大事なプレゼンで声が震え心臓ドキドキ、頭が真っ白となったらどうすればいいのか。元NHKキャスターでスピーチコンサルタントの長崎大学准教授・矢野香さんにイザというときに役立つ緊張立て直しの技と緊張予防の方法を聞いた――。

プロは緊張しても、いい案配で平静を保つことができる

いざ人前で話すことになったとき、よくご相談いただくお悩みが「緊張してしまう」ということ。緊張して声がふるえてしまう、心臓がドキドキする、頭が真っ白になる……など嫌な感覚ですよね。「緊張さえしなかったら、人前で話すのも苦じゃないのに……」と思っている方も多いのではないでしょうか。しかし前提としてお伝えしたいのが、「緊張するのは悪いことじゃない」ということです。私がアナウンスの仕事をしていたときに言われたことは、「緊張しなくなったら、辞めなさい」というせりふです。プロとして毎日、毎日人前で話すわけですから、話すことには慣れてきます。しかし慣れてきた頃が要注意。気が緩んでいますから、いつもなら読みまちがえないような原稿を読みまちがえたり、言いよどんだりしてしまいます。全く緊張感がない人が伝えるニュースは緊迫感も出ません。ですから、適度な緊張は必要で、緊張してもいいのです。

写真=iStock.com/mokee81

緊張というのは、その舞台をいかに大切に思っているかというリスペクトの度合いともいえます。適当でいいや、と思っていれば緊張もしない。ですから、緊張したら、この舞台を大事に思っている証拠だな、と思えばいいのです。さらに、なぜ緊張しているかというと「うまくできるかな」「下手と思われないかな」と自分に考えがいっているからです。このように自分のことを考えるのではなく、「相手にわかりやすく話したい」と、軸が自分から相手に向いたら緊張しなくなります。もし緊張したら「いけない、いけない、自分のことだけを考えていた」と軸を相手に持っていきましょう。

「緊張するのはいいこと」といっても緊張したままでは上手く話すことができません。1度緊張してしまうとどんどん悪いほうにいくのが慣れていない人。プロは緊張しても、いい案配で平静を保つことができます。緊張しても立て直せるのがプロなのです。

対策その1「体をたたいて気合を入れる関取のように……」

緊張の立て直し方を3つ、お伝えしましょう。緊張すると頭が真っ白になり、何を言っているのか自分でわからなくなります。緊張していることに集中するため、より緊張が増幅してしまう状態です。ですから、緊張とは違うところに集中すればいいのです。そのとき集中しやすいのは“痛み”の感覚です。取組前に顔や体をたたき気合を入れる関取がいますよね。そんなふうに私たちも緊張を感じたら自分に痛みを与えるとわれにかえります。私も今でも講演中に聞いてくださっている方々から思ったような反応が出なくて緊張を感じたときは、冷や汗をかきながら、ももや腕を必死につねって痛みを与えています。講演が終わったときは腕にあざができていることもありますよ(笑)。

表立ってつねったりできないときは、手を力いっぱいグーにしてから開いたりしてもよいでしょう。女性の場合はハンカチを手にしていても自然です。緊張で手に汗をかくという方にはおススメの方法です。会議のときは資料をトントンとそろえながら、ギュッと力を入れるのもよいでしょう。緊張している自分に意識を向けないように一瞬、体に力を入れて、そこに集中すれば、緊張は忘れられます。自分なりの自然な動作をさがしてみてください。

緊張という感覚に力みという刺激を上書きすると、緊張していないゼロの状態に戻すことができます。そしてゼロをさらにプラスにする対処法はズバリ“タイトルに戻る”ことです。

プレゼンや会議で話す場合には、「新商品の提案」や「来年度の企画案」など、その日に話すテーマが必ずあるはずです。頭が真っ白になったら、そのテーマを言ってください。「何を言っているかわからなくなってしまいましたが、要するに私が言いたいのは、新商品として○○を提案したいというお話なんです。もう1度、こちらをご覧ください」と立て直せばいいのです。自分の緊張や混乱も告白することで共感や応援も得られます。

この方法のオトクなところは、自分は緊張しただけですが、お題を繰り返したことで「まとまっていて、わかりやすいプレゼンだった」という印象を与えること。タイトルを再度言うのは、聞いている人にとっても、おさらいになるのです。これが立て直し方の2つ目です。

緊張予防は「あくび」「トゥルルルル」「レロレロ」

3つ目は、言うことを忘れたときの立て直し方です。このようなときは原稿を見てもOKです。ただし、机の上にさりげなく置いて、チラチラ見るのはNG。目線が泳ぐことで自信がなさそうに見えますので、見るなら堂々と見ましょう。配布資料があるときは、同じ資料に自分のカンペを書きこむこともできます。「お配りしているお手元の資料ですが」と言いながら、聞いている人たちと一緒に資料を見つつ、カンペも堂々と読むことができます。

イラスト=米山夏子

原稿は見てもよいのですが、必ず顔を上げなければならない部分があります。それは、“結論”と“感情”を語るところです。データや分析を読み上げるときは、聞いている人も資料を見ているため顔を上げなくても問題ありません。しかし「これを提案します」といった最初の結論では、しっかりと顔を上げましょう。またデータを見ながら「これでいけるのではないかと考えられます」「ぜひ私たちにこのプロジェクトをやらせてください」といった“気持ち”や“感情”が入るところでも、目線を上げる。原稿を見ていたのでは心から思っているように見えないからです。原稿を用意するときは、顔や目線を上げるところは、マーカーで色をつけるなどして目印をつけておくとよいでしょう。

最後にお伝えしたいのは、緊張してモゴモゴと言ってしまう人の予防テクニックです。このような傾向がある方は人前で話す前にぜひ準備運動をしましょう。

しゃべるときに使うのは上あご、下あご、舌といった口全体。まずは大きく口を開けてあくびをする。しゃべるときは、それほど大きく口を開けていないものです。準備運動で屈伸をするような感じで1回、口を大きく開けておきましょう。そして「トゥルルルル」と巻き舌をする。さらに、舌を「レロレロ」と出したり引っ込めたりを繰り返す。

「あくび」「トゥルルルル」「レロレロ」、この3点セットで準備運動をしておけば、緊張してもモゴモゴするということがなくなります。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、博士号を取得。国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。