外国人旅行者の急激な伸びで、民泊、とりわけ「Airbnb(エアビーアンドビー)」の利用者がうなぎ上りです。2020年の五輪では、首都圏でのホテル不足が確実だという調査予測も。過熱する民泊特区の概要とは? 民泊活性化で懸念される問題や課題、メリットとデメリットを検証します。

徳島県神山町。東京から飛行機、バスを乗り継いで3時間ほどだろうか、近年はITの街として移住者が多いことでも知られるこの町で2014年5月から「Airbnb(エアビーアンドビー)」を始めた女性がいる。

自身がフランス旅行でAirbnbを利用、感動したためというのがその理由で、宿泊だけではなく、ゲストを滝登りに連れて行ったり、名産のすだち収穫体験の機会をつくったりと、地域と触れ合う場を用意。周囲に目立つ観光地もない、わざわざ行かなければならない場所に、1年間で400人以上の来訪者を集めている。外国人の利用者も多く、宿泊者のコメントを読むと、この場のもてなしが多くの人の心を惹きつけていることがよく分かる。

本来Airbnbの本質とは、まさにこのようなものだったはずだ。単なる宿泊だけではなく、ホストとのコミュニケーションで成り立つもの、その場でなければできない体験や時間を味わえるもの。地方に人を呼び込む手段として、多少は空き家問題を解消する手として、観光立国に寄与する有用な仕組みと考えられる。しかし最近、主に都市部で過熱しているAirbnb問題は、こうした本質とは全く違う思惑合戦になっている。家を貸すことで収入を得る、個人が「民泊」を行える手段として注目を集めているのだ。

「Airbnb(エアビーアンドビー)」HPより。ホスト登録とチェックイン機能を兼ねている。

投資をしたいと考える人はもちろん、首都圏で住宅を取得したい人、住宅ローンの負担を軽減したい人、地方の親の家を相続する人など、あらゆる不動産に関わる人にとってAirbnb問題は関心の高いテーマ。ここでは立場ごとに異なる利害も含め、問題を整理しておこう。

経済波及効果は2219億円!?
Airbnbホスト、日本国内5000人超えの過熱

まず、Airbnbについて簡単に説明をしておこう。既にご存じの人も多いと思うが、2008年、サンフランシスコに本社のある「Airbnb.Inc」が設立したAirbnbは、誰でも我が家の一室、所有する物件を気軽に貸し出せるという、「民泊」サービスの需要と供給を結ぶ仕組み。創業以来の利用者はのべ6000万人を超え、賃貸不動産オーナー向けの経営情報誌「家主と地主」によると日本でも2012年あたりからホストとして部屋を提供する人たちが目につくようになったという。

早稲田大学ビジネススクールの根来龍之教授の研究チームが、2014年7月~2015年6月にAirbnbを利用した国内での旅行を対象に算出したところ、日本への経済波及効果は、総額2219億9000万円に及び、2万1791人の雇用を生んだという。

ホストは全国47都道府県で300都市以上と広範に分布しており、調査時点では5000人以上のホストが、年間で150カ国以上から約52万5000人のゲストを自宅に迎え入れていたという。日本法人代表の田邉泰之氏はあるインタビュー記事で2014年から1年間で3倍以上に増えたと語っており、急速に普及していることが分かる。

当然、これだけの経済波及効果があるとなれば、我も我もと群がる人が出てくる。影響を受ける旅館業界は、旅館業法との整合性に異議を申し立てるし、民泊施設周辺には不安を抱く人たちも増加し始めている。

その一方で、2013年から続くビザの要件緩和や空港発着枠の拡大、免税対象拡大などによって訪日客数は2桁の伸びを続けている。その影響で東京、大阪などの都市部を中心にホテル不足が常態化している。出張の多い人なら予約が取れない、宿泊料金が異常に値上がりしているなどの事態に直面し、困惑したこともあるだろう。

2020年の東京五輪もあり、地域によってはラッシュと思えるほどのホテル建設も進んではいるが、それでも大阪、東京、京都、千葉などの11都府県では、2020年に東京で4000室超、近畿圏では2万室近く不足すると、2015年8月のみずほ総合研究「みずほインサイト」は予測している。

民泊誘導のW施策。
国家戦略特区と旅館業法緩和

この事態に対し、大きく2つの動きが出てきている。1つは民泊を需給バランスの調整弁として使おうという発想である。それが国家戦略特区という仕組みを使い、特区内では民泊を旅館業法の適用除外とするというもの。ニュースでも大きく報じられた東京都大田区の条例はこの仕組みの中での動きである。もう1つは旅館業法を主管する厚生労働省での旅館業法そのものの運用を緩和するという動きである。いずれの動きも規制緩和とまとめて伝えられることが多いが、実際の要件を見て行くと、本当に普及を目指しているのかは微妙なところ。以下、それぞれの動きを見ていこう。

最初に国家戦略特区についての概略である。これは2013年12月のいわゆる国家戦略特別区域法によって区域を指定、その区域内では土地利用やビジネス環境整備、雇用、医療、教育などの多分野において規制を緩和、特例を設けるなどして国際競争力の強化や国際的な経済活動の拠点の形成を図ろうというもの。民泊ばかりが取り上げられているが、実際の緩和、特例などの対象は実に多岐に渡っている。

地図を拡大
大田区における外国人滞在施設経営事業実施地域(大田区ホームページより)。黄色と緑のエリアが実施地域。羽田空港からのアクセスのよさが今後の民泊供給エリアとしての伸びを予想させる。

特区に指定されているのは東京圏(東京都区部に加え、神奈川県、千葉県成田市、千葉市)、関西圏、新潟県新潟市、兵庫県養父市、広島県今治市、福岡県福岡市、同北九州市、沖縄県、秋田県仙北市、宮城県仙台市、愛知県。ただし、東京都区部については最初の2014年の指定の段階では千代田区、中央区、大田区その他9区に留まっており、全域が指定されたのは平成27年になってからである。

つまり、2014年の時点で特区内での民泊は当該自治体が計画すれば旅館業法適用除外になれることは決まっていたわけだが、以降、それが現実化しなかったのは特区法ではアウトラインだけが定められており、詳細は各自治体の条例によるとされていたためである。地域に与える影響が多いことを鑑み、躊躇していたとも、誰が最初にやるか、様子を伺っていたとも言えるが、先陣を切ったのが大阪市であり、大田区であったというわけである。

【特区法での民泊を可とする施設の要件】

■施設を使用させる期間が7日から10日の範囲内で、施設所在地を管轄する都道府県(あるいは特別区、市)が条例で定める期間以上であること
■施設の各居室の要件
・一居室の床面積が25平方メートル以上であること(上記同様、所在地を管轄する自治体が認めた場合には要件緩和もありうるとされる)
・出入口及び窓は鍵をかけることができるものであること
・出入口及び窓を除き、居室と他の居室、廊下等との境は、壁造りであること
・適当な換気、採光、照明、防湿、排水、暖房及び冷房の設備を有すること
・台所、浴室、便所及び洗面設備を有すること
・寝具。テーブル、いす、収納家具、調理のために必要な器具又は設備及び清掃のために必要な器具を有すること
■施設の使用時に清潔な居室を提供すること
■施設の使用方法、緊急時における対処法などの情報を外国語で提供するなど外国人滞在客に必要な役務を提供すること
*国家戦略特区法施行令第12条を要約

民泊の特区規定。
進んでいるのは緩和か、規制強化か

2016年1月27日に行われた大田区での説明会には100人の定員を超え、200人以上が集まり、立ち見が出たほどだったが、その内容が本当にAirbnbを解禁、安全に利用できるようにするものであったかについては疑問を抱かざるを得ない。同区が認定を申請するにあたっての基準は前ページ、国が決めた基準をベースにしたもので、宿泊日数は7日(6泊7日)以上、専有面積は25平方メートル以上、立地はそもそも旅館業が可能とされる用途地域に限定されており、具体的には第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域と3000平方メートル以下であれば第一種住居地域である。

1月27日に行われた第1回、東京都大田区の民泊説明会の様子。立ち見も出るほどの来場者に、関心の高さがうかがえる。

大田区の場合、蒲田駅、大森駅近くにはこうした用途地域が多いため、全域で見るとかなりの部分で可能にはなるが、区の西側に多い山王、池上、久が原、中馬込、西馬込、田園調布などの住宅街では不可となっている。今後、他区が同様の条例を作っても住宅街ではAirbnbの認定を受けることは難しいものと思われる。特区に認定されているエリア内で、用途地域の要件とダブルで制限を受けるからだ。

また、宿泊日数も東京都が平成24年度にまとめた国別外国人旅行者行動特性調査でみると、東京での宿泊日数は全体で4~6日が32%と最も多い。7日を基準に考えると、7日未満が70.6%、7日以上が23.3%となる。ここで7日以上という縛りがどう働くか。あまりプラスに働くとは思えない。

それ以外にも壁芯面積(壁の中心から測った場合の面積)で25平方メートル以上、設備上の要件を満たす物件はワンルーム以外では少ない、排出されるゴミが事業系ゴミとされるため、廃棄物処理業許可業者に収集を有料で依頼することになる、消防法上適法であることが求められるなどのハードルもあり、個人で空き部屋、空き家を貸すには面倒すぎる。今後、申請、認定が進むとして、その大半は企業による一定規模以上の経営になるだろうと思われる。

続いてもう一方の厚生労働省による規制緩和だが、これについては2段階で検討されている。1つは旅館業法の中でも比較的規制が緩い簡易宿所という業態を民泊に適用しようというもの。要件は緩和するものの、あくまでも旅館業法内に民泊を置こうとするもので、現状、無許可で営業(という意識すらないかもしれない)している人たちがわざわざ手間ヒマかかる許可を得ようとするとは思えない。もちろん、こちらでも用途地域の制限はかかってくる。

もう1つは家主が居住する戸建て住宅は、自治体の許可がなくても解禁するというもの。2016年2月5日の規制改革会議の作業部会で説明されており、宿泊者名簿の管理を求めるなど一定の規制をかける代わりに貸しやすくするという。つまり、業としての民泊には縛りを設けるが、個人が自分の住む一戸建てを活用する「ホームステイ型」については営業に当たらないと解釈するというわけだ。同会議のメンバーからは「家主のいない戸建て住宅やマンションについても、旅館業法の適用から外すべきだ」との意見があったそうだ。

最近ではもう1つ、内閣に設置されているIT総合戦略本部が民泊やライドシェアのようなシェアリングそのものに規制をかけようという動きもある。これは仲介事業者にホストの営業許可確認、ゲストの本人確認を義務付けようというもので、トラブルが起きた時の責任を事業者に求めることも検討されているという。同案に関しては国内外からのインターネット関連事業者からの反発が強く、このまま、規制案通りに進むとは思えないが、動向は全く不明。緩和と報道されてはいるものの、実態を知らないためか、本音では緩和したくないためか、遠慮があるのか、各種議論は迷走状態から抜け出せていないのが現状だ。

民泊のメリット、デメリット。立場次第で異なる見解

問題は現実はそうした議論とは別にどんどん進んでいるというところである。さらに問題を面倒にしているのは立場によって民泊はチャンスにも、悪夢にもなるという点だろう。投資家、不動産会社など不動産を所有する人たちからすれば、Airbnbは投資、空き家活用のチャンスだが、マナーの悪いゲストに利用されてしまった隣人には降って湧いたトラブルになりかねないからだ。

既に、夜中に鍵を探して全戸がノックされる、深夜まで大騒ぎする、敷地内にゴミを放置するなどの例が報告されており、賃貸物件を勝手に転貸した挙句の契約解除もしばしば耳にするようになった。

儲け話と意気込む人を相手に、Airbnbコンサル詐欺までが登場している始末だ。大田区ではゴミ、騒音を近隣への迷惑行為と考えており、近隣への周知、事業系ゴミとしての処理などを義務づけているが、それだけで不安、反対の声が無くなるとは思えない。

特に所有者の多くが居住者である、実需型のマンションでは民泊利用は住環境の悪化、資産価値の減少と考えられる。そのため、一部のマンションでは管理規約を改正するなどの手で民泊利用を阻止しようとしているが、都心部ですでにオフィス利用、賃貸利用が多い物件では逆にチャンスと見るケースもある。また、都心部のタワーマンションなどでは実需層よりも、外国人、投資家の購入者が多いケースが出てきており、そうした物件は投資商品化していくことになろう。

テロ対策、周辺物件の家賃高騰。
地域としての対処法も課題

近隣への迷惑だけではない。違法薬物、感染症、売春、そしてテロその他犯罪についての懸念もある。昨年11月のパリの無差別テロでは犯人は本人確認の甘い民泊施設を利用したとの報道もあり、大田区の条例でも施設利用時、使用終了時の本人確認などが盛り込まれている。だが、実際のAirbnb利用ではホストに会うことなく、宿泊可能な例もあり、本人確認はホスト次第。テロ対策として考えると、かなり甘くなることは否めない。

Airbnb、民泊の激増で、街の情報発信のあり方も変わる。暮らすように快適に滞在することで、それぞれの旅を楽しみたいものだ。

もう1つ、AFP通信が2015年5月に伝えたところによると、世界一Airbnbの多い街パリではAirbnb使用のほうが、賃貸使用よりも収益が高いことから、家賃が大幅に上昇、中心部から居住者が減り、小学校などでの学級閉鎖が起きる、治安が悪くなるという問題も起きているという。そのため、パリ市当局は違法にAirbnbとして利用されている賃貸を摘発する作戦に出たが、宿泊施設不足の都心でもこうした事態が起こらないとは限らない。

以上、Airbnbを中心とした民泊の現状を見て来た。個人的にはAirbnbに代表されるシェアリングエコノミーの進展には賛成である。冒頭に挙げたような、わざわざでも行きたいようなAirbnbが日本のあちこちに生まれれば日本全体が面白くなるし、空き家にも活用の道が広がるケースが増えるだろう。だが、都会の、収益最優先のやり方が生む不利益は今後拡大する可能性がある。

本来は都会と地方、業として行う法人と個人営業など、現場での利用状況の違いを踏まえ、行政が問題の全体を見た対処を考えるのがベストだろうが、まだ当分は混乱が続くものと予想され、しばらくはグレーな状態が続くものと思われ、利用する人、投資する人、近隣に住まう人はそれぞれのメリット、デメリットを踏まえた上で自分がどう対するかを考える必要がある。考え方は人それぞれでいいと思うが、とりあえず、「自分だけが良ければいい」という考えだけは止めていただきたいものである。

中川寛子
東京情報堂代表、住まいと街の解説者、日本地理学会会員、日本地形学連合会員。
住まいの雑誌編集に長年従事。2011年の震災以降は、取材されることが多くなった地盤、街選びに関してセミナーを行なっている。著書に『キレイになる部屋、ブスになる部屋。ずっと美人でいたい女のためのおウチ選び』『住まいのプロが鳴らす30の警鐘「こんな家」に住んではいけない』『住まいのプロが教える家を買いたい人の本』など。新著に『解決!空き家問題』(ちくま新書刊)がある。