若者の非婚化、少子化が止まらない日本。岸田政権の異次元の少子化対策は効果を発揮するか。海外で生まれ育ち、日本で活躍するお笑い芸人でパックンことパトリック・ハーランさんとエコノミストのエミン・ユルマズさんには日本の状況がどう映っているのか、語り合ってもらった――。
お笑い芸人のパックンさん(右)とエコノミストのエミン・ユルマズさん
撮影=市来朋久
お笑い芸人のパックンさん(右)とエコノミストのエミン・ユルマズさん

日本の少子化は経済面だけが原因ではない

【パトリック・ハーラン(以下パックン)】エミンさんは、お子さんはいますか。

【エミン・ユルマズ(以下エミン)】いないです。

【パックン】少子化の原因の1人ですね。

【エミン】そうなりますね(笑)。

【パックン】私には2人いますので、人口減少分は穴埋めできます。

【エミン】素晴らしい(笑)。

【パックン】プライベートのことをお聞きしてもいいですか。

【エミン】はい、どうぞ。

【パックン】この先はどうしますか。

【エミン】子どもが嫌いなわけではありませんが、つくる予定はないですね。日本の少子化の問題は、経済的な面がフォーカスされていますが、原因はそれだけではないと思います。生き方、暮らし方として「子どもはいなくてもいい」という人が増えているんじゃないかな。

【パックン】エミンさんと同じように合理的な判断をする方ですね。

【エミン】そうですね。既婚率も下がっていますし、パンデミックでものすごくセックスの頻度が減っているといいますし。

【パックン】そうですね。

パンデミックでも子どもが増えなかったのはなぜか

【エミン】本来、家に閉じこもる生活になると、セックスの頻度は増えるはずです。投資テーマから考えても、経済危機になると結婚が増えることを意識します。これはとてもカウンターインチューイティブに見えますね。

【パックン】非直感的。

【エミン】そう。なぜなら、景気が悪くなると人はよりどころを求めるようになって、結婚が増える。経済的にもそのほうが安全で安定するからね。すると結婚式場は儲かる。日本ではそうなりませんでしたが、欧州では宝くじの会社も儲かります。あるいは酒屋の株価も上がります。ただ、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックは、まったくこれに当てはまらなかった。パンデミックで結婚式ができなかったこともありますけど、結婚式場はまったく盛り上がらなかったよね。生命の危機に直面したにもかかわらず、子どもの数はむしろ減っています。これは珍しいです。子どもをつくらないという以前に、結婚しない、セックスしないという大きな変化が起きていますね。

【パックン】人間の社会、精神、家族観……すべてにおいてひそかな改革が起きているんですね。

【エミン】そう。

岸田政権の少子化対策は評価できるか

【パックン】それはある程度、哲学的な進展もあると思うんです。男女平等もそうですし、LGBTQの概念もある。ただそれは狙っているわけではなく、「結婚しなくても人生は楽しい」「私1人でも経済的な活動はできる」「奥さんや子どもがいなくても男として認められている」と思う人が増えて、少子化が起きています。

【エミン】おっしゃる通り。

【パックン】そこで岸田政権は異次元の少子化対策を発表したわけです。児童手当の拡充による経済的支援や子育て家庭を対象とした支援などが検討されています。より働きやすく、家庭を持ちやすい世の中になるのはいいと思うけど、少子化を食い止める効果があるかどうか。

【エミン】同じようなことは欧州ではずっと行われていますね。たとえば、ドイツは40年、50年前から取り組んでいます。

【パックン】手厚い福祉制度がありますね。

【エミン】ところが、大して人口は増えていないんですよ。そう考えると、やはり経済的な支援や働き方改革だけでは解決しないでしょう。さきほどの哲学的な話は、世の中の流れなので岸田政権の政策でどうにかできるものではない。出産や育児のために女性が仕事を辞めなければいけない社会を変えるのはいいことですけどね。

いまや子どもは嗜好品に近くなっている

【パックン】日本では子どもを18歳まで育てるのに1000万~2000万円かかるという数字をよく目にします。教育費を軽減する政策は実施してほしいと思いますが、経済的な理由が一番ではないですね。

【エミン】私もそう思う。

【パックン】より自由に働けるようになるのはいいことですけど、子どもを必要としない人が多い。昔、子どもは働き手でした。とくに農業では労働力と考えていた。しかしいまは、ほとんど嗜好しこう品に近い。「品」と言っていいかどうかわかりませんけど、嗜好品でぜいたく品ですね。

【エミン】そうですね。

【パックン】必要だからつくるものではなく、好んでつくるもの、育てるものになっています。

【エミン】昔は、老後の世話をしてくれる保険でもあったわけです。たくさん子どもがいれば、「1人ぐらいは面倒見てくれるだろう」と。いまは子どもがいても世話してくれるかどうかわからないからね。

【パックン】子どもがいなくても老後はなんとかなりますし。

【エミン】40歳、50歳になっても親の世話になっている人もいますから、親は本当に大変だと思うよ。

【パックン】さまざまな事情があるから、ひとことふたこと? では片付けたくないと思うけど、自分の子どもにはしっかり自立してほしいと思っていますね。

パックンさん
撮影=市来朋久
教育費の負担を減らす政策には賛成だが「経済的な面だけが少子化の理由ではない」とパックンさん。

子どもをつくるのは経済的に合理的ではない

【エミン】根源的な理由は経済的な面以外になることを認識しないといけないね。

【パックン】合理的な考え方をした場合、たとえば子どもを育てるのに1000万円かかるとして、その1000万円を30年間投資して複利の効果があると4000万円には増えるはずですからね。子どもが親に4000万円分の経済的な貢献をしてくれるかといえば、無理でしょ。

【エミン】ないね(笑)。

【パックン】だから経済面の合理的な判断では、政府から1000万円もらえるくらいでないと、子どもはつくらないほうが得だと思ってしまう。

【エミン】都内で車を持つみたいなものだ。

【パックン】まさに。あるいはゴルフ。子どもを1人、育てるか、ゴルフを趣味にするか。ゴルフが好きな人は生涯で1000万~2000万円はかけているでしょ。

【エミン】かけているね。

【パックン】理由が経済的な面だけではないにしても、政府として持続可能な出生率を目指すのは理解できます。ただ、岸田政権の少子化対策は、あまり異次元感がない。既存の制度の延長線上のものですよ。それでも頑張ってほしいと思いますよ。私もこの国が200年後に残っていてほしいと少し思っているから。出生率が1.26(2022年の合計特殊出生率)のままでは21世紀末までには日本の人口は6000万人くらいに減ってしまう。でも、それはいいんですよ。6000万人でも立派な国は世界にたくさんありますから。トルコは8000万人ぐらいですよね。

【エミン】8000万人ですね。

日本の人口が減り続けるとどうなるか

【パックン】イタリアよりも多い。ただ、6000万人がさらに100年後に3000万人になり、200年後、400年後にいまの東京都の人口くらいしか残らないとすれば、もったいないと思うんですよ。

【エミン】まだそこまではわかりませんけどね。そのときには子どもがロボットみたいになって、子どもを持つ代わりにロボットを2、3人育てるような世界になっているかもしれませんし。でもおっしゃることはわかります。人類は、本能的に数が増えていくようにプログラムされているから。

【パックン】だから心配するのは当然。

【エミン】そう。

【パックン】国としてね。自分の将来、家族の将来は大丈夫だと思っても国としてどうかという問題ですね。

【エミン】なるほどね。

【パックン】一番心配しているのは子どもを持つ人ですよ。私も自分の子どもや孫の将来が心配ですからね。

【エミン】確かに。

【パックン】日本の人口が減り続けるのはどう? 平気ですか。

【エミン】もともと私は、日本の人口は多すぎると思っているからね。小さい島で自給自足もできていないし、資源もないから、人口が減ること自体はある意味当たり前。だって、江戸時代の日本の人口は3000万人程度だから。人口が減れば1人当たりのリソースが増えるので、より豊かに暮らすことができるんじゃないかな。

【パックン】少なくとも住宅事情は楽になる。

少子化にならない国は社会や政治が乱れる

【エミン】だから人口が減ることは、必ずしも悪いことだと思っていない。それにAIや自動化で人手不足もカバーできるようにはなるからね。ポイントは、持続可能な社会を考えた場合、どこまで人口の減少を許容できるか。欧州や米国は人口減少を移民でカバーしてきたけど、日本はそれをやらないから大きな問題になっているんだよね。

【パックン】人口が増えている国では、残った数少ない職種の取り合いになって、失業率が跳ね上がる。少子化ではない国のほうが社会的な不満、経済的な不満が広がる可能性があるから、社会や政治が乱れる可能性はありますね。

【エミン】そうね。

【パックン】AI化やロボット化が進む中では、むしろ日本のように緩やかに人口が減るほうが将来は明るいかもしれない。

【エミン】そうかもしれないね。欧州でルネサンスが始まった理由の1つは、疫病で人口が大きく減ったことだからね。

【パックン】労働の流動化。それまで農業しかやらせてもらえなかった人は人手不足で職人になることができたり。

エミンさん
撮影=市来朋久
エミンさんは「日本の人口が減ること自体は悪いことではない」という。

少子化対策の前に結婚をしやすくする必要がある

【エミン】1人当たりのリソースが増えて、さまざまな技術、科学、芸術が生まれたからね。ただ、政府がこれまで少子化を問題視してきたにもかかわらず、経済的な対策や働き方の改革に本気で取り組まなかったことは、大きな問題ではあるね。いまだに本気で少子化対策を考えているようには思えない。

【パックン】同感です。

【エミン】口では言っていても何も変わっていない。学費は上がっているしね。

【パックン】塾も無償化されていないし。そもそも私は塾反対ですけど。

【エミン】ドイツでは子どもに対する補助金が手厚いから、昔は子どもが5、6人いると、移民は親が働かずにチャイルドマネーだけで生活できていた。そんな本末転倒なことも起こるけど、ドイツの人口増加には貢献はしたよね。

【パックン】少なくともAI・ロボット革命が起きるまでは、人口増加は国力になりますからね。

【エミン】そうね。

【パックン】そうすると、子どもがほしいと思う人が安心して子どもが持てるためには何が必要だと思いますか。

【エミン】子どもをつくる前に相手を見つけないと(笑)。日本では結婚せずに子どもをつくる人は多くないから。そもそも論として、結婚しやすくする必要があるんじゃないかな。

【パックン】地方へ行くと、農家の男性と都市部の女性のお見合い会のような取り組みもありますよね。

【エミン】ほんと?

【パックン】私も司会をしたことがある(笑)。だから、頑張っている自治体もあるんです。相手が見つかったとして、経済的にはどんな準備をすればいいと思いますか。

子どもをつくるなら資産運用は必須

【エミン】ある程度の余裕がないといけないから、子どもがいる生活設計を若いときからして、資産運用しないといけないね。パトリックさんは経験者としてどんな準備をしたの?

【パックン】精神的に落ち着いて、ある程度稼げるようになって、貯蓄ができた段階で結婚しました。芸人にしてはすごく頭が固いパターンですよ。

【エミン】なるほど。

【パックン】33歳で結婚して、子どもが生まれたのは35歳のときで、すでにマイホームを購入して借金は住宅ローン以外にはない。ある程度の経済的な余裕があったから、安心して子どもをつくれた面はあるかな。

【エミン】2人目が生まれたのはいつですか。

【パックン】2年後に2人目をつくりました。子どもを2人にする選択をしたのは、経済的な面もありますね。そもそも公立小学校に通わせるつもりだったけど、仮に私立に行かせた場合でも2人ならなんとかなるな、と資産と収入を計算して人数を考えました。エミンさんがおっしゃるように若いときからとりあえず節約して、貯蓄して投資する準備期間が長かったから、気持ち的にも経済的にも余裕がありましたね。

【エミン】それはパトリックさんに合った答えだったわけですね。

少子化を止めたければ学費の無償化は必須

【パックン】あとはヒューマンキャピタル(人的資本)かな。僕も妻もしっかり大学を出て、働ける人材になってから結婚して子どもをつくったのもよかった。どちらかが教育、発育の途中で結婚して子どもが生まれてしまうと、稼げるようになるまでに時間がかかるから難しいと思いますね。

【エミン】そうですね。

【パックン】だから晩婚には反対ではない。

【エミン】それはあるね。

【パックン】いまの医療技術であれば60歳でも70歳でも元気ですからね。友人には70歳で大学生の子どもがいる人もいます。50歳で子どもが生まれるという形もありえますよ。

【エミン】子育てでお金の負担が大きいのは学費だから、学費をタダにしたほうがいいと思うよ。子どもをつくって、学費は国が出して学校に通う。それくらいの巨大なばらまき、つまり財政出動をやらなければ状況は変わらないでしょう。ただでさえ日本人の可処分所得が減っているんだから。

【パックン】私立も?

【エミン】そう、私立も全部、国で出すと。

【パックン】その場合、私立と公立の分け方はどうしますか。

【エミン】偏差値で分けるとか。

【パックン】「他人の子どもが学費の高い学校に通うのに、なぜ自分が税金で負担しなければいけないんだ」と思わないかな。

ドイツのようなマイスター制度の導入も

【エミン】そういう考え方もあるとは思いますよ。私のように子どもがいない人は、とくにそう思うでしょうね。でも、本格的に少子化対策をするなら、それが答えだと思うよ。ドイツは10歳で大学に行く人と専門性を持った学校に行く人に分かれるけど、そういう形になる可能性もありますね。

【パックン】マイスター制度ですね。それに切り替える方法もあるかもしれない。いま、米国は、その方向に転換しようとしているようにみえますね。

【エミン】必ずしも全員が大学に行く必要もないからね。

【パックン】「とりあえず大学へ行く」という考え方を見直すべき。

【エミン】そう。私は親戚がドイツにいるけど、みんな専門学校で1人も大学には行っていない。1人が美容師になって、1人はカスタムオフィサー(税関職員)になっている。みんな専門性で分かれている。

【パックン】なるほど。選択肢はたくさんあるけど、教育コストを下げて、子どもが生まれやすい、育てやすい国に変えていくことは、2人とも共通した意見ですね。

【エミン】そうだね。

お笑い芸人のパックンさんとエコノミストのエミン・ユルマズさん
撮影=市来朋久
子どもが生まれやすく、育てやすくするためには「教育コストを下げる必要がある」というのが2人の一致した意見。

結婚しにくいキャリア女性はどうすればいいか

――日本でも正社員として生きがいを持って働いていきたいと考える女性が増えてきましたが、そうした経済力のあるキャリア女性のほうが結婚しにくい傾向があります。どうすればいいでしょうか。

【パックン】それは根が深い問題だね。価値観を変えるのにすごく時間がかかりますから。たとえば、現在、仕事で頑張っている30~50代の女性は自分が育った20~40年前の社会の状況の影響を無意識に受けていると思います。自分より背が高い男性がいい、収入が多い男性がいいとか。

この意識は少しずつ変わっています。いまの子どもが30代、40代になったときには女性が働いて、男性が主夫になるのも当たり前になっているかもしれない。でも、いますでに働いている世代は、そうした価値観で生まれ育っていないし、周りもそういう概念を持っていない。本能的に近いところの概念に反するから、すごく違和感があると思いますね。

【エミン】そうね。

トルコのキャリアウーマンのジレンマとは

【パックン】だから、時間がかかると思いますよ。でもいま頑張っている人には時間がない。身体的な時限があるからね。急ぐしかない。極端な話、暮らす国を変える方法もあるんじゃないかな。米国に行くとか。米国はどんな生き方でも許される社会になっていますからね。自分の概念変革を自ら起こす。「私はこういう生き方です」と決めて、それを受け入れてくれる友達と仲良くする。受け入れてくれない人は捨てていいと思いますよ。

【エミン】その通りだと思うよ。

【パックン】トルコで暮らしている親戚は、日本よりも保守的な考え方ではないですか。キャリアウーマンはどうしていますか。

【エミン】日本と同じようなジレンマがありますね。私の母親はずっと教員をしていて、校長先生の期間も長かった。いわゆるキャリアウーマンで3人の子どもを育てたから、大変だったね。

【パックン】どうやって共働きを成立させたのですか。おじいちゃん、おばあちゃんが手伝ってくれたりしたのですか。

【エミン】それもほとんどなかった。子どもは勝手に育っていった感じかな(笑)。

【パックン】学校から帰ってきても家には誰もいない?

日本人はもう少し「わがまま」になったほうがいい

【エミン】そう。母親は夕方に帰ってくるので、疲れていて夕飯も本格的なものはつくれない。大変でしたけど、私たち子どももそれを認識していたから、母親には迷惑をかけないようにしていたかな。でも、できないかと言われれば、できる。

ただ、トルコには残業という概念はないから、日本とは違う部分はありますね。日本も少しはよくなったけれどまだダメだ。私は昔、証券会社に勤めていたけど、残業が多くて家庭を持っている人は、男性でも女性でも生活が成り立たなかった。そもそも論として、みんながより自由な時間を持てるような働き方をつくらないといけないよね。

最近は少し改善されてきたので、今後の改善に期待したいですね。

【パックン】いまの日本で家庭を持つのであれば、少しわがままを言う力が必要だと思いますね。「子どもが待っていますので、この仕事は明日やります」という自己主張をする。同時に妥協する力も必要。出勤の前に母親が子どものお弁当をつくらなければいけないという考え方は捨てていいよ。買ってきたお弁当で十分です。

【エミン】そうね。

【パックン】すべての学校行事に行く必要もないですし。

【エミン】そう、ない。

【パックン】勝手に育っていってもいいよと。

【エミン】そう。子どもは勝手に育つよ(笑)。

【パックン】「勝手に育ってもらう」という気持ちは必要だと思いますね。私も勝手に育った部分は大きいですよ。お母さんは学園祭にも来なかったからね。

【エミン】子どもに手間暇かけすぎている面はあるんじゃないかな。

【パックン】子どもは強いから、わがままを言いながら妥協するというスタンスができたらいいかな。