日常生活の中にアートを取り入れる人が増えている。なかでも都会で働く女性たちに人気なのが、ハワイ在住のアーティスト、山崎美弥子さんの海と空を美しい色使いで描いたアート作品。そんな山崎さんの元には、作品購入の相談だけでなく「生きることに希望が持てない」「人と会いたくない」といった人生相談も届くという――。

人口7000人の島で暮らす

アーティスト 山崎美弥子さん
アーティスト 山崎美弥子さん(写真提供=本人)

私は東京生まれの東京育ち。美大卒業後はイラストレーターとして食品パッケージのデザインやファッションカタログの挿絵など、商業的な美術に携わっていましたが、30歳ごろからファインアートと呼ばれる、いわゆる純粋芸術の世界に移行し、美術館で作品を発表したり、ギャラリーで展示をしたりといったことをしていました。

大きな転機になったのは34歳のとき。夫との出会いがきっかけで、船の上で生活することになりました。そのときは夫と船で世界中を旅しようとしていましたが、長女を授かったので、じゃあ子育てしよう、とハワイのモロカイ島という、人口7000人の小さな離島に上陸しました。そこで自分たちで家を建て、食物を育て、馬やにわとり、アヒルなどの動物を飼い始めました。その3年後に次女が生まれて、4人家族となり現在に至ります。

絵を描くことは家事と同列

私のアトリエは、自宅の一室です。一日何時間描くと決めているわけではなく、ふつうに暮らしているなかで「今、描くときなんだ」というひらめきが来たら、パッと描き始めます。そのひらめきは1カ月来ないときもあるし、翌日に来るときもあって、本当に何のルールもありません。描くときも、自然と描けるときだけ描いて、ちょっとでも疲れたり、ストレスを感じたりしたら、すぐにやめます。そして日常生活に戻り、掃除や料理、庭の手入れなどの作業を行う。私にとっては、絵を描くことは日常生活の作業と同列なのです。

ただ唯一、同列でないことは、絵を描くときは一人でないとダメということです。子どもたちにも小さい頃から、ママが描いているときは話しかけないでね、部屋に入って来ないでね、と言ってきました。自分が作品をつくるときの意識や精神状態がどういうものか分析できませんが、やはり日常の状態とは違うのだろうと思います。

日本の女性たちの心の叫び

いたってマイペースにハワイで暮らす私のところに、アートファンではない、ふつうの主婦やOLさんから「絵を買いたいんです」という連絡が来るようになりました。どうやら長年の友人のメイクアップアーティストの早坂香須子さんが、いろいろなメディアで私の作品を紹介してくれていたようで、多くが早坂さんの記事を見て連絡くださった方でした。

山崎さんの作品。「1000年後の未来の風景」をテーマに制作を続ける。
山崎さんの作品。「1000年後の未来の風景」をテーマに制作を続ける。(写真提供=筆者)

最初は「絵が欲しいんです」「どうやったら買えますか」といったメッセージでしたが、やりとりするうちに「話し相手がいない」「人に会いたくない」「体の具合が悪い」といった深刻な人生相談のようなメッセージが届くようになりました。「死にたい」とはっきり書いてあるわけではないけれど「さようなら」といった、におわせるメッセージも。一人で頑張って我慢して、これ以上どうしたらいいのかわからない……。日本の女性たちの心の叫びが聞こえてくるようでした。世の中で成功しているとされている人たちの中にもそのように心が疲れた人は見受けられるのです。

自分に正直に生きていないのではないか

私の今の暮らしというのは、玄関を一歩出たら、草花が生えていて、フルーツの実る木があって、動物もたくさんいる。すぐそばを野生のシカの群れが走っていたり、海ではクジラが跳ねたりして、暮らしが自然そのものです。

山崎さんの住まいから見える風景
写真提供=筆者
山崎さんの住まいから見える風景
写真提供=筆者
山崎さんの住まいから見える風景

しかし私も東京で生まれ育ち、東京で働いていたので、都会の暮らしというものはわかります。だからこそ思うのは、彼女たちは自分に正直に生きていないのではないかということです。自分の正直な気持ちよりも社会や会社から求められる生き方を無意識にしてしまっている。それが知らず知らずのうちにストレスになって、もう生きていられないとなっている気がするんです。

メッセージをくださる方は「美弥子さんの描いている海と空の風景を見てみたい」と言います。でもよく考えてみてください。海と空は全部つながっています。そして私が見ている空とその女性たちが見ている空もまた、同じ空でつながっているんです。

誰一人自分を助けてくれる人がいなくても、この空というのは、いつも美しく、あなたのことを見守っているよ。そう伝えると、はっとする人が多いですね。そして「空を見上げることが多くなりました、すごくきれいです」「安心できます」と言ってくれる人もいます。

美しい自然は、どこか遠くにあるものではなく、実は自分のすぐそばにあることに気づけるのです。

全て自然体、裸足で暮らす

私は島ではブラジャーも着けず、時にはパンツも履かず、パレオと呼ばれる布を体に巻いて、裸足で暮らしています。裸足で土の上を歩くと、自分もこの地球の一部だと感じられますから、疲れたときは、裸足で歩き回ったり、寝転んだりすると、なんとなく落ち着いてきます。

ビーチの岩場
写真提供=筆者

もちろん東京で、裸足で歩き回るわけにはいきませんが、たとえば週末に新宿御苑や代々木公園に行って裸足になってみるだけでも違うのではないでしょうか。すべての動物は裸足で歩いて地面とつながっていますから、動物たちはそんなに不安になっていません。ふつうに生きています。本来は人間も同じ存在なのに、それを忘れているわけですね。靴を履いているのは人間だけなのです。

SNSなどで人生相談を受けたときは、「空を見上げよう」「裸足になろう」ということをお伝えしています。

子育ての重い責任が親に集中している

子育ての悩みもよく聞きます。実は私も出産する前は、自分が母親になることが想像できませんでした。どうやって子育てをしていいのかわからなかったので、とにかく地域の人に子どもを預けました。本当に恵まれていることに、島には小さなコミュニティーがあるので、地域の人たちがうちに遊びにおいでとか、一緒にキャンプに行こうとか、子どもを誘ってくれます。それでどんどん行かせていたら、子どもたちもいろいろなことを覚えてくるようになりました。つくづく子どもたちにも家以外のコミュニティーが必要だと感じました。

山崎さんの作品
写真提供=筆者

でも今は安心できるコミュニティーは失われていますから、お母さんに全部責任がいってしまうんですね。本来コミュニティーが子どもに与えることを、お母さんが全部やろうとするから、無理がくる。それでお母さんは精神的に苦しくなって、イライラして子どもに八つ当たりしてしまう。でもコミュニティーの中に子どもを入れておけば、お母さんはゆっくり休めるんです。

私はそれを考えてやったわけではなく、とにかく一人ではできない、みんなに手伝ってもらわないと無理と思っていたから、自然とそうなっていました。

お母さんが助けを求めることはもちろん大事ですが、そもそも一人ひとりに余裕があれば、みんなが助けてくれるはずなんです。心が豊かだと時間も惜しまず、おいでおいでとなります。

今、子どもたちは18歳、15歳になりましたが、地域のあたたかい人たちに育ててもらったおかげで、私よりもよほどいろいろなことを知っています。「ママ、こういうときにはこうするんだよ」なんて、よく教えられています。

まず自分が健全な状態で始める

ただ今の日本では、子どもの声がうるさいからと保育園の建設に反対運動が起きたり、公園が廃止されたりといったことが起きていると聞きます。子どもの声がうるさいのは当たり前。子どもの声を聞いたらイライラするというのは、もうスタート地点で不健全なのです。精神に余裕がなくて、そこからいろいろ考えても、いいアイデアも出ないし、いい結果にもならない。不健全なところに不健全なものを積み重ねていくだけです。

では、どうすればいいかというと、結局は個人が一歩ずつやり始めるしかないと思います。日々の生活の中で、困っている人がいたら手を差し伸べる、子どもがいたらやさしくする。私も東京に帰ったら、工事現場の人にも「おはようございます」って挨拶をするんです。そうすると、あちらも挨拶を返してくれて、すごくいい感じ。

虹
写真提供=筆者

とりあえず挨拶だけでもし始めたら、次は挨拶だけでなく、困っているんですか、やってあげましょうかと少しずつ大きくなって、あなたの子どもを預かってあげるよって、なっていくかもしれない。そうやって地域のコミュニティーはできていきますから、まずは自分がやるしかないのです。

自分にうそをつかない

自分が健全な状態でいるには、何をおいても自分にうそをつかないことです。たとえばコーヒーと紅茶があって、本当はコーヒーが好きじゃないのに、みんながコーヒーを頼むから私もコーヒーって。ちっぽけなうそですが、それを積み重ねていくと、結婚や引っ越しなど、大きな決断のときに正直になれないんです。どうしたらいいのかわからなくなる。ですから小さなことから正直に生きていくことは大切なのです。

うそをつかない、正直に生きていこうというと、今度はわがままになるのではないか、秩序がなくなるのではないかと心配する人がいます。でも感性が健全に働いていれば、ちゃんとバランスは取れるはず。群れて暮らす動物たちに自然と秩序ができているように、人間も健全であれば、自然に秩序のある暮らしができると思います。

生活が思考であふれ返っている

現代の私たちは、常に頭の中でああしなきゃ、こうしなきゃと考えています。生活そのものが、思考であふれ返っているからこそ、迷うことが多い。

私の作品を見た人から、よく「作品にどんな思いを込めているんですか」と聞かれますが、私は全く思いを込めていません。思いというのは思考ですから、これだけ思考が増えている生活の中で、さらに思考の入った絵を壁に飾りたいと思いません。だから思考は一切入れずに描いています。

山崎さんの作品
写真提供=筆者

私たち人間には思考だけでなく、感性があります。幸せな体験をすると愛情が増えて不安が減る、一方で苦しい体験をすると悔しさが増えて不安が増える。このように常に揺れ動いています。私の作品は、海と空の風景ではありますが、子ども時代に体験した100%の愛で満たされた意識の世界を描いています。それは、私だけが感じたものと思っていましたが、誰にでもあるもの。空がすべてつながっているように、この意識は誰の中にも存在しているものなのです。だから私の絵は「窓」なんです。自分の中にある原風景を見つけられる窓。私の絵を求めてくださる方は、そんなふうに感じ取ってくださっているのではないかなと思っています。