玩具メーカーのピープルは9月、知育人形「ぽぽちゃん」の生産終了を発表した。27年のロングセラーは、なぜ終焉を迎えることになったのか。同社社長に聞いた――。

Xでトレンド入りするほどショックな出来事

9月4日、知育人形「ぽぽちゃん」の生産終了が告知された。30年近く親しまれてきたロングセラー商品の終わりにショックを受けた消費者は多く、X(旧Twitter)では「ぽぽちゃん」がトレンド入りした。ぽぽちゃんがただの玩具にとどまらず、子どもたちの成長を近くで見守ってきた大切な存在であったことが、それらの反応から垣間見えたのであった。

ピープル 取締役兼代表執行役 桐渕真人さんとぼぼちゃん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ピープル 取締役兼代表執行役 桐渕真人さんとぽぽちゃん

そこで、ぽぽちゃんの製造・販売元で乳幼児玩具メーカーのピープル取締役兼代表執行役の桐渕真人氏に生産終了の理由について聞いた。同社は「いたずら1歳やりたい放題」「ピタゴラス」「ねじハピ」などのヒット商品を出している。取材で浮かび上がってきたのは、「時代の波に抗えずやむなく苦渋の決断を……」といった、企業の浮き沈みの一部分を切り取った月並みなドラマではなく、子どもを喜ばせること・子どもの成長に寄り添うことにとことんまで向き合おうとするメーカーの、ストイックな姿勢であった。

商品力で勝負してきた

――ぽぽちゃんはどのようなことにこだわって開発してきたのでしょうか。

【桐渕(真人)さん】そもそも、うちのような小さい会社が40年間生き残ってこられた理由は、ひとえに商品力だったと考えています。社内にあるモニタールームには、日々誰かしらがお子さんを連れてきてくれているんです。保護者の方と雑談をしたり、ダンボールの試作品で遊んでもらったりする中で、相当数のトライアル&エラーを重ねながら、子どもの本質的な好奇心を発見していく。そんなものづくりに取り組んできました。

うちは著名なキャラクターとコラボした商品がほとんどありません。しかし、お子さん自身に選ばれる商品力をもつことで、強力なキャラクター商品がひしめく市場の中で生き残ることができたと考えています。

ぽぽちゃんが発売された1996年、ピープルは何が作りたかったかというと、当時は世の中にあまりなかった「子どもが抱っこしてかわいがるお人形」でした。子どもたちは2歳ぐらいになると、ぬいぐるみなどをギューっと抱きしめるようになります。それは、物と接するというよりは、生き物や自分より弱い存在に対しての態度で、かわいがったり、お世話したりして遊ぶのです。そんな姿を見て、「子どもたちのそうした欲求を思う存分に発揮してもらうには人形の形がいいのでは」というところから出発しました。

※筆者注:競合の玩具にロングセラーの「メルちゃん」があり、こちらは1992年からシリーズが発売開始。お風呂でシャワーをかけると髪の色が変わるといった特徴がある。対するぽぽちゃんは「サイズが一回り大きい」「横になると目を閉じる」「質感がやわらかい」といった特徴がある。

【桐渕さん】当時はアニメっぽい顔や、外国人の顔の人形はあったのですが、日本人が自然に「自分の子」のように思える顔がなかったので、まず「日本人の赤ちゃんに見える顔」を目指しました。

次に、子どもがギュッと抱きしめられる――その子どもから溢れ出している愛情を受け止めるものとして、「生きている」と感じられるようにすることが重要なのではないかと。そこで目を閉じることや、柔らかさという要素を取り入れ、お母さんに対する赤ちゃんの大きさを計算して、“本物の赤ちゃん”に徹底的にこだわりました。

生産終了を決意した理由

――かくしてぽぽちゃんは、その後25年以上にわたって愛されるロングセラー商品となりました。今回、生産終了を決断するに至った背景や理由は何でしょうか?

【桐渕さん】一言で語るなら、「子どもの好奇心を満たす事業に集中したいから」というのがその理由です。ビジネスを続けていく上で、我々が唯一できるのが子どもと向き合うことであり、子どもの本音を見つけることができるのがうちの武器です。他社さんが注目していないフィールドでブルーオーシャンを作れると考えています。

逆に、他社さんが作れるものをうちが作ると確実に負けてしまうのです。しかし、ぽぽちゃんには、たくさんの競合が出てきて、コモディティ化という現象が起きました。商品を選ぶ保護者にとってどれも同じように見えてしまう状態になったのです。

「他社が作れるものを作ると確実に負ける」と語る桐渕さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「他社が作れるものを作ると確実に負ける」と語る桐渕さん

昔は「ぽぽちゃん=目をつぶる・やわらかい」という子どもの好奇心に基づいた選択をされていたけれど、そうではなくなってきていました。

そんな中で起きる、競合品との売り場の面取り合戦や広告枠の奪い合いは、熾烈しれつなものがあります。それはお金の力や、人の数が必要な戦いなので、大手さんには勝てません。ぽぽちゃんというロングセラー商品を維持するために多大な時間とエネルギーを割かなければならないという状況に陥っていました。「このままぽぽちゃんをつくり続けるといずれ死ぬ」。そんな危機感がありました。

保護者の好みで選ばれてしまうジレンマ

おもちゃには、子どもが達した年齢に応じて買う「通過玩具」という側面があります。たとえば「1歳になったら積み木を買って、次は2歳の女の子には人形を」と、通過玩具という習慣で買われるとなると、おもちゃの選ばれ方が変わってきてしまう。最初は、2歳の子どもがぬいぐるみをギュッとするから「赤ちゃんをかわいがりたいよね」というのが核にあったはずなのに、通過玩具購入でおもちゃ屋に行くとたくさんの人形が並んでいて、保護者の好みで選ばれるようになるのです。

児童館などに、箱から出された状態のお人形があると、ぽぽちゃんは大人気で、保育士さんからも大変評判がいいのですが、じゃあ箱に入った状態でおもちゃ屋に並べられている時、子どもがたとえ「ぽぽちゃんがいい」と言ったとしても、保護者のファッション的な好みや外箱のデザイン、値段などが大きな判断基準となります。

我々は「子どもの好奇心を満たしたい」と考えてものづくりをしているはずなのに、保護者の好みや、「部屋に邪魔だからコンパクトなものを」といった大人の都合を勘案しなければならなくなってきて、「じゃあどっちを優先するんだろう」と。

このギャップが徐々に広がっていく一方で、我々も企業なので利益を得ないと続けていけない。このジレンマに、この10年ほど陥っていました。気がつけば子どもと向き合う時間が最小限になっていて、我々が大事にしたい「子どもの好奇心」からだいぶ離れた方向性になっていたと認識し、「これはもう、やめよう」ということになりました。

生産終了の決定に、全社員が反対

――看板商品だったぽぽちゃんの「生産終了決定」に、社内からはどのような反応があったのでしょうか?

【桐渕さん】もう3年ぐらいかな、経営チームで議論を重ねてきた結果、1年ぐらい前に正式に決断したわけですが、やっぱり社員全員から反対されました。特にベテランの方の反対は強かったです。

「ポポちゃん生産終了のお知らせ」ピープルHPより
「ポポちゃん生産終了のお知らせ」ピープルHPより

全員すごくぽぽちゃんを大事に思っていたので、やめるという選択肢があるとは誰も考えていなかったのです。開発チームに納得してもらうのに時間がかかりました。

若い社員も「昔ぽぽちゃんと遊んでいた」という世代がうちに入ってくれるようになり、そのぽぽちゃんの開発に携われることにやりがいを持っている人も多かったのです。そんな中での決定に、「なんでやめるの? という雰囲気がありました。繰り返し話をして、それぞれが自分なりに折り合いをつけて、「次に繋げていこう」となるのに1年以上かかったと思います。

世の中がこんなにざわつくとは…

【桐渕さん】その後、ぽぽちゃんの生産終了を発表して、世の中がこんなにざわつくと思っていなくて社員一同びっくりしました。それほど、「ぽぽちゃんは影響力があった」ということが認識できました。

「すごい決断をしたね」とたくさんの人に言われて、「あ、やめたことは正しかったのかもしれない」という気持ちが徐々に強くなりつつあります。それまで生産終了や経営方針に反対していた社員の気持ちも、とても前向きなものに変わってきたという感触があります。だから今回のぽぽちゃんの反響は本当にありがたかったです。

画期的な新商品が出せなかった3年間

――ぽぽちゃん生産終了決定後、何か具体的な方針や企画などはあったのでしょうか?

【桐渕さん】会社としてやることとやらないことの線引きをするために、去年の4月にパーパス「子どもの好奇心がはじける瞬間をつくりたい!」を制定しました。

うちは玩具業界の中ではロングセラー商品が多いんですけど、先述したように、それらを維持していくのにものすごい労力がかかるようになっていました。収益が悪化する中で、「新商品を出して、ブルーオーシャンを開拓したい」と4年前から言っていたのですが、3年経過しても画期的な新商品が全く出てこない。既存商品の維持に日々を忙殺され、開発に時間を割くことができなかったのです。新しい商品を作るためには1回止めないといけないと考えて、次の商品は用意しないで生産終了に踏み切りました。

ぽぽちゃん以外にも、私が立ち上げ、事業部長を務めた子ども用自転車の事業もやめることにしました。同事業も他社との過当競争が進んでいたからです。

ですので、今年来年は業績的には厳しい状況を覚悟しています。

その甲斐もあって、今新商品のプロジェクトが9個ほど走っていて、2025年に1つか2つがローンチされる予定です。商品のジャンルはおもちゃに限らず、デジタルサービスなど幅広く考えています。

組織の根本的改革に着手

――会社自体を大きくして、既存商品の維持と新商品開発の両方を追う考え方はなかったのでしょうか?

【桐渕さん】ないです。フットワークが軽いというのがとても重要だと考えているので、「ビジネスをどんどん大きくしていこう」というよりは「このぐらいの規模でできることを探していく」という方向で考えています。

規模が大きくなってくると、今のような「子どもの好奇心に寄り添う」というのが達成できなくなるのではないかという懸念があります。大手と同じになってしまう。

桐渕さんは社内で「断捨離のプロ」と呼ばれる
撮影=プレジデントオンライン編集部
桐渕さんは社内で「断捨離のプロ」と呼ばれる

そういう意味で今、もう一つ進めている改革があります。根本的な組織の在り方についてメスを入れたのです。ロングセラーを維持するのに都合が良い現状の組織から、子どもの好奇心に真摯しんしに向き合い、スピーディに商品やサービスなどの事業を作るための組織に変化する必要があるからです。会社の中からピラミッド型の構造を徹底的に排除し、すべての活動をプロジェクトベースで立ち上げて、役割を終えたら解散する形にしていきたいと思っています。

新しいことを始めるために、商品だけではなく、いろいろなものをやめる決断をしたので、私は社内で“断捨離のプロ”と呼ばれています。

――今回は様々な要因がある中で、ぽぽちゃん生産終了というとても大きな決断をされたわけですが、再度、子どもが欲しがっているものとして見えたら、ぽぽちゃんじゃないにしても、新しいお世話人形が生み出される可能性はある、ということですか。

【桐渕さん】あると思います。子どもの「かわいいものをめっちゃ可愛がる」といった本質的なところは変わっていないので、それを存分に満たしてあげようと思った時に、今は人形ではなく、別の形なら全然できるだろうとも考えています。

お人形としてのぽぽちゃんは今回一度度終了となりますが、別の形でピープルができる役割はあるな、と考えています。