2020年10月のつくば市議選挙で「後援会なし、組織票なし、辻立ちなし、選挙カーなし」の選挙運動を行い、見事当選した川久保皆実みなみさん。立候補したきっかけは、そして従来とはまったく違う選挙運動を展開した理由とは──。女性の政治参画に詳しい、お茶の水女子大学の申琪榮しんきよん教授と語り合いました。

「使用済みオムツ持ち帰り」「白飯持参」…保育への疑問がきっかけ

選挙運動中、息子を保育所に送る途中にゴミ拾いをする川久保皆実さん
選挙運動中、息子を保育所に送る途中にゴミ拾いをする川久保皆実さん(写真提供=本人)

【申】川久保さんは今、政治に関心を持つ若者の間で話題になっていますね。若い女性が新しい選挙運動を展開して当選され、私もとてもうれしく思っています。そもそも立候補したきっかけは何だったのでしょうか。

【川久保】私は今年(2020年)7月まで東京の千代田区に住んでいたのですが、コロナ禍をきっかけに生まれ育った茨城県つくば市に移住しました。テレワークのおかげで、家賃の高い東京に無理して住み続ける必要がなくなりましたし、つくば市のほうが子育てしやすそうだなと。

ところが、移住してつくば市の公立保育所に子ども2人を入れたところ、毎日の使用済みオムツ持ち帰りや3歳児クラス以降のご飯(白飯)持参、毎週末の布団持ち帰りなど、千代田区に比べて親の負担がかなり重くて……。この負担を我慢し続けるのは嫌だな、公立保育所の制度を変えたいなと思ったのが始まりでした。

「前と同じやり方では地域を変えられない」

【申】仕事が忙しいから保育所に預けているのに、預けたら預けたで母親の負担が大きいわけですね。千代田区とつくば市では、働く女性と主婦層の比率も違うでしょうから、母親の役割への期待値もまた違うのかもしれません。

オンライン対談中の川久保皆実さん
オンライン対談中の川久保皆実さん

ただ、制度を変えたいと思った場合、議員や役所に要望書を出したり、署名活動をしたりする方法もありますよね。なぜ議員になろうと思ったのでしょうか。

【川久保】実は10年ほど前、そうした社会活動をした時にうまくいかなかったんです。自分がつくば市内で痴漢被害にあったので、危ない場所を市民に向けて発信しようとしたのですが、市議会議員も市役所も県警もあまり協力的ではなく、中途半端に終わってしまいました。このときの苦い経験から「前と同じやり方をしても地域は変えられない、でも議員になれば変える力を持てるかも」と思ったんです。

申琪榮さん
申琪榮さん

【申】女性が政治に関心を持つきっかけとして一番多いのは、20代では性暴力、30代では育児負担への問題意識からという印象を受けます。どちらも、掘り下げて考えていくうちに政治の問題に行き着くからでしょう。川久保さんは両方に当てはまっていますから、まさに議員になる運命だったのかもしれませんね。

【川久保】そんな傾向があるなんてびっくりです。まさに私のケースですね(笑)。育児負担については、ひと昔前までは女性は出産したら退職するのが主流でしたが、今は子育てをしながら働き続ける女性もたくさんいます。でも、つくば市は「子育てしやすい街」をアピールしていて公園などのハード面は整っているのに、制度の面では時代の流れに取り残されたまま。そこに対しては声を上げていくべきだと思っています。

【申】つくば市は転入者が多いですから、子育て世帯も増えているはず。なのに制度が遅れているということは、専業主婦やパートの女性、つまり子育てにある程度時間をとれる女性が多いからなのかもしれませんね。

【川久保】確かに、フルタイム勤務よりゆとりのある働き方をしている、祖父母が近くに住んでいてサポートを得やすいといった女性が比較的多いですね。ただ、最近は都内に通勤する人も増えているので、ギリギリの状態で時間をやりくりしている人も少なくないように思います。

【申】そうした、仕事と子育ての両立に奮闘している人たちが、川久保さんの支持層になったのではないでしょうか。しかも、選挙運動の手法もとても斬新で、若者や女性たちに「自分にもできるかも」と思わせてくれました。

従来のやり方をすべて覆した選挙運動

【川久保】選挙に向けた準備については、とにかく投票日まで3カ月しかなかったので、まずは自分の政策をパワポ30枚ほどにまとめて、それから政治活動用のウェブサイトを立ち上げました。政策の大きな柱は、「子育て中の当事者として子育て支援制度・教育環境を改善する」「弁護士のスキルを生かして市民が抱える問題をともに解決する」の2つ。

川久保さんが政治活動のために立ち上げたウェブサイト
川久保さんが政治活動のために立ち上げたウェブサイト

加えて、活動の方針として、(A)仕事と育児を犠牲にしない(B)他人のお金に頼らない(C)既存のやり方にとらわれない、の3つを宣言しました。後は本当に、走りながら決めていったというのが正直なところです。

【申】さらには「後援会なし、組織票なし、辻立ちなし、選挙カーなし」と、従来型のドブ板選挙もまったく行いませんでしたね。

【川久保】街を変えたいと思っている人は少なくないはずなのに、実際に立候補するのは地域の名士みたいな方々が大半ですよね。なぜ一般の人が立候補しないのか考えた時、「後援会や辻立ち、選挙カーなどがネックになっているのでは」と思ったんです。

女性であり子育て真っ最中の私が、それらを全部せずに、3つの方針を貫いて当選すれば、ほかの人に「自分にもできるんじゃないか」と思ってもらえるかもしれない。街を変えたいと思う人が気軽に選挙にチャレンジできる──。私は、つくばをそんな街にしたいんです。4年後の市議会議員選挙では、そういう人にどんどん出てきてほしいです。

辻立ちも選挙カーも、「やりたくないこと」はやらない

【申】誰もが政治参画しやすい環境をつくるために、自らロールモデルとなってチャレンジする。その志に感動しました。「自分の行動が、社会にどんなインパクトを与えるか」までを考える人は少ないと思います。女性の一人として、また研究者としても心を打たれました。

選挙活動中の川久保さん
選挙活動中の川久保さん(写真提供=本人)

【川久保】ありがとうございます。一般の人の政治参画には、まず「仕事と育児を犠牲にしない」が絶対条件だと思いました。そこで、子どもが寝ている早朝の時間帯や、子どもを保育所に預けている平日日中の仕事の合間にできる活動だけを行いました。土日は子どもとの時間を最優先し、お散歩を兼ねてゴミ拾いするという程度のことしかしていませんでした。

次に「他人のお金に頼らない」は、誰かにお金を出してもらうと、先々その人の意に沿った行動をしなければならなくなるリスクがあるから。そんなリスクは負いたくないので、自分の貯金の範囲内でできるように工夫しました。

3つめの「既存のやり方にとらわれない」は、一般の人がやりたくないと思うだろうことはやらないという意味です。辻立ちも選挙カーでの街宣も正直やりたいという気持ちにはなれませんでしたし、有権者の視点で見るとあまり効果的とは思えませんでした。それをしなくても当選できるんだったら、立候補へのハードルはかなり下がるのではと思います。

選挙運動に「ゴミ拾い」を選んだワケ

【申】既存のやりかたをとことん見直して、不要な部分はそぎ落としていったと。ほかにも選挙運動の一環として、名前の入ったタスキをかけて街のゴミ拾いをされていましたが、あれは票につながるという確信があっての戦略ですか?

【川久保】人によっては恥ずかしく感じるかもしれませんが、私はつくば市に移住してきて以来ずっと続けてきたゴミ拾いを、タスキをかけてやっているだけという感覚で、普段どおり楽しくゴミを拾っていました。

当選後も、保育園送迎時のゴミ拾いは続けている
当選後も、保育園送迎時のゴミ拾いは続けている(写真提供=本人)

選挙運動の目的は当選すること。では、票を入れてもらうために本当に必要なことは何かと考えた時、「人目につくこと」「行為自体が街に役立つこと」の2つだと思ったんです。

有権者は政治家に街をよくしてほしいと期待しているはずで、私もまったく同じ。その意味で、通りに立って演説したり、選挙カーで名前を連呼したりすることには、まったく意義を感じませんでした。

その点、ゴミ拾いは、人目につき、かつ行為自体が街の美化に役立ちますので、まさに選挙運動にうってつけだと思いました。

従来型の選挙運動でなくても、票は入れてもらえる

【申】ゴミ拾いは「街をよくする」に直結する行動ですね。本当に、政治家にはぜひその意識を持ってほしいものです。

ところで、今回のやりかたはほかの若い女性が同じように挑戦しても有効だと思いますか? 川久保さんは東大卒で弁護士ですから、「私とはスペックが違う」と考える人もいそうです。

チラシを手に対談する川久保さん
チラシを手に対談する川久保さん

【川久保】まだほかの事例がないので一概には言えませんが、「型にはまったやりかたでなくても票を入れてもらえるんだな」という実感はあります。それと同様に、既存の政治家の型にはまったスペックでなくても票を集められる可能性はあると思います。それぞれの方の個性やバックグラウンドによって、効果的な選挙運動のやり方も変わってくるのではないでしょうか。みなさん一人ひとりに、一度「当たり前」を全部とっぱらってゼロベースで考えていただけたらと思います。

【申】もうひとつ、一般人の政治参画には選挙資金もネックだと言われています。特に地方選挙は国のサポートが少ないこともあり、最低でも100万円は自分で用意しないといけないと聞きました。川久保さんの場合はどうだったのでしょうか。

【川久保】自分の貯金の範囲内と考えて100万円以内に収めようとしたんですが、やはり少し超えてしまいました。無名で活動期間も短かったこと、それとWebサイトやチラシ、ロゴづくりなどにお金をかけたことが大きかったと思います。従来の選挙や政治家に対するイメージを変えたかったので、PRに関わるものはすべてデザイン性を大事にしたんですよ。実際、後になってから、このデザインの部分がかなり当選に寄与したことがわかりました。

【申】川久保さんのサイトやチラシはおしゃれで、ほかの政治家のものとまったく違っていたのでびっくりしました。これなら若者や女性にもアピールできますよね。加えて、議員でなければできない「街を変える」仕事をするための、そして誰もが政治参画しやすい環境をつくるための立候補。今求められる新しい政治家が出てきたなと、本当にうれしく思っています。

【川久保】私の中の市議会議員像は、「市民の『変えたい』を全力でサポートする人」です。以前の私は変えたいと思っても変えられなかったので、これからは同じ思いをしている人に寄り添って、ともに問題を解決していきたい。任期の4年間を通して、そういう議員であり続けたいと思います。