テレビ出演や執筆、企業価値向上に関する研究など幅広い活動を続け、日本一忙しい経済アナリストと呼ばれる馬渕磨理子さん。『収入10倍アップ超速仕事術』を上梓した馬渕さんが仕事で「絶対やらない」と決めていることとは――。

私を変えた上司の言葉

私が仕事のうえで大事にしていることのひとつに「隠さない」があります。30代になってから、自分が苦手なことやできないこと、弱みなどは隠さず伝えるようになりました。これは、スタートアップ企業に勤めていた会社員時代の上司に「苦手なものは苦手と言えるようになれ」と言われたのがきっかけです。

経済アナリスト 馬渕磨理子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
経済アナリスト 馬渕磨理子さん

それまでは、両親や会社から言われたことには、無理をしてでも応えようとしていました。こうした姿勢は、確かに若いころは自分の幅を広げるために必要かもしれません。でも、私の場合は「できます」と言ってやってみても苦手なものはやっぱり苦手で、進捗しんちょくは遅いしメンタルにはくるしで、つらいだけのことが多かったんです。

一方で、得意なことは進捗も早く、楽しみながらできていました。無理をしても苦手なものは苦手だし、伸びない部分は伸びない──。そう感じ始めていたころに、上司が先ほどのような言葉をかけてくれたので、とてもありがたかったですね。

実際に苦手なことやできないことを口に出すようにしたら、大きな変化がありました。その分野を得意な人が「やりますよ」と手を挙げてくれるようになったのです。おかげで、こうすればそれぞれが得意な分野で力を発揮できるんだな、「隠さない」は自分だけでなく周りの人や組織にとってもいいことなんだなと気づくことができました。

その上司は、「適材適所がいちばん組織を強くする」という考え方の人でした。本当にその通りだなと強く実感しましたし、今も組織運営に携わる際にはその言葉を実行できるよう心がけています。

悩みに悩んで「マネジャーにはならない」と決めた

その上司と出会う前に1度だけ、思い切って「苦手」を伝えたことがあります。勤め先の経営者から、マネジャーにならないかと言われたときのことでした。「先のキャリアを考えると受けたほうがいいのかも」とかなり悩みましたが、そもそも私は人をマネジメントするのが苦手なタイプです。

そんな私が管理職に就いたら、組織の成長は止まってしまうでしょう。当時いた会社はスタートアップでしたから、成長の停止は会社の死に直結します。結局はそうした思いが勝って、自分には向いていないとお断りしました。それならマネジメントが得意な人を外部から連れてこようということで、会社がヘッドハンティングしてきたのが先ほどの上司です。

求められることに応えるうちに、自分が薄っぺらくなっていく

できない部分を明らかにするのはかなり勇気がいりましたが、おかげで自分を変えるきっかけをくれた上司に出会えたわけですから、やっぱり隠さないというのは大事ですね。その上司の下で働くようになってからは気分的にも解放され、マネジメント職をめざすのではなく、アナリストとしての専門性を高めるほうへ自分を振り切ることができました。

馬渕磨理子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

とはいえ、その後も同じ壁には何度もぶつかっています。専門家としてコメントを求められるようになってからも、私は周囲が寄せてくれる期待に次々と応えようとしていました。そのうち、自分のアウトプットがどんどん浅く薄っぺらいものになっていくように感じて、不安になり始めたのです。

こうした質の低下には周りの人も気づくでしょうから、何かコメントするたびに自分の価値が下がる気がして、やがて耐えられなくなりました。そこで、思い切って周囲の人に「しっかりインプットの時間をとって、自分なりの意見を言えるようになりたい」と伝えました。

すると、インプットしたり専門性を高めたりするうえで貴重なアドバイスをたくさんいただけるようになったのです。これが私にとって成長の大きな糧になりました。

誰だって、「何でもできます」という顔をしている人にはわざわざ助言しないですよね。その点、弱みや不安を隠すことなくさらけ出せば、アドバイスもいただけるしお付き合いも深く長くなることが多い。本当にいいことばかりだなと思います。

求められるイメージを演じない

10年ほど前は、女性アナリストに対して強い女性像を求める人が多くいました。上からビシッとものを言う、かっこいい女性といったイメージですね。でも、私はそうしたタイプではないですし、投資の解説でも講演でも「聞いている皆様が主役」というスタンスで続けてきました。本当の自分を隠すことで自分を苦しめてきた経緯があるので、たとえ求められているのが強い女性でも、自分は自分らしくいようと決めていたからです。

もしかしたら、そのせいで離れていった人や失った仕事もあるかもしれません。それでも、もう隠すことはしたくありません。今では、仕事だけでなく生きるうえでも、求められているイメージを演じないように心がけています。

ビジネスは怒ったほうが負け

仕事ではもうひとつ、「怒らない」も大事にしています。20代のときに上司から「ビジネスは怒ったほうが負け」と教わったのがきっかけですが、正直、そのときはよく理解できていませんでした。実感を伴って理解できるようになったのは、30代に入ってからです。

「ビジネスは怒ったほうが負け」をモットーとしている
撮影=プレジデントオンライン編集部
「ビジネスは怒ったほうが負け」をモットーとしている

さまざまな人と仕事をするうち、すぐ感情的にならない人のほうが長く仕事が続いているのを目の当たりにするようになりました。怒っている人からは人が離れていき、それに伴って仕事も離れていく。あのとき上司が言っていたのはこういうことなんだなと腑に落ちました。

ビジネスでは、腹が立つことももちろんあります。特にスタートアップの段階だと、物事の9割がたは思い通りにいきません。本当にイライラしますが、私はその場で怒ったり、不満や愚痴を言ったりしないようにしています。感情に任せてそうしたところで何も解決しないからです。

何か問題があったときは、それをどう解決するか前向きに話し合うのがベストでしょう。でも、さまざまな組織を見ていると、不満や愚痴を言い合うだけで完結してしまい、解決に至らないままのケースが少なくありません。これでは、また同じ問題が起きて同じ不満や愚痴を言う、その繰り返しになってしまいます。

不満を言い続ける人生は嫌だ

確かに、イライラを溜め込まないよう不満や愚痴を外に出すのも大事かもしれません。でも、言葉にすると一時的にスッキリして、何となく満足してしまうものです。そこで完結した気になってしまい、肝心の問題は解決しないまま。ずっと同じところを回ってずっと不満を言い続けている人に接した時に気づきました。「成長のない人生は嫌だな」と強く思いました。

今はイラッとすることがあったら、その場では言わずに家に持ち帰って、一度じっくり考えるようにしています。まずは「自分に非があるのかな」とかえりみて、そこを判断したうえで自分なりの解決策を考え、その後に皆と話し合いをするという流れですね。

これを続けていたら、自分の周りに自然と、問題が起きても不満や愚痴を言わず前向きに解決策を考える人たちが集まるようになりました。ビジネス面でも大きな収穫があったので、これは絶対に忘れちゃいけないと思い、今ではLINEのメモ機能に「ビジネスは先に怒ったほうが負け」というメッセージを固定しています。

「自分」を主語にした初めての執筆

一方、仕事の選択という点では「執筆を断らない」を大事にしていました。仕事を受けすぎると質が下がるのではと悩む人もいるでしょうが、経験から言えば、若いころは質より量を追求したほうがいい時期もあると思います。

馬渕磨理子『収入10倍アップ超速仕事術』(PHP研究所)
馬渕磨理子『収入10倍アップ超速仕事術』(PHP研究所)

2020年、私はコロナ禍の中でプレジデントオンラインの連載のお仕事をいただきました。2月からおよそ10カ月にわたって50本近くの記事を、それこそ1000本ノックのように書き続けました。その間、編集者から提案されたテーマをお断りしたことは1度もありません。少々激しめのタイトルにモノを申したことは1度だけありますが……。

それまで執筆といえば一次情報を伝えるだけだったのですが、この連載は世の中の出来事に対して自分の意見を述べるもの。私にとっては「自分」を主語にした初めての執筆で、この連載のおかげで専門家としての覚悟のようなものができました。

私が大きく変わったのはそこからだと思います。特に多くのメディアが日本の将来を悲観的に報じる中、アフターコロナは日本経済の独り勝ちになるとポジティブな目線で捉えた記事はとてもよく読まれ、自分はこのスタンスで意見を言い続けていいんだと、背中を押してもらえたような気がしました。

実は当時の私は結構崖っぷちで、仕事でもプライベートでも孤独な思いを抱えていました。でも、パートナーや子どもがいないということは、逆に言えば何か批判があっても矛先が向くのは私だけ。そう考えると腹が据わり、連載を進めるうちにどんどん自分を出せるようになっていったのです。

今振り返れば、「自分」を主語にしたことで、30代にしてようやく自我に目覚めたのだと思います。そして、どんな切り口にも挑戦したことが自分の幅を広げ、専門性をより高めてくれました。

隠さない、怒らない、執筆を断らない。この3点が、ビジネスにおいて私が大事にしてきたことです。皆さんが仕事をされるうえで、少しでもお役に立つようでしたらうれしく思います。