アメリカでは妊娠中絶賛成派と反対派が対立し、激しい議論が続いている。しかし、アメリカ人の起業家・ブロガーで6児の母のガブリエル・ブレアさんは「中絶を減らすことを目指すのであれば、中絶を禁止するよりも前に、望まない妊娠を減らすことを考えるべき。そのためにはまず、男性が、自分の体と体液に責任を持つべきだ」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、ガブリエル・ブレア『射精責任』(太田出版)の一部を再編集したものです。 

妊婦
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女性は妊娠から途中退場できない

男性が望まない妊娠を引き起こした場合、女性には妊娠と向き合うか、それとも向き合わないか決めることはできません。最終的には、女性がなにもかも判断をすることになるからです。

妊娠を継続させて出産する? 仕事は続けられる? 家族は受け入れてくれる? 医療費はどのようにして払う? 子どもを育てるリソースはある? 中絶は? 居住地の州では合法? 妊娠はどのあたりまで進んでいる? 中絶が必要になった場合、別の州に行くための交通費の捻出はできる? 養子縁組の可能性は? もしその予定であれば、それはオープンな養子縁組で、生涯にわたって子どもと連絡は取れる? 妊娠中に養子縁組をやめたり、出産後にやめたりすることはできる?

男性はこういった大きな肉体的、精神的負担から逃れることができます。

無責任な射精がすべての望まない妊娠の原因であると指摘すると、この前提を受け入れることで、妊娠にまつわる肉体的重荷を負う人間が魔法のように変わると考える人がいるようです。

女性とともに、男性が自らの無責任な射精の責任を分担してくれるなんて、素晴らしいことですよね。でも、どうやって? 半分妊娠してくれるとか? 陣痛と出産を半分経験してくれるとか? 半日授乳してくれるとか? 望まない妊娠が原因の堕胎、合併症の辛さ、陣痛、出産における男性の死亡率は0%です。男性は妊娠から逃げることができます。女性はできません。

精子は危険な体液である

精子は危険な体液だと考えるべきでしょう。女性に痛みを与え、生涯続く混乱を招き、死をももたらすことさえあります。

精子は人間を作り出すことができます。精子は人間を殺すことができます。精子は妊娠を引き起こし、妊娠と出産は女性に身体的、心理的問題を引き起こし、社会的、そして経済的地位にネガティブな影響を与えます。

射精し、精子を女性の体内に放出しようとする男性は、精子が彼女に与える影響をしっかりと考え、行動すべきです。つまりそれは、責任を取るということです。セックスをする度に。結果があまりにも大きいからです。

危険な武器を持ち歩いているようなもの

男性が自分の体と体液に責任を持つべき理由は、

①男性は常に妊娠させることができるから。生殖可能な日かどうか、考える必要がないことを知っているから。銃は常に装填されているから。
②単純な生理学上の理由で、妊娠を予防するにも、その原因になるにも、男性側は1000%、最適な場所にいる。
③女性による避妊法の選択肢に比べて、コンドームと精管結紮けっさつ術は、簡単で、費用がかからず、安全でシンプルで、より手に入りやすいから。

男性に対して、彼らがどれだけ妊娠させる能力を持っているかを伝えなければなりません。男性は、連日、妊娠させることができるという事実を、彼らに何度も繰り返し伝えていかなければなりません。

男性は、おもちゃではなく、実際に危険な武器を持ち歩いているようなものです。彼らが精子をどのようにして扱うのかで、命が左右されるのです。この事実を今まで強調することがなかったから、男性も女性も、深刻な失敗をしてきたのです。

男性は自分の肉体や性欲を管理できる

私は女性として、男性の性欲を体験したことはありません。女性の性的欲求としか比較することができません。(女性の性的欲求は、ヴァギナのなかに射精することとは何の関係もありません)女性の性的欲求が強いことは知っていますが、男性のそれのほうがはるかに強いという人がいます。どうやって女性の性的欲求と男性の性的欲求を比べることができるのでしょうか? それは正直、わからないのです。

女性の性欲は男性のそれよりずっと少ない、と教えられ続ける家父長制社会の外で女性を育てたというテストケースがありませんから。

家父長制社会の外とは、女性の性欲のほうが男性の性欲より弱いと教え続けられない世界です。女性はセックスを楽しまないものだと何度も繰り返し言われない世界です。女性は、男性のエゴを満足させるために、オーガズムのフリをするのが「普通」だし、セックスの途中で喜びを感じるかどうかはどうでもいい、と言われない世界です。

確かに、私には男性の性的欲求がどのようなものかはわかりません。ただ、肉体的衝動はわかります。人間が感じる肉体的衝動は、男性にとっても、女性にとっても、性欲よりはるかに強いものだということは知っています。それは排尿と排便の衝動です。無視しようと思っても、できるものではありません。体が乗っ取られるほどの衝動です。

人間であればその衝動は理解できますし、それをコントロールする術は知っています。そこらへんにおしっこをするわけじゃありません。おしっこはトイレでします。そこに行くまで我慢します。日中は、トイレ休憩をとります。

男性に性的欲求を管理すること、体液に責任を持つこと、責任ある射精をすることを期待することが、多くを求めすぎているとは思いません。

公共のトイレ
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男性は、自分が中絶を簡単に回避できると知っている

中絶の多くは、望まない妊娠が原因で選ばれています。しかし、希望している妊娠で起きる中絶もあり、それは心を引き裂かれるような体験です。胎児が子宮内で死亡したり、医学的な問題があり生命の維持ができなかったりする場合もありますし、母体が医学的問題を抱えて妊娠の継続がそれ以上できないというケースもあります。

ガブリエル・ブレア『射精責任』(太田出版)
ガブリエル・ブレア『射精責任』(太田出版)

とても心の痛む状況ですが、幸いなことに、このようなケースが中絶全体に占める割合はとても低いものです。私がこれを指摘したのは、男性は大半を占める選択的中絶を簡単に防ぐことができると示すためです。責任ある射精をするだけです。

私たちの政府を動かしているのは、多くが男性です。

50年あまりにわたって、多くの男性が中絶を減らそうとロー対ウェイド判決を覆す方法をがむしゃらに模索してきました。そして2022年7月、ほぼ男性で構成されている最高裁判所が、実際にロー対ウェイド判決を覆しました。50年という月日をかけて。

おかしいことだと思いませんか。だって、男性が本当に中絶を減らしたかったというのなら、50年もかかるわけがないじゃないですか。

いつ何時でも、あっという間に、男性は中絶の数を減らすことができました。数週間でいいでしょう。中絶に関する法律を変えることなく、女性の身体について法制化することなく、女性に言及する必要さえないのです。

男性がしなければならなかったこと。それは、責任ある射精です。それだけ。

今までそうしてこなかっただけです。

今日においても、男性はそれをしようとしません。