2年前にも自民党内で意見が割れて法案提出が見送られた「LGBT理解増進法案」が、再び議論されている。ジャーナリストの大門小百合さんは「国内世論もG7各国も支持しているのに、自民党の一部の議員が反対しているためになかなか成立しない。現在も自民党内で議論が続いているが、国会会期末というタイムリミットは迫っている」という――。
自由民主党本部
写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです

2年前にも見送られた法案

世界から注目を集めながらも、またしても国会にも提出されずに見送られる可能性のある法案がある。「LGBT理解増進法案」だ。性的マイノリティーへの理解を広げるため、国や自治体の役割を定め、基本計画の策定や施策の実施状況の公表などを定めた法案だ。

ちょうど2年前の2021年5月、自民党案を基に超党派議連が協議し、「差別は許されない」との文言を追加することで合意した。ところが、自民党内でこの文言に対し、「差別だと訴える訴訟が多発しかねない」などの異論が続出し、法案提出が見送られた経緯がある。

この法案は規制や罰則を定めない理念法のため、当事者の多くは「これでは不十分だ」として禁止規定の法制化を求めている。

日本は、G7諸国の中で唯一、同性カップルの婚姻を認める法律も、LGBTQなどの性的マイノリティーの差別を禁止する法律もない。超党派議連は今月19日から広島で行われるG7サミットまでに法案を通すことを目指しているが、見通しはかなり厳しい。

5月8日に行われたLGBT理解増進法案についての自民党の会合では、党内の保守派に配慮した表現を入れた修正案が示された。その後何度か会合が持たれたが、結論は出ていない。仮に党内で合意ができたとしても、修正された案に他の党が合意するかは不透明だ。

約半数が「自殺を考えたことがある」

4月12日、差別禁止や同性婚を認める法整備を求める5万5972筆の署名が、理解増進法案をまとめた超党派の議員連盟に提出された。

この署名キャンペーンは、今年2月、首相の元秘書官が性的少数者を巡る差別発言で更迭されたことをきっかけに、性的マイノリティーに関する啓発活動を行う一般社団法人「fair」代表理事の松岡宗嗣さんの呼びかけで始まった。松岡さんらは後日、この署名を森まさこ首相補佐官にも提出している。

「今まさに差別に苦しみ、死にたいと思い詰めている人たちがいる。1秒でも早く法律をつくってほしい。それがスタート地点だということを強く言いたい」と松岡さんは訴える。

性的マイノリティーに関する法整備を求めた署名を提出しに行く松岡宗嗣さん(中央)ら。2023年4月21日、東京都千代田区で
撮影=大門小百合
性的マイノリティーに関する法整備を求めた署名を提出しに行く松岡宗嗣さん(中央)ら。2023年4月21日、東京都千代田区で

NPO法人ReBitが10〜30代のLGBTQ2670人を対象に2022年に行った調査によると、過去1年間で約48%が自殺を念慮し、14.0%が自殺未遂、38.1%は自傷行為を経験したと回答している。学校でのいじめ、セクシュアリティについて安心して相談できる場所がないことが原因だという。また、性的マイノリティーの大人も、職場で差別を経験したり、パートナーと家を借りようとして断られたり、同性婚が認められていないためにパートナーが病気やケガで手術を受ける際に病院からは家族として扱ってもらえないなどの困難に直面している。

差別を防ぐ法律が必要な理由

松岡さんによると、日本にはすでに、マイノリティーに対する差別禁止法が複数存在するという。

例えば、障害者差別解消法では障害を理由とした差別を禁止しているし、男女雇用機会均等法では、性別に基づく雇用差別を禁止している。また、アイヌ施策推進法も、アイヌであることを理由にした差別を禁止している。しかしLGBTについては差別禁止をうたうことに対し、自民党内で激しい反発があるという。

「差別禁止法があれば、裁判で根拠になり得るので、被害者救済や権利保護につながります。残念ながら理解増進法ではそうした効果はないので、被害を受けても『理解が足りなくて残念でした』で終わってしまう。被害者は救済されず、差別を防ぐ抑止力が弱いのです」と、松岡さんは語る。

「もちろん、理解を広げることは大事です。しかし、本来法律がすべきは、解雇やサービス提供拒否などの差別的取り扱いを規制すること。まずは『差別をしてはいけない』と法律で示し、そのうえで理解を広げる施策を行うべきだと思います」

また、自民党内の反対派から挙がっている「差別の定義が曖昧だ」という意見には、他のマイノリティーへの差別禁止法と同様に、「合理的理由がない区別」があるかどうかを基準にすれば判断できると反論する。

「例えば、『トランスジェンダーの人は採用しない』というのは、採用基準として合理的な理由にならないので、明確に差別だと言えます。まずは、『差別はいけない』という前提を作り、それから実際に起きている一つひとつの事例について、差別に該当するかどうかを判断していくべきだと思います」と松岡さんは言う。

8割以上は「カミングアウトしていない」

電通が全国20~59歳の計6万人を対象に実施した、2020年12月のインターネット調査では、自分は性的少数者に該当すると回答した人は8.9%だった。 また、2019年に厚生労働省が委託実施した職場の実態調査では、誰か1人にでもカミングアウトしているという性的マイノリティーの人は、2割にも満たないという結果だった。

これまでに行われた他の調査でも、多少ばらつきはあるが、おおむね9~13%がLGBTQと推定されている。これは、「左利きの人」や「血液型がAB型の人」の割合と同じか、それより多いくらいだといわれている。

松岡さんは、LGBTQという言葉の認知は広がっているものの、カミングアウトしている人が少ないために「自分の周りにはいないと思っている人が多い」と語る。

「性的マイノリティーの人たちの多くがカミングアウトしておらず、差別の被害を受けても泣き寝入りしています。実はあなたの大切な友人や、目の前にいる同僚が、差別や偏見で苦しんでいるかもしれない。得意先の人や、家族の一員がそうかもしれない。そんなリアリティーを持ってこの問題を考えてほしい」

反対しているのは自民党でも「一握り」

法律で差別を禁止することに、反対する政治家がいるのはなぜか。

松岡さんは、伝統的な家族観を推進する神道政治連盟や日本会議、旧統一教会などの右派勢力に支持されている政治家の一部が、「差別を禁止すると同性婚を認めざるを得なくなる」と考え、強硬に反対していると説明する。

「父親が頂点に立ち、“女・子ども”はそこに付き従っていくという家父長制をベースにした家族観が根強く、それに反するものは排除したい。そのため夫婦別姓や同性婚に反対しているのだと思います」

ある自民党の政治家もこう話す。

「反対しているのは、日本会議と神道政治連盟に支援された一部の議員で、全体の中ではほんの一握り。みんな比例で当選しているから、支持団体の意向に沿わないと選挙で勝つことが難しくなるのだろう」

過半数は法案に「賛成」

時事通信が3月に行った世論調査によると、LGBTなど性的少数者に対する理解増進法案を今国会で「成立させるべきだ」と答えたのは50.8%。「成立させるべきだと思わない」と回答した16.9%を大幅に上回っている。自民党支持者の間でも、「成立させるべきだ」は46.6%にのぼり、「成立させるべきだと思わない」と答えた21.1%の2倍以上だった。また、産経新聞社とFNNが2月18、19両日に行った合同世論調査によると、慎重論が根強い自民党の支持層でも、57.2%がLGBT理解増進法を「成立させるべきだ」と答えている。他の多くの世論調査でも、LGBT法案や同性婚に過半数が賛成している。

経団連も差別禁止や同性婚に賛成しており、3月には経団連の十倉雅和会長が、法整備の遅れについて「恥ずかしい」とコメントしている。

3月16日には、日本以外のG7の6カ国と欧州連合(EU)の駐日大使が岸田首相に対し、LGBTの人権を守る法整備を促すよう書簡をまとめていたこともわかっている。アメリカのエマニュエル駐日大使もメディアのインタビューに対し、差別禁止を定めた法律がなく、同性婚を認めていない日本に対して「早期に法律を制定すべきだ」と語っている。現在の状況は、日本政府だけが国内世論や経済界の意向を無視し、先進国の趨勢からも取り残されているように見える。

「差別は許されない」に拒否反応

LGBT法案の議論は、統一地方選挙で中断していたが、4月28日に自民党の「性的マイノリティに関する特命委員会」が開かれて再開した。

会議では、「反対派と賛成派の意見がまったく折り合わなかった」と明かすのは、特命委のメンバーで、超党派議連の会長代理を務める稲田朋美衆議院議員だ。

超党派で合意した案には、法の目的、基本理念に「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されないものとの認識の下」という文言が加えられている。

「『“差別”という言葉を使うと社会が分断される』と主張する人がかなりいます。この法案は理解増進法なので、『差別を禁止する』とは書かれていないのですが、理念や目的に書かれた『差別は許されないという認識の下で』という表現が、差別禁止になっているというのです。広島のG7をタイムリミットにする必要はないという意見も結構多かった」と稲田議員は特別委員会での様子を語る。

「苦しんでいる当事者も多く、(カミングアウトしておらず)表立って要望したくてもできない人たちもいます。差別され、いじめや自殺などの不幸な出来事も実際に起きていますから、やはり基本法、理念法は必要です。理解増進法がある方が、国会できちんとした議論ができます」と稲田議員は話す。

LGBT法案についてインタビューに答える稲田朋美議員
撮影=大門小百合
LGBT法案についてインタビューに答える稲田朋美議員

地方議員に「稲田朋美に投票するな」

稲田議員が積極的にLGBT法に取り組み始めた頃から、右派系のメディアに「稲田朋美が左翼の餌食となった動かぬ証拠」「LGBT法案 稲田朋美の裏切り」などの批判記事が相次ぐようになった。2021年の衆議院選挙期間中には、「LGBT法案を推進する国民の敵稲田朋美には絶対投票しないでください」と書かれた文書が、稲田議員の選挙区の地方議員に送られたという。

「誰かはわからないのですが、法案を推進する私を選挙で落とそうとする人たちがいるようなのです。恐怖を感じるほどです」と稲田議員は言う。

街宣活動や批判記事も

こうした動きは、地方議員にも起こっていた。埼玉県議で自民党県議団の幹事長、田村琢実議員だ。

田村議員は、かつて日本会議に所属しており、当時は保守政治を進めるためには、選択的夫婦別姓やLGBTの権利保護を推進する必要性はないと感じていたという。しかし、当事者の声を聞いたことをきっかけに、法律や制度上困っている人たちがいることを知り、勉強会を立ち上げたという。そして2022年に埼玉県議会で制定された「埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例」に関わった。性的マイノリティーの人の差別を禁止する、差別禁止条例だ。

条例案制定の直前ぐらいから、条例制定の中心的人物だった田村議員に関する批判的な記事が、保守系雑誌や日本会議の機関紙に掲載されるようになったという。地元の右翼団体に街宣活動をされたほか、批判する記事のコピーが選挙区の全戸に配られたという。「『LGBTQと夫婦別姓に賛成する田村は立憲に行け』『自民党から出ていけ』といった内容でした」

誰が、どんな団体が中心となってやっているかは分からなかったという。「僕の想像ですが、(条例の主旨や夫婦別姓に)反対する団体が、お金を出していたのではないかと思います」

問題の解決は「日本の成長に必要」

田村議員は、性的マイノリティー差別の問題を解決することは、これからの日本の成長にとって大切なことだという。

「戦後の経済成長期からこれまで、日本は多様性をなおざりにし、経済優先でやってきました。それが『失われた30年』、そして日本の衰退につながっています。多様性や、一人ひとりの能力を生かすことに目を向けてこなかったために、今の日本では新しい発想が生まれず、人も生かし切れていない。そこに目を向けないと、日本の発展はないと思います」

保守政治家を自認する稲田議員は、LGBT法はイデオロギーに関わるものではなく、人権に関わる法律だと言う。

「『保守であるかどうか』といったイデオロギーの問題ではありません。こうした差別に苦しみ、自殺までする人が現実にいる。政治に求められるのは、苦しむ人たちを少なくすることだと思います」

国会の会期末も6月21日に迫っている。2年前のように時間切れになるようなことだけは、避けなければならない。