「プレゼンテーションはコミュニケーションの総合格闘技である」――元IBMのコンサルティング&SI事業部門で、5000人のコンサルタント・SEを育成した経験のある「プロを育てるプロ」、清水久三子さんはそう言います。本連載では豊富な経験から導かれたプレゼンテーションの必勝テクニックをお届けします。

コンサルタントにとって、プレゼンテーションとは何か?

コンサルタントというと「~すべきです。何故なら……」とロジカルに堂々と提言しているシーンを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか? コンサルタントにとってプレゼンテーションとは、提案を受け入れてもらったり、多額のコンサルティングフィーの妥当性を問われる真剣勝負の場です。新人は研修で基礎を学び、現場では先輩コンサルタントから情け容赦のない指導を受けます。私自身がコンサルタントとして、また人材育成部門のリーダーとして数千人を指導してきた中で、「ああ、またこれか」と遭遇する失敗パターンと、成功するために必要な3つの要素を紹介します。

3つの失敗パターン~「資料作成=プレゼン準備」ではない

本連載ではプレゼンテーションのさまざまなテクニックを紹介していきますが、まず、私が多くの方々を指導してきた中で、よく遭遇した失敗パターンをいくつか挙げてみましょう。次の頁で具体的な例を挙げるので、自分に当てはまるものがあるかどうか確認してみてください。

【失敗パターン その1】資料作成が9割

かなり多くの方に見られるケースです。資料作成にほとんどのエネルギーを注ぎ、伝え方がおろそかになってしまうというパターンです。資料作成という仕事は、ともすれば時間泥棒になりがちです。図形やグラフの細部、微妙なレイアウトや装飾、文言の推敲など、やりだせばきりがありません。残業し、あげくに徹夜までして資料作りに没頭、気がつけば「うわ、もう会議の時間だ!」。慌てて説明の仕方を考えるものの、緊張感が高まり、しどろもどろ。持ち時間内に全てのスライドを説明できず、尻切れトンボで終了……。

資料の完成度とプレゼンテーションの成功率はイコールではありません。近年のオフィスツールは機能が満載なため、こだわりが過ぎて過剰品質になってしまう人も多いと言えます。

●「資料作成が9割」な人の対策
このパターンに陥りがちな人の対策は、資料のストーリーや内容がある程度定まった段階で、声に出して説明してみることをお勧めします。説明してみると時間内に収まらないことが分かったり、論理矛盾に気付くため、資料が完成してからリハーサルをするよりも早めに精度を上げることができます。可能であれば、誰かに聞き役を頼んで聞いてもらい、理解しやすいかどうか、説得力があるかないかというフィードバックを受けると更によいでしょう。

【失敗パターン その2】聞き手置き去り

話し方は流ちょうなものの、聞き手が退屈してしまったり、無理やり持論を押し付けられて不機嫌になってしまうという失敗ケースです。自分の話術に自信があり、話をすることが苦にならない、もしくは悪い意味で発表に場慣れしてしまった人に起こりがちです。また、【失敗パターンその1】のように凝りに凝った情報量の多いスライドを作ったために相手が理解できず、次第に興味を失って寝てしまうという“パワポ死”という状態に陥ることも。

プレゼンテーションは相手の気持ちと行動に変化を起こすためのコミュニケーションです。にも関わらず、相手が理解できているかどうか、主張に対して納得しているのかどうかを確認しながら進める双方向コミュニケーションであることを多くの人が忘れているようです。大人数が相手で質問が受けられないような場合でも、聴衆の理解を確認しながら進めていくテクニックが必要なのです。

●「聞き手置き去り」な人の対策
双方向のやりとりは、アドリブでできるようなことではありません。プレゼンテーションの設計の中でデザインしておくべきことです。オープニングはどう興味を引き付けるのか、相手の疑問をどう解消するのか、理解しているかをどう確認するか……資料作成と合わせながら、これらのやりとりをどう行うかをデザインし、聞き手を置き去りにしてしまう事態を回避しましょう。

【失敗パターン その3】内容はいいのに相手が納得しない

主張も根拠もばっちり! 説明も完璧! なのに「どうして認めてくれないのだろう?」と思ったことはありませんか? または、自分が言ってもだめだったのに、同じ主張を他の人がすると相手が納得した……という理不尽な思いをしたこともあるかもしれません。これは話し手である自分の“信頼残高”が少ないために起こります。「主張が正しければ誰が話しても変わらない」というのは残念ながら間違い。“誰が”言っているのかということを、相手はかなりよく見ていると考えてください。

●「内容はいいのに相手が納得しない」人の対策
対策としては、自分の信頼残高を日頃から増やしておくという地道なことに加え、プレゼンテーションの場でしっかりと自分の存在感を認めてもらう見せ方を身につける必要があります。自分はどのような立場で、どのような人間で、どのような思いで伝えようとしているのかを、言語でも非言語でも意識して表現していきましょう。本連載でもこのテクニックを詳しく紹介していきます。

プレゼンは「誰が」「何を」「どうやって」の掛け算で決まる

では、あらためてプレゼンテーションの成功要素を見ていきましょう。プレゼンテーションは、【プレゼンス】×【コンテンツ】×【デリバリー】という3つの成功要素の掛け算で成り立っています。もう少し平たい言い方をすると、「誰が(=プレゼンス)」、「何を(=コンテンツ)」、「どうやって伝えるか(=デリバリー)」と言い換えることもできます。

プレゼンテーションの3つの要素

ここでポイントは3つの要素の「掛け算」であるということです。3つのうちのどれかがゼロもしくはマイナスだった場合には、プレゼンテーションそのものの意味がなくなってしまうということです。つまり、内容がよくても、話し方が適切でなかったり、話す人が信用されていなれば価値が伝わらないということです。

先程述べたケースはこの3つの要素のうち、どれか1つだけに偏ったり、どれかが欠けているために失敗しています。自分のプレゼンテーションがどこでつまづいているのかも、この3つに要素分解することで見えてきて強化することができるのです。プレゼンテーションはコミュニケーションの総合格闘技。自分の強み弱みを理解した上で、スキルを向上させていくことで、必ず上達します。

次回からはこの3つの要素について詳しく説明していきます。

清水久三子

お茶の水女子大学卒。大手アパレル企業を経て、1998年にプライスウォーターハウスコンサルタント(現IBM)入社後、企業変革戦略コンサルティングチームのリーダーとして、数々の変革プロジェクトをリード。
2005年より、コンサルティングサービス&SI事業部門の人材開発部門リーダーとして5000人のコンサルタント・SEの人材育成を担い、独立。2015年6月にワーク・ライフバランスの実現支援を使命とした会社、オーガナイズ・コンサルティング
を設立。延べ3000人のコンサルタント、マーケッターの指導育成経験を持つ「プロを育てるプロ」として知られている。
主な著書に「プロの学び力」「プロの課題設定力」「プロの資料作成力」(東洋経済新報社)、「外資系コンサルタントのインパクト図解術」(中経出版)、「一瞬で伝え、感情を揺さぶる プレゼンテーション」、「外資系コンサルが入社1年目に学ぶ資料作成の教科書」(KADOKAWA)がある。