2022年の出生数は80万人を下回った。今本当に必要な少子化対策とは何か。拓殖大学准教授の佐藤一磨さんは「これまでも子育て支援策が打たれてきたが、この20年間子持ち女性の幸福度は低いままだ。一方で50歳以下の子なし女性の幸福度は上昇傾向にあり、両者の差が開きつつある。子どもを持つことの幸せがより実感できる政策が必要だ」という――。
主婦のストレスの多い生活と瞬間
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子持ち女性の幸福度は改善してきたのか

今、国会では子育て支援策に関する議論が交わされています。

その発端となったのは岸田首相の掲げる「異次元の少子化対策」です。この対策では(1)児童手当など経済的支援の強化、(2)学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充、(3)働き方改革の推進の3つが主な内容として挙げられています。これらはいずれも過去の少子化対策の延長線上にあるものだと言えるでしょう。

日本の過去の少子化対策を見ていくと、育児・介護休業制度の創設、待機児童解消のための保育所の増設、少子化対策基本法、次世代育成支援対策推進法、子ども・子育て支援法の施行とさまざまな政策が実施されています。これらの政策は、育児や就業環境を改善させたと考えられます。

もしそうであるならば、子どもを持つ女性の幸福度も改善してきたのでしょうか。

過去の記事(「子どものいる女性のほうが、幸福度が低い」少子化が加速するシンプルな理由)でも指摘したように、日本では子どもを持つ女性の幸福度の方が子どもを持たない女性よりも低くなっています。しかし、これまでの少子化対策が機能し、育児・就業環境が改善すれば、子どもを持つことの幸福度の低下幅が小さくなってもおかしくありません。

はたして実態はどうなっているのでしょうか。今回は2000~2018年までの子持ち既婚女性の幸福度の推移について検証した結果についてご紹介したいと思います。

結論を先取りすれば、「日本の子持ち既婚女性の幸福度は、2000~2018年において、改善傾向にはない」と言えます。

以下で詳しく説明していきたいと思います。

子どもを持つことが女性の幸せにつながらない

子持ち既婚女性の幸福度の推移について説明する前に、子どもの有無によって既婚女性の幸福度がどう変化し、その背景にはどのような要因が存在するのかについて簡単に見ていきたいと思います。

図表1は、子どもを持つ既婚女性と子どもを持たない既婚女性の幸福度の平均値を見ています(*1)。使用しているデータは、社会科学の学術研究で多く利用される日本版総合的社会調査(JGSS)です。分析対象は2000~2018年までの20~89歳の既婚女性8331人で、幸福度を1~5の5段階で計測しています。

【図表】子どもの有無別の既婚女性の幸福度の平均値

この図からも明らかなとおり、子持ち既婚女性の幸福度の方が低くなっています。子育て期にあたる50歳以下の既婚女性に絞ると、幸福度の低下幅はより大きくなります。

この図の意味するところはシンプルで、「子どもを持つことが女性の幸せにつながっていない」ということです。

子どもを持つことのコストが大きすぎる

ただし、子ども自体が幸福度の低下につながるというわけではありません。子どもの存在は、親の幸福度を高めると考えられます。しかし、子どもを持つことによって夫婦関係、お金、働き方、時間の使い方等が変化し、それによって発生する負担の方が大きく、幸福度の低下につながってしまうわけです。

「子どもを持つことのコストの方が大きくなりすぎている」というのが適切な現状認識でしょう。

ちなみにヨーロッパのデータを用いた分析によれば、子どもを持つことによって女性の幸福度が低下する一番の原因は、ズバリお金です(*2)。子育ての金銭的負担が過大であり、これが解消されれば、子どもを持つことの幸福度へのプラスの効果が顕在化します。日本のデータを用いた分析では、夫婦関係の悪化とお金が幸福度低下の主な原因であり、やや夫婦関係悪化の影響が強いと指摘されています(*3)

妊娠、出産、子育てなどの費用
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子持ち女性の幸福度は上昇していない

子どもを持つことによって既婚女性の幸福度は低下するわけですが、この傾向は直近の約20年間でどのように変化してきたのでしょうか。

図表2は、2000~2018年までの子持ち既婚女性と子どものいない既婚女性の幸福度の平均値を見ています。分析対象の年齢層は20~89歳です。なお、図表ではトレンドをわかりやすくするために、直線の近似曲線を追加しています。

【図表】各年別の子どもの有無別の既婚女性の幸福度の平均値

図表2から、次の2つのポイントが読み取れます。1つ目は、2003年と2017年以外で子どものいない既婚女性の幸福度の方が高くなっているという点です。2つ目は、近似曲線の推移から、子持ち既婚女性と子どものいない既婚女性の幸福度の差が緩やかに拡大しているように見える、という点です。

2つ目の結果は非常に気になります。この点をより正確に検証するために、年齢、学歴、健康状態、世帯年収、就業の有無といった要因の影響をすべて統計的手法でコントロールし、再度分析してみました。

その結果、①子持ち既婚女性の幸福度は経年的に上昇していない、②子持ち既婚女性と子どものいない既婚女性の幸福度の差は変化していない、ということがわかりました。

端的に言えば、「子持ち既婚女性の幸福度に改善傾向が見られず、子どものいない既婚女性よりも幸福度が低いという状況は変わっていない」ということです。

50歳以下では子どものいない既婚女性の幸福度が上昇

子育て期にあたる50歳以下の既婚女性に分析対象を絞った場合、やや結果は異なってきます。

子持ち既婚女性の幸福度が経年的に上昇していないという点は変わらないのですが、子どものいない既婚女性の幸福度が上昇傾向にありました。この結果、子持ち既婚女性と子どものいない既婚女性の幸福度の差が緩やかに拡大したのです。

なぜ子どものいない既婚女性の幸福度は上昇したのでしょうか。この背景には、「結婚したら子どもを持つべき」という社会的なプレッシャーの低下が影響していると考えられます。国立社会保障・人口問題研究所の『出生動向基本調査』によれば、「結婚したら子どもを持つべきか」という問に対して「どちらかといえば反対」、「まったく反対」と回答する割合が2002年で22.4%だったのですが、2015年には28.9%へと上昇しています。また、この間、妻が45~49歳の夫婦で、子どものいない割合が4.2%(2002年)から9.9%(2015年)へと増えています。

子どものいない夫婦が着実に増えており、以前よりも受け入れられやすいライフスタイルになっています。これが子どものいない既婚女性の幸福度の上昇に寄与したと考えられます。

笑顔があふれる女性
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アメリカでは子持ち女性の幸福度が相対的に上昇

日本では子持ち既婚女性と子どものいない既婚女性の幸福度の差が変化していないか、もしくは拡大傾向にありますが、アメリカでは逆に縮小傾向にあることがわかっています。日本とはちょうど真逆です。

この点はアリゾナ州立大学のクリス・ハーブスト准教授らが分析を行っています(*4)。彼らの分析によれば、アメリカでは子持ち女性の幸福度が経年的に変化していないものの、子どものいない女性の幸福度が低下傾向にありました。この結果、子持ち女性と子どものいない女性の幸福度の差が縮小したのです。

なぜアメリカでは、子どものいない女性の幸福度が経年的に低下したのでしょうか。この点に関して、ハーブスト准教授は子どもを持つことがコミュニティーとのつながりや政治への関心、友人との交友関係を維持し、幸福度の向上につながる可能性があると指摘しています。子どもがいない場合、社会や人とのつながりが狭くなり、これが幸福度低下の原因となるわけです。

子どもを持つことの幸せを実感できる政策の実施が必要

日本ではこれまでさまざまな少子化対策が実施されており、育児・就業環境は以前より改善してきています。しかし、子どもを持つ女性の幸福度が低下するという傾向は、変わっていません。

少子化対策がまだ不十分であるといえるでしょう。日本やヨーロッパでは子どもを持つことの幸福度低下の大きな原因として、金銭的負担の大きさが挙げられている点を考えれば、子育ての金銭的支援拡充をより真剣に検討すべきでしょう。

子どもを持つことの幸せがより実感できる政策の実現を願ってやみません。

(*1)佐藤一磨(2023)「子どもの有無による幸福度の差は2000~2018年に拡大したのか」PDRC Discussion Paper Series , DP2022-006.
(*2)Blanchflower, D. G., & Clark, A. E. (2021). Children, unhappiness and family finances. Journal of Population Economics, 34, 625–653.
(*3)佐藤一磨(2021) 子どもと幸福度-子どもを持つことによって、幸福度は高まるのか-, PDRC Discussion Paper Series, DP2021-002.
(*4) Herbst, C. M., & Ifcher, J. (2016). The increasing happiness of U.S. parents. Review of Economics of the Household, 14(3), 529–551.