今年の新卒女性たちはどのような価値観をもっているのか。ジャーナリストの溝上憲文さんは「就職氷河期世代の両親を持ち、8歳でリーマンショックを、大学時代にコロナ禍を過ごした。彼女たちの危機意識は半端ではない」という――。
メモを取る新入社員
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子どもを持ちたくない新卒女性は男性の2倍

少子化の原因は一朝一夕に解決するものではなく、根深いものであることをデータが示している。

キャリタスリサーチが2023年春に大学・大学院を卒業する学生を対象に「キャリアプラン・ライフプランに関する調査」(2023年3月)を実施している。将来、子どもを持つかという質問に対し、「持ちたくない」と回答した女性は20.8%。5人に1人が持ちたくないと考えている。男性は10.1%だが、実際に産む主導権を持つ女性はその2倍もいることになる。

一方、子どもを「持ちたい」と回答した女性は51.1%。約半数にすぎない。回答者の年齢は大学生なら22歳であるが、22歳の人口は約122万人。女性は約60万人だ。同年齢の女性の半数が子どもを持つとしても、仮に1人しか産まないとすれば出生数は30万人になる。親の4分の1の人口になってしまう。2022年の出生数が80万人を割ったことで政府を含めて大騒ぎしているが、近い将来、より深刻な事態に陥りかねない。

専業主婦になりたい女性は7%…初めて1割を割り込む

なぜ子どもを持ちたくないのか。それに関してもう1つの興味深いデータがある。「希望する世帯スタイル」を聞くと、女性の15.0%が「家庭を持ちたくない(独身世帯)を選択している。また、家庭を持つとしても「夫が働き、妻は家庭にいる(専業主婦世帯)」と「二人とも働く(共働き世帯)」については、共働き世帯を選択した女性は76.7%と圧倒的に多いのに対し、専業主婦世帯はわずか7.0%にすぎない。

共働き世帯と専業主婦世帯の希望率を時系列で見ると、共働き世帯の比率は2016年卒以降ほぼ変わらないが、専業主婦世帯を希望する女性が2016年卒は17.8%と、2割近かったが、2023年卒は10%以下に割り込んでいる。逆に独身世帯が5.7%から15.0%に増加している。独身世帯は当然だが、専業主婦希望者の減少は、子どもを持ちたくないこととも少なからず関係しているだろう。

「両親は共働き」という中で育った世代

専業主婦希望者が少なく、共働き希望者が多いのは親の影響もあるだろう。1980年代は専業主婦世帯が約1000万世帯だったが、1992年に共働き世帯が914万世帯、専業主婦世帯が903万世帯と逆転し、以降、専業主婦世帯が減少の一途をたどり、2019年は582万世帯(共働き世帯1245万世帯)にまで減少している(総務省統計局「労働力調査」)。

2023年卒が生まれた2001年も共働き世帯が951万世帯であり、幼少期から小・中・高校時代は共働きがごく普通の光景であり、社会人になっても両親と同じように共働きするのが自然だと受け止めてもおかしくないだろう。

夫婦どちらかに何かがあっても生計を立てられるように

ただ、なぜ共働きがよいのか。数年前に聞いた2019年入社の東大の女子学生の言葉が印象的だった。彼女はこう答えていた。

「専業主婦になりたい女子は周囲にはいないし、私もずっと働き続けたいと思っている。結婚しても両方が働くことでリスク分散になる。今後、技術が進化し、キャリアショックが起こったときに失職する可能性もある。子どもがいて、一人だけ働いているのは結構恐いので、夫と自分の2人が働いて支え合う。しかも違う業種のほうがいい。それぞれの道を歩んで生計を営み、どちらかに何か発生しても生計を立てられるようにしておきたいという気持ちがある」

また、別の上智大学の女子学生は「結婚はしたいけどできなくてもいいかなとも思っている。飲み会で男子が「奥さんには家にいてほしい」と言ったら、女子学生が『生活できる給料を本当に稼げるのか』と怒って、頭を叩かれたことがある。専業主婦の家庭で育ったが、父が地方に転勤を命じられて小さいとき4年間暮らしたが、不便だったし、転勤をきっかけで父は会社を辞めた。専業主婦家庭はリスクもあると思っている」と語った。

両親は就職氷河期世代

女子学生の言葉ににじみ出ているのは将来に対する「不安と危機感」である。不安や危機感は生育歴も影響している。2000年以降に生まれた世代の両親は就職氷河期世代やロスジェネ世代でもある。就職できてもリストラや企業再編による左遷など組織の不条理な扱いに辛酸をなめた人もいるだろうし、今の新入社員はそんな親の背中を見つめ続けてきた世代でもある。

2008年、8歳の時にリーマンショックが発生し、翌年には派遣切りによる「年越し派遣村」もテレビで放映された。15歳の多感な時期には、高橋まつりさんの自死による電通事件が大きく報道され、若者に「ブラック企業」への恐怖心を植え付けた。また、大学生時代にコロナ禍に遭遇し、大学からも閉め出され、講義はオンラインに切り替わった。人とリアルで接する機会が極端に減り、コロナ禍による非正規切りの横行、そしてロシアのウクライナ侵攻も始まった。感受性の強い年齢だけに将来に対する不安や危機感を抱いたとしても不思議ではない。

「安定した生活を送りたい」というささやかな希望

ラーニングエージェンシーが実施した「働くことに関する新入社員意識調査レポート」(2023年4月19日)によると、「仕事を通じて成し遂げたいこと」の質問で最も多かったのは「安定した生活を送りたい」であり、65.8%だった(複数回答)。この割合は過去最大であり、2019年以降、4年連続で増加している。2番目に多かったのは「自分を成長させたい」で、57.8%。こちらは2020年までは増加傾向にあったが、その後は減少し続けている。

安定した生活といっても大金を稼ぎたいわけではない。「大金を稼ぎたい」と回答した人は20.8%にすぎない。人並みの生活ができる程度の収入を安定的に得たいというささやかな希望である。

新卒女性の危機意識は半端ではない

収入を上げるには会社の中で頭角を現し、出世することが求められるが、前出のキャリタスの調査では、女性の20.0%が「出世したいと思わない」、38.4%が「特に考えていない」と答えるなど出世意欲は低い。また、入社する企業の勤務予定期間では10年以内の回答が53.3%も存在し、その多くは転職すると答えている。

出世する、管理職になることは、会社という組織を代表することであり、会社への信頼感や帰属意識を意味する。しかし信頼感や帰属意識は少なく、転職も選択肢であると考えている一方で「自分を成長させたい」と思っている。つまり、転職しても世間に通用するスキルを身に付けたいという志向が強い世代でもある。その背景には、一つの会社に依存し、定年まで勤めることは幻想にすぎず、むしろリスクでもあると捉え、個人としてサバイブしていくしかないという彼女たちの不安や危機感の表れでもある。

これは「安定した生活を送りたい」ことと矛盾しない。安定した生活とは、会社に守られる生活ではない。どんな状況に陥っても、培った経験やスキルを武器に乗り越え、一定の収入を得られる生活という意味であろう。そういう意味では彼女たちの危機意識は半端ではない。

結婚すら、リスク要因

彼女たちにとっては結婚すらリスク要因であり得る。ましてや子どもを持つことも大きなリスクとして意識されている。それが冒頭の「子どもを持ちたくない」女性が20.8%という数字にも表れている。子どもを産むことでキャリアの断絶を強いられ、フルタイム正社員での復職が難しいと予測すれば、持ちたくても持たないことを選択する女性が増えるかもしれない。少子化の原因は実に根深い。