お客さまの気持ちをくみ取るエキスパート、ホテルのコンシェルジュ。期待を超えるホスピタリティの発揮には何が必要か。日本でこの職業を確立させた、阿部佳さんに聞く。

東京・六本木の高級ホテル、グランドハイアット 東京。そのフロントでコンシェルジュたちは日々300件以上にわたるゲストのリクエストに応える。最近ではコンシェルジュが主役のドラマが放送されるなど、一般に知られる職業となったが、日本のホテルにコンシェルジュが存在するようになったのは、わずか二十数年前のこと。阿部佳さんは日本でこの仕事を確立した、まさにパイオニアだ。

阿部さんの落ち着いたほほ笑みがゲストに安心感をもたらす。著書『お客様の“気持ち”を読みとく仕事 コンシェルジュ』ではホスピタリティの極意を、『わたしはコンシェルジュ』ではゲストとのエピソードの数々を披露している。http://tokyo.grand.hyatt.com/ja/hotel/home.html

コンシェルジュに限らず、ゲストの依頼に100パーセント応えることを求められる接客業。だが、阿部さんは「それだけでは当たり前で物足りない」という。

「ご依頼にプラスアルファをのせたおもてなしがご提供できたとき、お客さまはとても喜んでくださいます。ですが、自分ではベストを尽くしたつもりでも、お客さまに響かないケースがある。不正解でないにしても、お客さま一人ひとりに必ずベストな答えがあり、それをご提供できなければ響かないんですね。ですから、私だったらこうしてほしい、と考えるのではなく、お客さまにとってのベストは何かを常に考え続けることが重要です」

キーとなる心構えは「お客さまの気持ちを読み解く」こと。たとえば、あえてYES/NOで答えられない質問を投げかけ、さりげなく出た言葉や表情の変化を見逃さず、それをヒントに相手の心や事情を探るという。阿部さんが導き出した答えがピタリとハマると、ゲストの表情はパッと晴れる。法に触れない限り、ゲストのリクエストにはすべて応えるが、目的地までの道案内といった、一見平凡なリクエストこそ手を抜いてはいけないという。最短距離か、寄り道しながらか、寄り道するならそのゲストが楽しめる道順はどれか。プランはたくさんある。

「見返りを求めず、お客さまに合ったプランや対応を考えること自体を自分で楽しめる人はコンシェルジュの素質があります。私もお客さまの心が読めたとき、すごくうれしいですよ」

中学1年の頃、家族で訪れたヨーロッパのホテルでコンシェルジュという職業を知った。魔法のようにゲストの願いをかなえる彼らに憧れたが、慶應義塾大学社会心理教育学科で学んだ阿部さんが就職活動中、日本にコンシェルジュを置くホテルはなく、当然、募集もなかった。そこで当時、時代の最先端を走っていたパルコに入社。とても忙しく刺激的な2年を過ごしたのち、ソニー創業者の一人、故・井深大(まさる)氏が率いる幼児教育に関わる財団法人に転職した。

その後、新規オープンでコンシェルジュも募集していたヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルに就職。晴れて念願のコンシェルジュとしてキャリアをスタートさせた。しかし振りかえれば、10年間の回り道は流行の発信地の空気感と人間を育てる教育現場という貴重な経験を阿部さんにもたらした。その経験はすべてコンシェルジュの仕事に活かされている。

「私がコンシェルジュになった頃は日本にロールモデルがいませんでした。ですから今は、専門職としての責任や誇り、良い意味での意地を次の世代に伝えたい。また、ますます増加する外国からのお客さまに正しい日本の姿を知っていただくために、コンシェルジュができることを全力でやっていきたいと考えています」

【写真左】コンシェルジュの世界的組織「レ・クレドール」、日本支部「レ・クレドールジャパン」の会員バッジ。阿部さんは日本支部の名誉会員。【写真中】メモがぎっしりのファイル。【写真右】チームで力を合わせることも重要なコンシェルジュ。とても大切な仲間たち。
阿部 佳(あべ・けい)
1959年東京都生まれ。パルコ、財団法人幼児開発協会を経て、92年、ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルへ。2002年より現ホテルに移り、現在はロビーアンバサダー/コンシェルジュ。明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部教授。