「もう子どもを授からない私たちは、社会の良い“捨て石”となるしかない」放送中に涙を浮かべ訴えたNHKの小野文惠アナ、「産まない人生を選択したことに後悔はない」発言が話題の山口智子さん……輝かしいキャリアを積んだ女性たちが「産まない」ことにここまでの挫折や覚悟を強いられる世の中は、何かが間違っているのではないだろうか?

「不妊治療に何百万もかけてももう子どもを授からない私たちは、社会の良い“捨て石”となることで世の中に貢献する道を探すしかない。でもまだまだ仕事を頑張らなければならなかった20~30代、社会はキャリア女性が出産できるような状況じゃなかった。気がついたら“産める”タイミングがとっくに過ぎていた。その辛さをどこに振り向けたらいいのかな……」

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NHKの小野文惠さん。人気番組の司会やキャスターを多数務める実力派アナウンサーだ(出典:NHKアナウンスルーム)

2月13日に放送されたNHK総合「ニュース深読み」の不妊治療特集で、48歳の小野文惠NHKアナが絞り出したという言葉を取り上げた記事(参考記事:「子どもを作れなかった我々は「良い捨て石になろう」 小野文惠アナの発言にスタジオ絶句」)を目にした私は、パソコン画面の前でボロボロ泣いた。

小野アナの冒頭の言葉は、「子供が欲しかったのなら、早めに結婚したらいいのに」「生まれない子どもに税金を使わないで。生まれてくる子供、赤ちゃんに税金を使ってほしい」という20代女性視聴者の投稿を読み上げたあとのものだ。社会的に尊敬され、憧れられるような仕事につき、もちろん世の中に貢献し、ずっと頑張ってきた彼女がこうやって自分の人生の無念を語る。その痛みや悔しさがダイレクトに伝わってきた。

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2月13日の「ニュース深読み」は「子どもは欲しいけれど……不妊治療 理想と現実」と題した特集を放送した。「捨て石」という言葉はもともと、小野アナと同世代である本特集の担当女性ディレクターが発したものだという。

元・天才少女たちは今

私が通った都内文京区の中高一貫女子校は、女子校での東大合格者日本一の座を20年以上キープし続けているという、化け物のような学校だ。今から25年前でも、実感として全体の4分の1が東大へ行き、他の4分の1が医学部へ行き、東大でも医学部でもない残り半分は“それ以外のどこか”へ行くという印象だった。

私自身は父の転勤を機に高校の途中で関西の府立高へ転校し、女子校の優秀な同級生たちと一緒に大学受験生活をすることはなかったのだけれど、その後当時の同級生たちと話をすると、一学年250人みなそれぞれ順当な道へと進み、輝けるキャリアを盤石に築いている。私のようにフラフラした人間からすると恐縮してしまうような天才・秀才女性たちばかりだ。

大人になった今、社会のあちこちで彼女たちと再会することも多い。メディアで見かけ、「聞いたことのある名前、見たことのある顔だな」と思ってよく調べると同級生だったこともあるし、クリニックで診察室に入ったら医師が同級生だったこともあるし、仕事先で名刺交換をした瞬間に「もしや!」とお互い顔を見合わせることもある。今年43歳、私から見ればキラキラした“本流”で、優れたポストに2本足でしっかり立つ彼女たちの頑張りと出世がまるで自分のことのように嬉しくて、みんなあれからどうしてきたのか、何を考えてきたのか、話を聞きたいと切に思う。

コラムニスト・河崎環さん

そんな友人たちの一人が、先日大きなプロジェクトを終えたのでねぎらいの言葉をかけた。「ありがとう! いま倒れたら確実に過労死認定よ」と笑う彼女が、しかし思いもよらぬ心中を告白してくれたのだ。

「でも、こんな状況ではいつまでたっても産めないよね。うちの会社はダイバーシティーに手厚い制度が整っていると有名で、もし妊娠したらもちろん人事上も親切に配慮される。その分、激務のポストに行かされるのは子どもがいない人。不妊治療に何百万もつぎ込んでも、妊娠できない人は、ずーっとできないのよね。まあ、私は結婚が遅かったのでもうあきらめたけれど……」

仕事のできる彼女がひっそりと漏らした本音に冒頭の小野文惠アナの言葉が重なり、ああ、ここにも“捨て石”を覚悟しかけている女性がいるのだ、しかもそれは私の同級生なのだ……と胸がぎゅっとした。

「捨て石」なんて言わないで

私自身は学生時代に早めの結婚出産をして“新卒専業主婦”になるという、「だいぶ教育にお金をかけてもらったくせに、何にもならなかったわね」と親類縁者に目も合わせてもらえなかったほど周囲をひどく失望させた経験がある。そんな、本流じゃない劣等感を抱えてぐるぐるしてきた身としては、憧れ続けた本流のあの子たち、経歴に傷もしくじりもないあの子たちが、いま“捨て石”なんて自分たちを呼んでいること、呼ばざるを得ないくらいに何かに打ちひしがれていることが、私も悔しくてたまらない。

小さい頃からずっと努力して努力して、ピカピカの経歴を維持すべくまたひたすら努力して、その結果子どもを産まなきゃ“社会の捨て石”になるって、なんだよそれ。どういう世の中なんだよそれ……。

よく勉強ができた娘と母親の確執

男女雇用均等法第1世代だったり、第二次ベビーブーム生まれの団塊ジュニアだったり、いまアラフォー以上で“よく勉強のできた”女性は、「男女の能力の差なんかない。女の子だって、勉強も仕事も頑張れば、社会に貢献できる優れた人材になれる」と教わって育った。国際機関の長になった女性や高級官僚、判事、大学教授、医師、科学者、宇宙飛行士や政治家、企業の管理職など、ごく一握りの優れた天才・秀才女性たちをロールモデルに、「世の中にはこんなに優れた女性たちがいるのよ」と見せられ、自分も優秀ならああなれると信じて育った。裏返すと、そうならないのは大人たちが自分に寄せてくれる期待に対する裏切りであり、罪だったのだ。

でも、そのマスタープランは実現可能だったのだろうか。ひょっとすると、どこか上の世代の女性が自分たちにできなかったことを若い世代へ託した夢物語、敵討ちだったのではないかと、今になって疑いの気持ちが生まれている。能力も可能性もあったのに、自分たちは社会で“立派な仕事”を持って貢献することができなかったことを悔やむ母親たちが、娘世代に希望を託したのではなかったか。だから、勉強や就職や出世の部分は完璧なレールを敷設したけれど、結婚出産の部分だけは計画がぼやけていた。あるいはごっそり欠けていた。

なぜそうなったのか。それは、母世代にとって結婚出産は既にクリアした部分で、そこは大して重要ではなかったからだ。「いい人が現れたら結婚できるといいわね」「ダンナは要らないけれど、子どもはいるといいわよ」……そんな言葉をどこかで聞いたことのある、娘世代のキャリア女性は多いだろう。青写真のそこだけがぼやけているのにはわけがある。”いわゆる幸せな結婚出産と、組織における出世との両立を、母世代のほとんど誰もやった人はいなかったから”だ。今の若い女子生徒たちが受けられる「女性のキャリア教育」のようなものは当時なく、今のアラフォー以上のキャリア女性たちは、実は人生のとても大事な部分がぼやけたまま大人になってしまった。

「産まない」と宣言する重さは、母世代からの影響の強さゆえ

母世代からの影響の強さに戸惑うのは、いま子どもを産みたくても産めない女性たちたちだけではない。先日、女優の山口智子さんが「産まない人生」宣言をしたことが話題になったが、子どもを持ちたくない、産む意思がない女性からは、その理由として「母との確執」「幼い頃の経験から、自分が子どもを産み育てたいと思わない」などの声が上がっている。そこには、まるで母世代の借金を娘世代が一生かかって払うかのような、上の世代の女性が下の世代の女性に負う責任の重さ、何かの連鎖を感じさせられる。

女優の山口智子さん(出典:山口智子オフィシャルサイト)

女を育てるのは、女だ。下の世代の女たちに恥ずかしくない人生を、私たちは歩んでいるだろうか。捨て石になったのは、産みたくても産めなかった女性だけじゃない。人生の悔いなら、誰もが持っている。自分たちができなかったからと、何か奇妙な負債を下世代へ渡してはいないか。今となっては娘を持つ母として、私は自分に問うている。

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。