産みにくさの正体

仕事に出産の時期をあわせるのか? それともいつ出産子育てしても支障のない人事管理を構築するか……結局、今企業はそれを問われているのだと思います。

今までは女性が無理矢理出産の時期を仕事に合わせてきました。しかしそれも限界です。いくつまで産めるのかという議論はつきませんが、結局妊娠は個人差が大きい。人の妊娠と自分の妊娠は違います。

平成25年度の40歳以上の出産は、47662人で全体(1029816人)の4%です。これも人口の多い団塊ジュニア世代ががんばってくれているおかげです。人間の体が進化したわけではなく、チャレンジする人が増えた結果だと思っています。しかし、40代以上で出産した5万人に誰もがなれるわけではない。そこが難しいところです。

すでに医療者は最大の努力をして患者のニーズに応えようと、さまざまな最新技術が日進月歩の状態です。

いつ最新技術が汎用化されるかわかりませんので、あきらめる必要はないでしょう。お金を貯めて(不妊治療には非常にお金がかかります)おくという選択肢もあります。(いずれIPS細胞から卵子も精子も造り出せる時代もくるかもしれません)

しかし今重要なのはそこではない。いくつまで妊娠できるのかという議論を尽くすよりも、「企業」のほうが、「個人」にあわせて柔軟に変わっていく……真剣にそれを実現させなければいけない時代がきているのだと思います。

そもそも日本人は勤勉で「一生懸命働くことは美徳」とされてきました。しかし「仕事は最優先」で「プライベートなことを仕事に持ち込まない」「プライベートなことで職場に迷惑をかけてはいけない」という風潮こそ、今の「産みにくい」世の中の要因ではないかと思います。

ダイバーシティとは、女性や高齢者、外国人など多様な人材が職場にいるだけではありません。「仕事が一番大切な人」も「仕事以外に大切なことがある人」も一緒に働けることです。不妊治療があるから、子どもがいるから、介護があるから……仕事より優先するものがある人が職場から去らなければいけないとしたら、今後の人材不足を乗り切ってはいけないでしょう。2060年には労働力人口は今の半分になります。

「仕事以外に大切な者がある人」のわかりやすい形がワーキングマザーです。どんなに仕事バリバリで邁進してきた女性でも子供を産んだ後は、ガターンと天秤が傾くように子供サイドに針が触れる人がいます。それを見て周りは「彼女はもう仕事をおりたんだね」「変わったね」というかもしれません。

でも、彼女たちは「仕事をあきらめた」のではない。「仕事が最優先、一番大事なもの」という文化から、ふと目が覚めたのです。それで本当にいいのかと。単一の価値観しか認めない企業文化の中では「異端」になってしまうかもしれません。今企業の中で起きている文化の対立はまさにそこにあります。

しかしゲームの参加者が変われば、ルールもそれにあわせて柔軟に変わっていかなければいけません。今まではいなかった参加者を排除していけば、ゲーム自体に参加する人が減り、結局ゲームは成り立たなくなります。

日本のダイバーシティの変遷

女性活躍の歴史に沿って、ゲームの参加者の変化とルールの変化を見ていきましょう。

まず1986年に均等法が施行され、仕事の現場において男女平等に活躍できる機会ができた。しかし、それは24時間働いて、いつでも転勤ができる男性を基準にした働き方に女性が合わせるという意味でした。つまり『名誉男性的な働き方』でやっと仲間にいれてもらえるという意味だったのです。

40代ぐらいの世代は「遅く産む」という選択をとらざるを得なかった。「仕事、地位」がある程度確立してから産むという選択肢です。現在責任ある地位につき、役職者として活躍する女性に話を聞くと、「不妊治療」や「流産」の経験者も多い。仕事と引き換えに晩産という選択をせざるを得なかったという職場環境がありました。遅くになってから出産した女性もいれば、果たせなかった人もいます。

内閣府のアンケートによれば、「アンケートに回答した均等法第1世代の女性の属性をみると、91人中既婚者が46人(50.5%)である一方、未婚者が38人(41.8%)いた。また91人中、子どもがいない者は64人(70.3%)に上った。」という結果があり、さらに均等法第1世代が仕事を継続できた理由として最も重要だったことは「既婚者は「夫の理解・協力」(32.6%)、「子どもがいなかった」(17.4%)と回答した人が多く、未婚者は「独身であったこと」(50.0%)が突出して多かった」という結果がありました。子供がいない人のほうが多数派です。結婚や子どもが仕事の継続上の制約になっていたのです。

ゲームの参加者は「男性的働き方」と、準じた働き方ができる女性という意味では、この時代、ルールは変わりませんでした。

その後は「女性に優しい企業」が登場します。総合職として採用した女性がことごとくやめていく現状ではどうしようもない。親がそばにいて「完全な育児サポート」をしてくれる人やいわゆる「スーパーウーマン」、または子供がいない人、結婚しなかった人だけが活躍できるという状況は、女性たちをキャリアから遠ざけます。

政府の声かけで、企業は競って制度を作り「くるみんマーク」を取得しました。2008年に「短時間勤務」が使いやすくなったことで、確実に正社員で第1子出生後も残留する女性は増えましたが、その内実は「マミートラックにはいったまま抜け出せない」と仕事へのモチベーションを失う女性や、「周りに迷惑だから」と自らやめていく女性も大勢いたのです。

ここではゲームの参加者の変化に合わせて、例外ルールを作ったわけです。1回休みでいいよというルールです。しかしこの「1回休み」にはゲームの本道に復帰できるルールがついていなかった。

「産む」×「働く」は実現しても、安倍政権になってから盛んに言われるようになった「活躍」というニーズには対応できません。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)