顧客や取引先から理不尽な要求や不当な言いがかり、暴言を吐かれるなどの「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を受けたときは、どうしたらいいのか。産業医で精神科医の井上智介さんは「カスハラは、現場の従業員だけで対応するのは難しいので、会社全体で対策を取るべき。対応にはコツがあるので、あらかじめマニュアルを作成して周知を徹底しておいてほしい」という――。
暗いところで指さし怒声をあげる男性
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです

カスハラする人の3つのタイプ

スーパーやドラッグストアの店員に延々と文句をいう人、レストランの従業員、タクシーの運転手に高圧的な態度をとる人、取引先に無理難題を押しつけるクライアント……。今やいたるところで、客の側が執拗しつように不平や不満を言い続けたり、理不尽な主張を繰り返す、カスタマーハラスメント、「カスハラ」を目にします。

特に最近は電子化が進み、ポイントカードがアプリになってうまく登録できない、セルフレジの使い方がわからないなどでストレスがたまっているのか、店側のちょっとした手違いや説明不足、環境システムの変化に対して不満が爆発し、その矛先が従業員に向くケースも多いようです。

店や企業側の手違いや説明不足に対して、不満を伝えたり説明を求めたりすることは、誰にでもありますが、それがエスカレートしてカスハラになってしまうのはなぜでしょうか。

カスハラをしやすい人のタイプには、大きく次の3つがあります。

①被害者意識の強い人

「自分は常に差別的な扱いを受けている」と感じている、被害者意識の強い人は、ささいなことでも激昂して相手を攻撃する傾向があります。

こういったタイプの人は、たとえば、スーパーの店員さんがポイントをつけ忘れるというミスをした場合、「わざとやったのではないか」「自分に嫌がらせをしているんじゃないか」という発想になってしまいます。何かいやなことが起こると、相手が自分に悪意を持っているから、そういった行為に及んでいるのだと受け止めてしまうのです。

②偏った自己愛がある人

自己愛が強く、何かあっても「自分が絶対に正しい」「誤りは相手にある」と受け止め、執拗に相手を責めて自分の主張や要求を押し通そうとする人もいます。

たとえば、期限が切れているのに気付かずに割引のクーポンを使おうとして、店員に「期限切れなので使えません」と言われても、「期限がこんなに小さい字で書いてあったらわかるわけがないじゃないか。こんな書き方をしているそっちが悪い」「1日過ぎているくらいいいではないか。割引きを適用しろ」などの、理不尽な要求をしてくる。交換期限が過ぎた商品を、無理やり返品しようとする。自分の要求が通らないと、何回もコールセンターに電話したり、SNSに投稿したりする。こういったカスハラ行動に出てしまう人です。

このタイプの人は、社会的な地位が高かったり、権力やお金を持っていたりする人が多いといわれています。自己愛が強い人は、自分の自信を持ち、信念を持って突き進むタイプの人も多いので、仕事の成果につながるのでしょう。しかし、それで成果が上がると、さらに自信をつけて、いっそう自己愛が強まり、こうしたカスハラ行動につながる可能性があります。

③自己顕示欲の強い人

カスハラ行動をする人の中には、プライドが高く、強いこだわりを持っており、周りにもそう見てほしいと思っている、自己顕示欲の強いタイプの人もいます。

たとえばレストランにカップルで来ていて、店員さんに威圧的でえらそうな口調で当たる男性などは、このタイプにあてはまる可能性があります。男性がこうした行動をとることを嫌う女性も多いのですが、男性の側は「強くて男らしいと思われたい」「みんなが言いにくいことでも萎縮せずに言えている自分を、すごいと思ってほしい」という気持ちから、こうした行動をしてしまいます。

②の、自己愛が強い人と似たところもありますが、こうしたタイプの人も、店や企業に理不尽なことを要求し、それを押し通すことで「自分は特別扱いをされている」ところを周りに見せようとしたり、自分の強さや地位の高さを誇示しようとするのです。

現場の従業員に任せきりでは対応できない

カスハラの根本的な原因は、客と従業員のいびつな関係にあります。両者の関係は、最近はかなり対等になりつつあるものの、まだまだ「従業員が高いホスピタリティを持って、お客さまを扱うのが当たり前」という風潮があります。また、客側としても、丁寧に接客されないと違和感を持つことがあります。

このようないびつな関係がひずみを生み、パワハラと同様に、「力を持っている」とされる人が、「力が弱い」とされる人に対して、理不尽で不快な言動を行い、カスハラが生まれてしまうのです。

これは、個人の資質やスキルの問題ではなく、二者の関係性の問題なので、現場の従業員だけでの対応は困難です。企業全体で対策を取ることが必須です。

私が産業医を務める多くの企業でも、カスハラに対するマニュアル作成に力を入れるところが増えています。会社として、カスハラのリスクを認識してきているからでしょう。

従業員がカスハラを受けると、本人のメンタルヘルスにも悪影響を及ぼしますし、カスハラを受けている従業員を目撃する周りの従業員にも悪影響は広がります。カスハラの加害者は執拗なので、職場の生産性も下がってしまいます。また、それを放置すると、「あの会社は客に怒鳴られても従業員を守らない」という評判がSNSなどであっという間に広がり、求人等にも苦労することになります。

きちんと対応しないと大きなリスクにつながることを、会社も理解しているのです。

ただ一方で、まだ会社として対応できていない、現場の従業員に任せきりになっているところも多いと感じています。

面と向かって指をさし怒りをぶつけてくる男性
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

なだめようとする行為は火に油を注ぐ

顧客や取引先がカスハラ行動に出たときは、どのように対応したらいいのでしょうか。

まず大切なことは、「話を聞く」という姿勢を見せることです。

相手は頭に血が上り、言いたいことが整理されていない状態で、興奮状態にあります。そこでこちらが「ちょっと落ち着いてください」「大声を出さないでください」と言うと、「自分の主張をまともに受け止めていない」「全然話を聞こうとしない」と感じて、余計に興奮してしまいます。こうした相手をなだめようとする行為は、「落ち着け」「静かにしろ」「黙れ」という“指図”と受け止められ、火に油を注ぐことになります。

それよりは「話を聞きますよ」と伝え、まず相手に、言いたいことを全部吐き出せることです。相手は被害者意識、自己愛、自己顕示欲などが強いわけですから、存在を無視したり邪険に扱ったりしないことが大事です。「尊重されている」「話を聞いてもらえている」と感じてもらわないと、状況は悪化するばかりです。

「人」「場所」「時間」を変える

そのうえで、次は「人」「場所」「時間」の3つを変えることを考えてください。これは、現場で対応する従業員個人では難しいので、ぜひ、会社としてマニュアルに明記し、チームで対応できるようにしてください。

カスハラの被害に遭った従業員は、「自分がお客さんを怒らせて、会社に迷惑をかけてしまった」という罪悪感、あるいは、「自分のミスでこんなことになってしまい、うまく対応できなければ能力が低いと思われるかもしれない」という不安感を持っています。このため、「なるべく周りを巻き込まず、自分だけで場をおさめたい」「大ごとにしたくないと」思う傾向があります。

しかし、従業員1人だけでカスハラをしている人の怒りを収めたりすることは非常に困難です。結局、その従業員は深く傷つくことになりますし、周りの従業員も「もし自分がカスハラに遭ったときに、1人で対応できるだろうか」という不安を抱えることになります。ですから、会社としては、自分1人で対応せず、チームで対応することが正しい行動であると、マニュアルで示してほしいのです。

具体的に、対応方法をご説明しましょう。

●「人」を変える

まず、対応する「人」をどんどん変えていきます。

大声で怒鳴られたり、罵声を浴びたりするのは、15分が限界です。それ以上になると、精神的なダメージが大きく、なかなか回復できません。15分経ったら次の上司にバトンタッチしていきます。

見方を変えると、15分話を聞いても相手を落ち着かせることができなければ、それはもう「交代したほうがいい」というサインですから、「上のものに代わりますね」と言って退きましょう。

●「場所」を変える

たとえば、レジ前で怒っていたら「お話をゆっくりお聞きしますから、応接室に行きましょう」と別の部屋に連れていきます。

これは、他のお客さんがいるところでレジ前を長時間占領するのを避けるためというだけでなく、移動している間に冷静になってもらうためです。歩きながら怒り狂うのは難しいので、ゆっくり歩いて別の場所に移動してから話を聞くようにします。

これもマニュアルに明記しておきます。従業員が、ほかのお客さんがいるような場所で怒鳴られ続けて、サンドバックのようになるという状態は、絶対に避けましょう。

●「時間」を変える

「人」「場所」を変えて、それでもおさまりそうもなければ「時間」を変えます。つまり「今日はこれ以上の対応が難しいので、後日あらためてお話を聞かせていただきます」と、別の日に話を聞くことを提案します。これは「話を聞かないわけではありませんよ」というメッセージになります。

そこまですると、さすがに相手もクールダウンするでしょうし、別の日に出てくることが面倒になってくる可能性もあります。要求もある程度、現実的なところに落ち着いてくるでしょう。

くれぐれも、最初に対応した人が、同じ場所で延々と怒鳴られ続けたりすることのないように、店や企業として、詳細なマニュアルを作成し、研修を行うなどして対応法を周知してほしいと思います。

ただ、特に小規模な店舗などでは、「人」を変えようとしても、交代する相手の上司がその場にいないこともあるでしょう。判断を仰ぐ相手がいない可能性があるときは、「私の一存で拒否していいのだろうか」「会社に迷惑をかけるかもしれない」と悩んでしまいます。ですから、理不尽な要求を受けたときに、従業員の誰もが「当店ではこれはできません」「弊社では禁止されています」と拒否できるよう、「ここからは拒否してよい」という基準を定めたガイドラインをつくっておいてください。

たまたま自分が聞いているが、自分に非があるわけではない

しかしながら、いくら会社がマニュアルをつくって対策を取っていても、カスハラを受けた本人は精神的にダメージを受けてしまいます。

自分の心を守るためにも、カスハラをしてくる相手とは、距離をとることを心掛けてください。「人」「場所」「時間」で物理的な距離をとりながら、精神的な距離もしっかりとることです。怒られたり怒鳴られたりしても、言われたことを真に受けて自分に非があると受け止めないことです。

表面上は、相手の話を丁寧に聞いているふりをしながらも、頭では淡々と受け止め、上の人に引き継ごうという気持ちを持って対応します。いざその場になってみると、簡単なことではありませんが、少なくともあらかじめこうした心構えを持っておくことは、自分を守ることにつながります。

相手の不満や主張は、たまたまその場にいる自分が聞いているけれど、本来は会社に対する文句です。従業員1人で抱えるべき問題ではないのです。

自分がカスハラをしないために

ここまでは、カスハラを受けた側の対応についてお話してきましたが、自分が客の立場になったときのことについても触れておきたいと思います。

最近は人手不足からか、わからないことがあってもフロアにあまり店員がいなかったりと、問い合わせに手間がかかったり、やっと問い合わせができてもたらいまわしにされたりすることも増えているように思います。そうなると、ついひとこと厳しいことを言いたくなる場合もあるでしょう。

そのときに大切なのは言い方です。

感情に任せて言うと、カスハラとして扱われてしまい、まともに取り合ってもらえません。

人格や能力を否定しない、過去を持ち出さない

まず気を付けたいのは、対応してくれている相手の人格や能力を否定するようなことを言わないことです。「なんでこんな簡単なことができないんですか」「前に対応してくれた店員さんは、スムーズに対応してくれたのに(あなたはそれができない)」といった言い方をすると、相手も「話を聞こう」という気持ちを持てなくなってしまいます。

また過去のことを持ち出して、「前に来たときもそうだった」といった話をするのも避けましょう。特に不満がたまっているときには、過去をさかのぼって「あの時もそうだった」「その前もそうだった」と、つい過去の不満まで吐き出してしまいそうになってしまいます。「思い出し怒り」をして、さらに感情的になってしまいますし、対応している相手も、どの事象について対応すればいいのかわからなくなり混乱します。今起きている事実だけに焦点を当てて要望を伝えましょう。

そして、上から目線にならないことです。目的は、自分の不満や怒りを発散させることではなく、自分が不便を感じている状況の解消のはず。相手の事情を聞く姿勢を見せ、丁寧な言い方をする方が、目的は達成される可能性が高いでしょう。感情的に不満や怒りをぶつけると、一時はすっきりするかもしれませんが、結局不便は解消されず、さらに不満や怒りが高まるということになり、悪循環になります。

カスハラを非難しながら、いつの間にか自分もカスハラになっていた、ということがないように、こういったことも心得ておいてほしいと思います。