一昔前、多くの女性のテリトリーは主に家庭や家族であった。精神科医で昭和大学附属烏山病院長の岩波明さんは「中高年の妻たちは、ときに感情的な大爆発を起こすことがある。彼女たちの攻撃の対象となるのは、ほとんどの場合夫や周囲の男性で、時にその攻撃は妄想と呼べるほど過剰にもなる」という――。

※本稿は、岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

人生経験=教養深くなるわけではない

先人の言葉を信じれば、年齢を重ねて人生経験を積むことによって、男性でも女性でも、知恵が深まりバランスのとれた判断ができるようになるはずであるが、世の中を見渡しても、これとは逆な現象が多い。大学教授や大病院の院長を務めた医師が、教養深くバランスのとれた「大人物」かというと、むしろ多くは、修羅場をかいくぐってきた「喰えない」輩か、毒にも薬にもならないイエスマンが多い。

最近、ある病院の医局長をしている知人から相談を受けた。話を聞くと、その病院の元院長が、自分の子飼いのA医師を無理やり管理職に押し込もうとして困っているという。A医師は過去にその病院とトラブルを起こした曰くつきの人物であることに加えて、専門領域も異なっているにもかかわらず、元院長は無理強いしているらしい。

感情的な大爆発を起こす中高年の妻たち

このような老人の「傲慢さ」は、男性の場合は、人事のごり押しや無謀な事業計画となることがあるが、高齢の女性たち、特に妻たちの場合はどうであろうか。彼女たちのテリトリーは多くの場合は家庭であるため、家庭や家族が中心的なテーマとなる。中高年の妻たちは、ときに、感情的な大爆発を起こすことがある。その暴発は若年者よりも激しく、妙に粘っこく説得力を持っている。

彼女たちの攻撃の対象となるのは、ほとんどの場合夫や周囲の男性で、時にその攻撃は妄想と呼べるほど過剰にもなる。そうした妄想の多くは被害妄想か、性に関連した嫉妬妄想である。ここではストーカーと夫に関する妄想にとりつかれた社長夫人のことを記したい。

ストーカー妄想に取りつかれた50代専業主婦

その上品な振る舞いの女性は、夫と娘につきそわれて精神科の外来を受診した。橋本美佐子さん(仮名)は50代後半の専業主婦である。近県で生まれ育ち、短大を卒業後、数年間総合商社のOLとして働いたが、あるアパレル会社の後継者の男性と結婚してからは、仕事はやめて経済的にも家庭的にも不自由なく暮らしていた。

彼女の夫は父親の跡を継いで社長に就任して堅実な経営を続け、会社の業績も順調だった。橋本さんは3人の子供にも恵まれ、プチセレブの社長夫人であった。

病院での橋本さんの訴えは、「しつこいストーカーにつけられて困っている」というものだった。彼女の話では、インターネット上のトラブルをきっかけとして、見ず知らずの男性数人からストーカー行為を受けるようになったという。彼女はこのストーカーの存在を確信していた。

橋本さんによれば、道で後をつけられたり、つばを吐きかけられたりすることもあり、ストーカーの行動がエスカレートしつつあるという。自分としては、夫も共謀していると疑っているが、家族は自分の話を信用しないばかりか、病気ではないかと決め付けているというのだった。

暗い通路に立つストーカー
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彼女にきっかけとなったインターネット上のトラブルについて尋ねたが、それについては詳しく話せないと口をつぐんでしまった。一方で、ストーカーについては、橋本さんは饒舌だった。

ストーカーはあらゆるところで自分をつけ回している、集団で嫌がらせをしてくる、待ち伏せして道でぶつかってくる、ネットのBBSに誹謗ひぼう中傷の書き込みをされたこともあるという。彼女はバスの中で「因縁をつけられた」と感じて、警察に相談に行ったこともあった。

妻の実家を「格下」呼ばわりする夫

夫によれば、1~2年前より、橋本さんの様子は不安定になった。はっきりしたきっかけは思い当たらないが、妻の実家は自分の家より「格下」であったため、これまでずっとプレッシャーを感じていたのが原因かもしれないと言う。

ある時急に橋本さんは、「電車の中でだれかが自分のことをじろじろと見ていた」と言い出した。夫はそれは勘違いではないかというと激しく怒り出した。娘は自分の味方と思っているようで、昼でも夜でもひんぱんに娘に長電話をしてきて、娘も仕事をしているので困りはてていた。

高校時代のいじめで男性恐怖症に

外来で投薬を勧めたところ、橋本さんはいやいやながら承諾をした。服薬を開始しても、すぐには彼女の状態に変化はなかった。外来受診時には、「前と同じように悪口を言ってくる人がいる、挑発してくる人がいる」と述べ、これ以上ひどくなったら警察に行こうと思っていると話すのだった。

その後も、彼女は数年間にわたり精神科の受診を継続した。当初ストーカーに対する確信は揺るぎの無いものであったが、それは数カ月かけて次第に薄らいでいった。橋本さんは、中学から高校にかけておとなしい性格で、「赤面恐怖症」だったと述べた。同級生からいじめを受けたこともあり、当時から男性恐怖症の傾向がみられたという。

通院を続けてストーカーに対する訴えは少なくなってきたが、それでも夫に対する不信感は持続していた。夫は何かを隠しているに違いないと橋本さんは述べた。だが詳しい内容を聞いても、それ以上はわからないと言うだけであった。

駅や電車で怒鳴り出す

彼女に対する夫の態度は、冷淡とは言えないまでも、かなり距離をとったものだった。このような夫婦間の冷淡さは長い年月にわたって続いていたもので、さらにどこか妻を見下すような態度も相まって、橋本さんには夫に対する否定的な思いが、基本的な感情として大きくなっていったのかもしれない。

橋本さんは実家のある埼玉県まで、片道1時間以上の時間をかけて、認知症の症状が出始めた母親の世話をするために、週に1回のペースで通うことになった。その道すがら、駅や電車の中などでおかしな動きがあると言う。通りがかりにわざとぶつかってくる人もいる、電車の中でも、どうみても不自然な動きをする人をよくみかけるという。自宅の前で、不審な人をたびたびみかけて、相手をにらみつけたこともあった。

京成電鉄の車内
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カギに関するトラブルもあった。自宅にいるとき夫から連絡があり、会社の社屋のカギを訪ねてきた社員に渡したが、後で夫は会社にいたことがわかり、カギを渡した理由がわからずに不審に感じた。また自分のキーホルダーからカギが抜き取られていたこともあった。真相は不明だが、彼女は夫の嫌がらせに違いないと感じていた。

通院を開始してから、自宅において「おかしな」出来事が起こることは少なくなったが、実家に行く道すがらのトラブルは変化しなかった。地下鉄の中では、いつも自分の方を見る人物がいた。無視していたほうがよいとわかっていても、2、3人から写真をとられたときには、思わず「バカ」と怒鳴ってしまった。

妄想性障害は統合失調症に類似

さらに通院を続けることによって、彼女のストーカーはほとんど姿を現さなくなった。ただ夫との関係は冷え込んだままで、以前のように激しく興奮したり怒ったりすることは少なくなったものの、家庭の中で孤立し不安感に襲われることがたびたびだった。

橋本さんにおける主な症状は、被害妄想である。「嫌がらせをされている」「後をつけられている」「常に監視されている」などがその内容であるが、本人は実体のあるものと信じこんでいた。これがエスカレートすると、「盗聴器をしかけられている」「監視カメラで見張られている」などの訴えが生じることもある。

こうした中高年で発症する「妄想状態」は過去の時代から報告があり、「パラノイア」「退行期精神病」などの名称で呼ばれていた。現在の米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、「妄想性障害」と呼ばれている。妄想性障害の症状の特徴は統合失調症に類似している。

一方で両者には明確な違いが存在する。統合失調症においては、長い経過の中で、思考のまとまりが悪くなるなどの「陰性症状」や、生活がだらしなく日常生活に支障をきたす「人格水準の低下」がみられ社会適応が不良となる。一方で妄想性障害においては、妄想が存在する以外は発病前と変化がないことが多い。

カーテンの隙間から外を見る人
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恋愛妄想に取りつかれた60代女性

次に紹介するのは、恋愛妄想を主な症状とするケースである。川口敬子さん(仮名)は、一見したところ物静かな60代前半の女性である。彼女は地方都市の育ちだったが、父親が会社を経営していて経済的には不自由ない毎日を送っていた。

大学進学時に上京し、ある有名私立大学の英文科を卒業、その後は一流企業に就職して、契約関係の英文を翻訳して各部署に回す仕事を担当していた。26歳で社内恋愛の末に結婚して専業主婦となり、2子をもうけている。ここまでは、派手さはないが順調な人生だった。

ところが40代半ばになり、川口さんの人生は暗転した。夫が仕事ばかりで家庭をかえりみなかったために、夫婦間のいさかいがひんぱんになった。その結果、ついに夫が一方的に家を出ていき別居となってしまう。子供と家に残された彼女は、持ち前の英語力を生かして、通訳として働き始めた。

相手の男性と両想いだと思い込む

これをきっかけとして、川口さんのエネルギーが空転したかのように「暴発」した。彼女は、仕事上の講演会や研究会で知り合った有名な学者や大学教授に、容易に恋愛感情を抱くようになり、積極的に誘いをかけ始めた。そういう場合、彼女は相手も自分に好意を感じていると信じ込み、ひんぱんにメールなどで連絡をとろうとした。

この時期、川口さんには奇妙な行動がみられた。実際には約束をしていないのに、約束があると信じ込み、「今日は相手の男性が家に来る」と主張して料理を準備して待っていることなどが起きていた。

仕事相手につきまとい警察に拘留

50代になって、川口さんは急に恐竜に興味を持つようになり、カナダの大学に留学をした。そこで知り合った米国の学者と、彼女は「恋愛関係」になったと信じこんだ。川口さんはその学者が「自分のことを仕事の助手だけでなく、パートナーとして迎え入れたいと思っている」というサインを送ってきていると信じ、彼に付きまとった。このため川口さんはストーカーとして現地警察に勾留されてしまった。

後ろ手に手錠をかけられている女性
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本人の言い分では、向こうからの愛情の「サイン」がすごかったのでそれに答えただけだという。もちろんそのような客観的な事実はなく、現地で裁判になり精神疾患を疑われて日本に強制帰国となった。だがその後も彼女はあきらめず、再三アメリカに行こうとして航空券を購入しては空港で止められることを繰り返した。

60代になった彼女は、都心の高級ホテルに宿泊して無銭飲食をした。このため警察に通報されたが、本人からは、「息子が来ると思っていた」「これは警察の策略だ」と不可解な言動がみられたため、精神科に入院となった。

入院時は、「豊島警察A警部の策略です」「私は正常です」と一方的な発言を繰り返す興奮状態だった。それでも投薬により次第に安定し、2カ月あまりたった退院時には、「あのときは被害妄想っぽかった」「今は穏やかになりました。落ち着いて判断できるようになりました」と述べるように変化した。

川口さんの場合、主要な症状は恋愛妄想である。彼女は男性の些細な言葉や仕草の中に勝手に好意を読み取ってしまい、それを確信してしまう。川口さんはこの恋愛妄想が昂じて、ストーカーとして逮捕もされた。診断としては妄想性障害であるが、「老い」と孤独がこのような症状のきっかけであったと考えられるケースである。

夫と娘の仲を疑う60代女性

60代の加藤芳江さん(仮名)が精神科に入院したとき、彼女は「夫が娘とできているので、家に帰りたくない」と主張した。加藤さんは東京生まれの東京育ち、実家は洋服店を営んでいた。きょうだい7人中第2子長女で、真面日な子供だった。

学校時代の勉強は苦手で、全体に成績は悪かった。父親の「女はあまり勉強しなくていい」という一言もあり、中学卒業後は、定時制高校に通いながら、和裁、洋裁を習った。その後は、1年半ほど靴下製造会社で靴下にゴムを入れる仕事をしていたが、家業を手伝うために辞めている。

母の死後は、実家の家事はすべて彼女が行っていた。25歳、父の知り合いだった製材業をしていた夫と見合い結婚をし、2子をもうけた。26歳で進行性の眼疾患の診断を受け、以後次第に視野狭窄きょうさくが進行している。現在、視力は失われていないが、点字と白杖を使用している。

次女の首を絞め無理心中を図る

加藤さんに精神変調がみられたのは、30代の半ばのことである。長女と添い寝をしていた夫に対して「何をしているのか?」と尋ねて逆に怒鳴られてから、夫と長女の仲を怪しむようになった。38歳、急に精神的に不安定な状態となり、「一緒に死んでくれ」と次女の首を絞めようとしたがかなわず、縊首を図るが失敗する。このころには幻聴が出現し、「日露戦争で兵隊さんがお互いに話し合っていたり、自分もその会話に加わった」という。このため精神科を初めて受診し、投薬を受けた。

40代の半ばには、希死念慮が急に強くなり、無理心中を企てて子供にサンポールを飲ませようとして拒否されたため、自らサンポールを飲んである救急病院に入院となっている。その後回復し精神的に安定した時期には、写経や読経を熱心に行うようになったが、「霊にとりつかれて」興奮状態となったことがたびたびあった。

ぼやけて見える人々のシルエットが人形のエイリアンのように見えている視点
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55歳ごろより、「長女と夫ができている」とひんぱんに口にするようになった。この妄想は、長女が家を出てからも、変化なく持続していた。58歳時、障害年金を受給していることを気に病むようになり、自分は不正にお金を受け取っていると信じ込んで不安定となり、大量服薬をして自殺をはかった。

夫をめぐる嫉妬妄想が悪化

59歳ごろからは夫が友人の男性二人とひんぱんに競馬に行くことを不審がり、夫と彼らが「性的な関係」にあると勘ぐるようになった。さらに、次女が出したゴミを漁っていた所を夫に注意されたことをきっかけにして、嫉妬の対象は次女に移った。

岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)
岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)

外来受診時には、「目が見えにくくなってきて人を疑うようになっている」「夫に目薬に毒を入れていると言ってしまう」などと述べている。こうした発言からすると、自らに精神変調がみられることをある程度自覚していたようである。

けれども体調の悪化に伴い、嫉妬妄想が活発になり、身体的な愁訴も増悪した。「舌がしびれる。娘が毒を入れた」と騒ぐこともあった。内科の医師より、「あなたはうつ病だ」と言われてショックを受け、「うつ病と言われてもうだめだ」「家族にだまされている」という遺書を書いた後、76万円を持って家出をしようとした。家族より制止されたが「迷惑かけたから飛び降りて死ぬ」と泣きながら話すため、そのまま精神科に入院となった。入院すると状態は安定化し、嫉妬妄想に対して、「家に帰るとつい疑ってしまう。だめな母親だ」と客観的な発言も認められるようになった。

視覚の低下で妄想が出現しやすい

加藤さんは1カ月あまりで退院となったが、退院後はすぐに入院前と変わりない状態となり、夜中に起き出して夫のところへ行き濡れタオルを指差して「昼間私のいない間にセックスしてそれで拭いたのだろう」と決め付け、「何かしたでしょ」と次女に喰ってかかるようになった。

このため再度精神科に入院となった。入院時には、身なりは整っており、視野が狭いためか覗き込むようにして話す。しぶしぶ入院を承諾したが、思い込みが強くて了解が悪く説明に時間を要した。入院後は多少の動揺はみられたが、比較的速やかに嫉妬妄想などの病的な症状は消退している。

水辺のベンチに座って見えないだれかの方に手を伸ばしている女性
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一般に視覚、聴覚などが低下した人の場合幻聴や迫害妄想のような症状が出現しやすいと言われている。視覚という感覚が遮断されて外界との接触が減った場合、この女性のような妄想反応は十分起こり得るであろう。診断的には、加藤さんの場合も妄想性障害に当てはまっているが、症状の内容からは、「性」への妄執と孤独がこのような症状の出現に関連しているように考えられる。