参加理由を聞いたところ、「子どもがブラック企業に入ってメンタルヘルス不調になるなど体調を崩したりすれば、親が経済的に支えていかなくてはいけない。自分たちの老後を考えるだけでも手いっぱいなのに、いつまでも子どもにすねをかじられ続けるのは大変なので、子どもには健康的に長く働ける会社に入ってもらわないと困る」といった理由を挙げる人も多かったそうです。

オリエンに参加するのは、子どものためだけではなく、自分たちのためでもある。これは非常にリアルな視点だと思いました。

少子化や、企業側の事情、親の事情などを考えると、親が子どもの就職や仕事に関わっていくという流れはこれからも広がっていくでしょう。これを前向きにとらえ、若い人たちが健全に働き続けられるように、協力し合うことが必要だと思います。