日本でも格差社会が問題になっている。格差が拡大すると日本の社会や政治、経済の不安定要因になる可能性がある。お笑い芸人の「パックン」ことパトリック・ハーランさんとエコノミストのエミン・ユルマズさんに、日本の格差問題について語ってもらった――。

貧困が見えすぎるアメリカと見えにくい日本

――投資をする人が増えると資産を持つ人と持たない人の格差がますます広がっていくと思いますが、現状、日本の格差についてどう思いますか。

【パックン】僕は以前、書籍『逆境力』の中で貧困問題についても書きました。そこで指摘したのは、隠れ貧困が日本の大きな問題になっているということです。反対にアメリカには見えすぎる貧困があります。これも問題ですが、職業や住んでいるエリアで「おそらく家計が厳しいんだね」と推測がつく。日本の場合は、職業や住んでいる地域ではわからないですよね。

中間層が分厚いのが、日本の強みです。ただ、日本財団によると7人に1人の子どもが貧困家庭で暮らしているそうです。この割合は絶対に高すぎると思う。日本も改善の余地があるのは間違いないです。ただ、アメリカのようにフェラーリに乗っている人がいる一方で、自転車さえ買えない生活をしている人がいるような格差はない。その点は評価しましょう、と思っています。

インフレへの転換で資産を持つ人と持たない人の格差が広がる

――エミンさんは日本の格差は広がっていくと思いますか。

【エミン】格差は話題になっているけど、年間にどのくらい稼いでいるかを見ると、日本の格差は広がってはいない。たとえば年収1000万円以上の人の割合は大きく増えていませんし、逆に一番下の層も大きく増えていないので日本は安定しているといえる。

ただし、世の中がインフレになってきたにもかかわらず日銀は金融緩和を続けているので、資産を持っている人と持っていない人の差はどんどん拡大していると思う。

お笑い芸人のパックンさん(右)とエコノミストのエミン・ユルマズさん。
撮影=遠藤素子
お笑い芸人のパックンさん(右)とエコノミストのエミン・ユルマズさん。

【パックン】その通り。

【エミン】当然ながら、インフレは生活を直撃するから、資産を持っていない人にとっては、ものすごく厳しい。給料収入しかないからね。

【パックン】そういう人は賃貸物件に暮らしている人が多いでしょ。不動産を買った人はインフレで賃金が上がれば、ローンを返しやすくなるけど、賃貸の人は賃金が上がるかわからないけど、確実に家賃が上がるはずだから、どんどん生活が苦しくなる。

【エミン】だから、今後は格差が拡大するかもしれない。いま日本で資産を持っているのは、年齢が高い層が多いので、若い人はこれから資産をつくらなければならない。その人たちをインフレが直撃して、税負担が増えて、社会保険料の負担が増えていく。これは日本の社会、政治、経済の不安定要因になる可能性はあると思う。かつ日本では働いている層、納税者の権利を主張する政党がないから、若い人の声は反映されないでしょ。

新NISAを活用する人、しない人の間で格差は広がる

【パックン】「政治と金の問題」のように、政治家に声を一番聞いてもらえるのは政治資金パーティーに参加できるような人たちですよね。町工場で働いている人、シングルマザー、パートの方はパーティーには行っていない。だから僕はこの政治と金の問題が格差問題と直結しているようにも見えるんです。

そして、ちょっと言いづらいけど新NISAも格差社会の表れで格差社会を助長するものかもしれない。新NISAではキャピタルゲインに対する2割の税金が免除になります。これも投資できる人だけを優遇するものだが、そもそも2割という税率自体もお得なのです。普通の人が頑張って働く場合、所得が増えると税率も上がっていく仕組みになっています。課税される所得が330万円に達するとその時点で税率20%になり、最高で45%まで上がってしまいます。必死に仕事して稼ぐと納税額がぐんぐん増えるのに、大して頑張らないで手に入ってしまうキャピタルゲインがどんな大金になっても一律2割の税金しか納めないなんてどういうことだと思うんですよ。まあ、アメリカもそうなっているから、日本も合わせているだけかもしれないけど。

【エミン】キャピタルゲイン課税は日本より高いところもあれば、低いところもあるけど、20%の税率に関しては、そこまで気にする必要はないと僕は思っている。

ポイントは、すでに資産を持っている人といない人との差。とくに不動産を持っている人は、資産価値が相当に上がっているから、持っていない人の差は大きくなっている。同じことがアメリカでも起きています。原因は金融緩和のやり過ぎ。金融緩和は資産インフレをつくります。

「日銀が金融緩和を続けていることで、資産を持つ人と持たない人の格差は拡大している」とエミンさん。
撮影=遠藤素子
「日銀が金融緩和を続けていることで、資産を持つ人と持たない人の格差は拡大している」とエミンさん。

ベビーボンドなどで若い層に公的資金を使うべき

【パックン】不動産だけを見ても格差は見えるね。都市部は跳ね上がっているけど、過疎化している地域で何代も資産として持ち続けた不動産は、お金を支払って政府に返還しなければいけない状態になっているでしょ。そこにも勝ち負けができています。国民の実感にこれほど差が出てくると、エミンさんがおっしゃったように社会的な不安定にもつながりかねないと思う。“都市部の人だけが得してどうするんだ”って。

――負け組から抜け出すには、少しでも積立投資をして資産をつくるのがいいですか。

【パックン】負け組という言い方はあまりすきじゃないですけど、とくに年金が心配な今の時代は、自分で自分の老後資金を形成しなければなりません。

そのためには積み立てを始めることも大事ですが、僕はまだ資産を持っていない層に対して、少し公的資金をかけていいと思うんです、ベビーボンドのように。トルコにもある?

【エミン】ベビーボンドって何?

【パックン】赤ちゃんに信託口座を渡して、いくらかのお金を政府が最初に入れておくんです。

【エミン】へえ、すごい。

【パックン】導入している国や地域は少ないですけど。

【エミン】トルコにはないよ。トルコは赤ちゃんの服に金(ゴールド)のコインを付ける(笑)。

【パックン】本物の金?

【エミン】そう。本物。

お金持ちからもっと税金を集めて教育や貧困問題を解決すればいい

【パックン】だったら得するかもね。僕は政府が資産形成を助けてもいいと思うんですよ。新NISAもその第一歩としてはいいかもしれないけどね。

――高齢者にお金が集中していることを考えると、贈与税などを減らし子ども世代、孫世代に資金を渡しやすくするのはどうですか。

【エミン】それは税制の問題ですね。無税で贈与できる額を増やすとか。

【パックン】僕はフラットな社会がいいと思うので、たとえば1億円以上の資産に対しては相続税をわりと高い設定にしてもいいと思う。僕とエミンさんは損をするかもしれないけど、お金持ちから税金を集めて教育や貧困問題の解決などに使って、よりフラットな社会を目指したほうが最終的に得なんじゃないかなと思うんです。

――格差社会にもメリットはありますか。

【パックン】メリットとデメリットの両方がありますよね。フラット社会のメリットは元気な消費者が多くなることで、物が売れて企業が儲かって税収が増えて、教育や社会福祉がしっかりしてくる。一方、お金持ちにお金が集中するとリスクをとってイノベーションにお金を回すようになるから格差はあったほうがいいと言う人もいるんですね。

フラット社会のデメリットとして、みんなが同じ生活になると、ハングリー精神が薄れるかもしれないと言われます。ただ、ハングリーにさせるために大勢を飢えさせるってことになりますね。日本には十分にハングリーさはあるから、全国民に対する皆保険とか、皆教育とか、制度を強化するためにお金持ちから税金をとってもいいと思う。

「若者が教育を受けられて、子育てがしやすい社会にしてほしい」とパックンさん。
撮影=遠藤素子
「若者が教育を受けられて、子育てがしやすい社会にしてほしい」とパックンさん。

若い世代の生活が苦しいのは金融緩和が原因

――日本は世代間の格差がすごく大きくて若い世代が苦しい状況です。その点はいかがでしょうか。

【エミン】それは日本だけの問題じゃないよ。アメリカでも同じことが起きている。これも結局は金融緩和が原因。ここ15年間はずっとお金を刷っているから、リスク資産を持っていない人たちのお金は、ずっと目減りしている。反対に資産を持っている人は資産インフレで価値が増えているでしょうし、増えていないとしても価値は減っていない。これは日本に限っての話ではなく、どこでも同じことが起きているね。

――その怒りの持って行き場がないですね。

【エミン】怒りの持って行き場がトランプさんだったのかもしれない。それで当選したんじゃない?

もっと若者にチャンスを与えるべき

【パックン】「長く生きているほうが資産は貯まる」のは正当な制度の結果だと思うんですよ。15歳が60歳よりお金を持っているようになったら、逆に反乱が起きるでしょ。ただ、若者にはチャンスを与えるべきだと思います。若い人は働いてお金を稼げばいいし、何か足りなければ教育を受ければいい。その機会をたくさん与えて、労働市場を流動化させたり、能力を伸ばす可能性を増やし、起業できる環境を整えることがすごく大事です。資産はお年寄りに集まって当然ですけど、チャンスは若者に集まってほしいです。

【エミン】モノの価格がどんどん上がってインフレが起きているわけでしょ。それは全世界共通です。そして、不動産価格が上がって若者にはマイホームが夢になってしまう。「若い人は車に乗らない」と言われているけど、お金がない面が大きいと思う。

さらに学費が上がっているでしょ。多くの学生が奨学金を借りて、就職してから返済することになる。この人たちの返済が終わって、いつ家族をつくれるようになるのかを考えると、子どもが増えるわけがない。

【パックン】その通り。

【エミン】すべての根っこにあるのは、金融緩和のし過ぎで、お金を目減りさせすぎている。

【パックン】お金の価値が下がっているね。

【エミン】日本はどんどん借金を増やしているけど、生産的なことをやっていない。現状維持しようとして、働いている層の負担をどんどん重くしている。

大都市圏の若い世代はマイホームが買えなくなった

【パックン】勘違いしてほしくないけど、僕は若者にチャンスと収入を与えてほしい。若者が稼げるようにしてほしい。教育を受けられるようにしてほしいし、子育てできるようにしてほしい。マイホームがあって、しっかり仕事ができて、家族が持てるくらいの収入は与えるべきですよ。緩和し過ぎて格差が拡大した面もあるかもしれないけど、3、40年前もお金持ちにお金が集中していたのは同じでしょ。

【エミン】もちろんそうです。全体的に見ると、100年前と比べて格差自体は減っている。しかし、いまの若い人の親世代は、兄弟姉妹がたくさんいてもみんな元気に育って、ほとんど借金せずに大学に通えた。にもかかわらず、若い世代は子どもを1人育てるのもけっこう大変で不動産を持っていない。

大都市圏に住んでいたら、今後も不動産を買える見込みはない。20年前、30年前より、スタート地点がすごく後ろになってきている。

【パックン】晩婚化も進んでいるし。

【エミン】そう。これは日本だけではなく全世界、アメリカでもトルコでも同じことが起きている。昔の人は借金もなく大学を卒業して、結婚してローンを組んですぐに家を買って、子どもを3人、4人育てて、全員を学校に行かせても自分がリタイアする頃には、そこそこお金が貯まっていた。いまの人はそうした道を描けない。

【パックン】その代わりに昔のお父さんは週7日、毎日10時間以上働いていたり、女性は専業主婦以外に選択肢がなかったりして、マイナス面もあったと思うけど。

【エミン】もちろん。昔が良かったという話ではなく、格差や若者の苦悩の面でいうと、全世界共通している面がある。もう1つはサプライサイド経済(供給側に着目した経済政策)をやり過ぎたという面もある。つまり、トリクルダウン理論(※)が80年代から全世界的に浸透していった。

トリクルダウン理論 富裕層がさらにお金持ちになると、経済活動が活発化して低所得層にも利益が再分配されるとの経済理論。

東京一極集中は悪いことではない

【パックン】そうだね。搾取される時代になった。

【エミン】そう。スタート地点を少し前に持っていく意味では、学費の無償化などの政策を増やす必要はあると思う。

――その意味では日本の中でも東京都は頑張っていると思いますか。

【エミン】東京都は頑張っていると思いますよ。ただ、東京都は人口が多いから、さまざまな政策を実行しやすい面もあるよね。

【パックン】東京都自体がお金持ちですからね。東京都の恩恵を受けるためには東京都に住まなければなりませんが、一極集中は必ずしも悪くないと思う。過疎化して救済できない地域はどこか見切りをつけないとダメじゃないかな。

その上で苦労している皆さんをできるだけ助けて、最終的に元気な中間層が分厚い日本の特徴を継続させたいですね。そのためにはエミンさんがおっしゃるように教育の無償化を進めたり、皆保険や皆年金は本当にいい制度ですから維持してほしい。

しかし、不思議ですね。エミンさんがおっしゃる通り、昔はお父さんが働いているだけでも子どもを5人育てられたのに、いまは共働きでも子ども1人で苦しい。どういうことだと思いますよね。

人間はちょっと毛が少ないサル。能力の限界に達している

――夫婦共働きで時間もなくなっていますね。

【パックン】この50年ほどでパソコンもインターネットも携帯も生まれ、効率化がすごく進んでいるはずですけど、それを余計なものに使ってしまって、結局、効率が悪くなっているという気もするし、仕事から逃げられなくなっている。生産性を上げるはずの要素がわれわれを追い込んでいるのではないでしょうか。

【エミン】僕は人間の能力の限界に近付いてきていると思う。さまざまなツールのおかげで生産性は上がっていると思うけど、結局僕らはちょっと毛の少ないサルにすぎない。いまだに20万年前にできたハードウエアとソフトウエアを使って、さまざまなことに対応しようとしているわけでしょ。情報が増えすぎて、物事が複雑化して、人間の処理能力の限界に近付いているからこそ、AIの助けを借りなければいけないことになっているんじゃないかな。

たとえば、昔の人は仙台に出張に行くとき、前日に1泊して翌日にミーティング出て、さらに1泊して帰ってくることもあった。いまは日帰りだよね。物事が早くなっている。メールにしても、送るとすぐに返信がきてしまう。僕はメールを受け取ると、1、2日後に返信しているから、相手にもそうしてほしいと思っているけど、すぐ来てしまう。それがまたプレッシャーになるわけ。

【パックン】僕もそれ、すごくよくわかる。送った瞬間に既読になることもあるし、すごいよね。

【エミン】わかるでしょ。

いまの社会は急ぎすぎている。スローダウンしたほうがいい

【パックン】僕らの暮らしを40年前、50年前と比べれば、いまのほうがはるかに立派ですよ。みんなが携帯という超複合的なデバイスを持ち歩いているし、テレビはすごく薄くてでかくなっているし、楽しめるコンテンツも多い。ユニクロへ行けばめちゃいい洋服を安く買える。東京には全世界の料理があって、2、3000円で食べられる。一般の人が100年前の王様より立派な生活をしていますよね。

【エミン】しています。

【パックン】でも僕らはそれで満足しない面もある。「メールはいますぐ見なきゃ」「あの番組を見なきゃ」と自分で自分を追い詰めていると思うんですよね。

【エミン】人間社会はこの50年で間違いなく良くなっている。世界的に見れば、この50年でもおそらく30億人程度が貧困から脱出している。

中国にしても人口が14億人くらいいて、経済発展によってほとんど貧困から脱出したわけです。だからいい方向には向かっているはずなんですが、一方で生物としての限界に近付きつつあって、その意味ではスローダウンすべきかもしれない。その証拠にみんな自然がいいとか言い始めているでしょ。

【パックン】僕は生活をスローダウンさせるためにも『会社四季報』は読まないです(笑)。

【エミン】情報が多すぎるからね。

【パックン】そう。もうクラクラするよ。