第1回では、営業先での第一印象が、1秒間で決定づけられること、そのためには理論(ロゴス)の前に感情(パトス)で相手の心をつかむ、非言語(表情や姿勢、動作など)情報こそ肝心だ、という話をしました(論理だけじゃダメ「感情の懐」に入り込む営業マジック http://woman.president.jp/articles/-/629)。今回は1歩進んで、営業の接近戦で大切な相手を引き込むアイコンタクトについて紹介します。

営業のつかみは「32秒/1分間」のアイコンタクト

視線の接触、見つめ合いを「アイコンタクト」と呼びます。「目ヂカラがある」と言う通り、出会いの瞬間から、相手の目をしっかりと見つめてアイコンタクトをとることで、クライアントにあなたのやる気や迫力を伝えられます。ただしポジティブな情報が即座に相手に伝わる反面、初対面での緊張や疲れ、あるいは気後れなどのネガティブな情報も全て伝わってしまいます。

「目は心の窓」ということわざもありますが、「目」の力が気持ちを伝えたり、持っているエネルギーの熱量を表すのです。では営業先に出向いた際に、目線を効果的に使って新しい提案を聞いてもらう、あるいは先方の話を聞き出す方法はあるのでしょうか。まずは「アイコンタクト」を構成する3つの要素から考えてみましょう。

「アイコンタクト」の3要素
(1)見つめる方向性
(2)見つめる長さ
(3)見つめる強さ

(1)見つめる方向性:両目と鼻筋の上半分を囲んだ二等辺三角形を見る

「方向性」とは目線がきちんとクライアントの方を向いている、ということです。目線だけでなく、顔ごと相手に向けるのが自然です。しかし、相手の黒目の中心、つまり瞳に焦点を絞って1分間見つめると、相手は圧迫感や恐怖感を感じてしまいます。心理学で「視線恐怖」と呼ばれ、対人恐怖症患者の大半が視線恐怖症を伴うことは、心理療法の分野で報告されています。力強いアイコンタクトは営業の必須条件ですが、目線を瞳の1点に集中し過ぎないよう注意が必要です。

図のように、両目と鼻筋の上半分を囲んだ二等辺三角形の範囲が、アイコンタクトの安全圏だ。

では、好ましい方向性とはなんでしょう。ポイントは相手の両目、そして鼻筋の上半分を囲んだ扁平な二等辺逆三角形。その範囲内に目線を向けると、交渉相手はあなたがアイコンタクトを保ってくれていると感じます。これは「アイカメラ」という特殊なカメラを被験者に装着してもらって行った、私の実験で証明されました。

(2)見つめる長さ:1分あたり32秒

アイコンタクトの「長さ」は2者間の対話で、1分間あたり32秒以上が効果的だと言われています。同時に複数の人を対象に交渉する場合は、伝えたいメインの人物へのアイコンタクト32秒に加え、さらに参加者全員への視線のデリバリー(目線の分配)が必要です。ちなみに2013年、安倍首相がオリンピック招致プレゼンで審査員に向けたアイコンタクトは、312秒(5分12秒)のスピーチ中、207.5秒、1分あたりで39.9秒でした。スピーチ全体の66.5%ですから、ほぼ3分の2の時間、安倍首相は審査員たちへ目線をデリバリーしていたことになります。この印象的なスピーチが、オリンピック招致成功の勝因の1つになったことは記憶に新しいですね。

(3)見つめる強さ:目の上の筋肉に力を入れる

アイコンタクトの「強さ」とは、目の上の筋肉「上眼瞼挙筋(じょうがんけんきょきん)」の張り具合です。相手に対してのやる気、関心、敬意を表現する場合、上瞼にクッと力を入れて、目を大きく見開いていることが欠かせません。上眼瞼挙筋は、表情筋(顔の表情を作る筋肉)を動かさないとたるんで下がってくるので、意識して操ることができるよう日ごろから表情豊かに話すなど、日常的にトレーニングしておきましょう。

このようにアイコンタクトの「方向性」「長さ」「強さ」をコントロールすることで、自分自身の信頼性を高め、相手への関心の強さをアピールできます。

グローバルビジネス時代のアイコンタクト

「日本人はシャイだから、目ヂカラを込めて相手を見つめるなんて無理」と言う人がいます。だからといって、相手をきちんと見つめなければ、国際的な交渉の場などで相手にインパクトを与えられません。グローバルにビジネスを展開する今の時代、国際的にも通用するアイコンタクトの手法は必須スキルといえます。

1つおもしろい例を紹介します。アイコンタクトの日米トップ比較です。大統領になる前から「演説の天才が現れた」と全米の人気を集めたオバマ大統領は、2009年にアメリカ大統領に就任しました。その就任演説は19分20秒(1160秒)で、顔がはっきりと映っている時間は14分24秒(864秒間)でした。その864秒の間、聴衆へのアイコンタクトの時間は435.6秒、1分間あたりで30.2秒、演説全体の50.4%を占めていました。

一方、国をあげての「営業活動」、オリンピック招致プレゼンでの安倍首相スピーチはどうだったでしょうか。審査員へのアイコンタクトは全体で207.5秒、1分あたりで39.9秒、スピーチ全体の66.5%を占めていました。2006年の第一期首相就任演説での安倍首相のアイコンタクトがその3分の1もなかったことと比較すると、安倍首相のそれは驚異的に増えたことになります。安倍首相は相当にトレーニングを積んだと予想されます。オバマ大統領を上回るアイコンタクトの活用で、安倍首相のスピーチは審査員の心に残り、国家の営業は見事勝利しました。

まとめ:アイコンタクトは意識的に使う

交渉の場でのアイコンタクトは1秒間に32秒以上と覚えておいてください。

また、見つめる【方向性】【長さ】【強さ】によって相手を引きつけ、提案に集中してもらうこと。そのために提案内容をしっかりと暗記し、自信をもって臨むこと。途中で資料に目を向ける回数が多いと、せっかくのアイコンタクト効果が期待できないことになります。

また相手が目線を合わせてきた時は、アイコンタクトを外さないこと。これこそ営業のチャンスだと心してしっかり見つめ返してください。さらに、複数の相手が同席する営業先では、前もってその集団の意思決定者が誰なのかを調べて、その人を中心にして目線をデリバリーするといいでしょう。

これらのアイコンタクトの法則をマスターすれば、交渉の場で相手に鮮やかな印象を与えることができます。

佐藤綾子 パフォーマンス心理学博士

常に女性の生き方を照らし、希望と悩みを共に分かち合って走る日本カウンセリング学会認定スーパーバイザーカウンセラー。日本大学芸術学部教授。「自分を伝える自己表現」をテーマにした単行本は180冊以上。新刊『30日間で生まれ変わる! アドラー流心のダイエット』(集英社刊)は9月4日発売。