ダイバーシティの一部である「女性」が活躍することについて、政府をあげて推進しているウーマノミクスですが、企業によっての本気度の差は大きいといわざるをえません。「他社もやっているから仕方なく」なのか、それとも「本気で女性の力が必要だ」と思っているのか?

「見せかけ」の女性活躍推進は逆に女性を翻弄し迷惑になります。何がそれを分けるのかといえば、「トップの本気のコミットメント」。さまざまな発言を通して「このトップは本気だ」と思える経営者、5期連続増収増益を続けるカルビーの松本晃会長兼CEOに、「女性活躍に対する思い」をうかがってみました。

顔を見ればわかります

カルビー 松本晃 会長兼CEO

【白河桃子】この連載は「産む」×「働く」という連載なのですが、さらに最近、×「活躍」という軸が加わってきています。私がとっている女子大生のデータでも「一生バリバリ働きたい」という意欲的な女性の半分が「早く結婚して早く産んで仕事を続けたい」と答えています。それが可能な企業でないと優秀な女性は来ないということになる。しかし、まだまだ経営者全員が「本気で女性に活躍してほしい」とは思っていないようなのですが……。

【松本晃】トップが本気でやること、それが大事です。しかし、言わないと格好悪いから、政府が言うから、仕方なく言っている人も多い。そんなのは顔を見ればわかります。

特にマネジメント層で、頭の中では「女性を登用しないと」とわかっていても、納得していない人が多い。

僕はいつもダイバーシティの推進は、1)理解、2)納得、3)行動の3ステップを経ないとうまくいかないと言っています。この「理解」と「納得」の間の距離が遠いんです。僕みたいな頭の悪い人間はあまり距離を感じずに、「もうやるしかない、やろう!」と言ってやる。ところが、みなさんは頭がいいから、これをやったらこうなるんじゃないかとか、いろいろ反対がある。最近始末の悪いのは「男性への逆差別」などと言いだす人がいること。僕なんか、考えたこともない。

【白河】外資のジョンソン・エンド・ジョンソンの社長をされてからカルビーに移られた時は、1000人ぐらいいる社員の中の4割が女性なのに、ちっとも女性が活躍していないことに、違和感を覚えられましたか?

【松本】そう、それを誰も意識すらしていなかった。だから僕が来て「ダイバーシティ」とか言い出したときには、「ダイバーシティってなんだ?」と。聞いたこともないし、喰ったこともないという感じでしたよ(笑)

女性がいないと会社はもたない

【松本】僕は「ダイバーシティをやらないと会社はよくならない」とはっきり言っている。最初はわからなくても、話の仕方によっては、みんなも理解してくれるんです。

例えば読売巨人軍。昔のオーナーは「巨人軍は純血だ」、日本人だけでやるんだと言っていたんです。しかしそんなことやっていたら負けるに決まっているじゃないですか。だから読売巨人軍でも変わるんです。サッカーでも、今、日本人だけでは勝てないでしょう。今、横綱が3人いるけど、みんなモンゴルの人。外国籍だからといってハンディがあるわけでなく、単純に強い人が強くて、弱い人が弱いだけです。

20世紀後半から始まったグローバライゼーションの競争の中、勝っていかないといけないわけです。昔は「勝つか負けるか」だったんですが、今は「勝つか死ぬか」なんですよ。

かつては日本人だけで、護送船団方式で、勝ち負けはあってもみんな残れたわけでしょう。今は残れないんです。負けたら死ぬしかない。そうなると使えるリソースはすべて使わないと。リソースの中で一番大事なのは人間です。勝つためには優秀な人を集めて、その人たちを鍛えてさらによくする、それしか手がないわけです。

会社の経営者としては、男女同権とかそういう問題じゃない。女性を使わないと会社はもたないんです。世界の企業は、そんなことはもうとっくの昔にわかっている。ジョンソン・エンド・ジョンソンなんか、何十年も前から言っています。

男であろうが、女であろうが、国籍、宗教、年齢、一切問わず、優秀な人を使わないともたない。それがグローバルな競争社会です。

【白河】しかし、そういった危機感を持って「変わらねば……」と思っている経営者の方はまだ少ないような気がします。どうしても「ダイバーシティで利益が出るの?」という話になっていくのが経営だと思うのですが……。マッキンゼーの調査結果では「世界の企業で調査した結果「女性のプレゼンス(存在感)が高い企業のほうが業績がいい」となっていますが、日本ではどうなのでしょう?

【松本】その相関は求めません。僕は頭が悪いから、簡単なことを簡単にやっているだけです。利益は出していくしかない。変革はチャレンジであり、リスクが伴うに決まっています。カルビーでダイバーシティをやった結果、カルビーの業績が悪くなったら、僕はクビになる。そのリスクをとって推進しているわけです。ダイバーシティをやらない限りは経営はうまくいかない、そう信じているからやるんです。

接待なんて、何の役にも立たない

【白河】カルビーは現在、トルコ人の女性や中国人の男性の取締役と4名の女性執行役員を抱えているそうですね。時短の女性本部長や女性の工場長も誕生しています。女性が活躍するとき、その育成、昇進、活躍の時期と「出産子育て期」が重なり、働く時間に制限がでる……。そこが一番の問題ですが、そこはどういった解決法があるのでしょうか?

【松本】ライフイベントで時間が制限されるのは、そのときだけですよね。ひとつは制度をよくしないとダメです。もうひとつはメンタリングです。時短で本部長をしている本人に対しては、「あなたに対しては1つだけ命令する。これだけは絶対守れ」言っています。「4時に帰れ」ということです。特殊なとき以外は、4時に帰れと。そうしないと、家庭と仕事は両立しないんです。

全社員に対しても同じことを言っているんですよ。会社は成果を求めているが、時間なんか求めてないんです。就業時間なんか決めるなと。みんな朝早く来て、もっと早く帰れと言っています。

工場の人の多くは時給ですから自由に帰られては困りますが、そもそもWagedとSalariedというのは違うものです。Salariedは、要するに成果を求めているので、仕事が終わったら昼の12時でも1時でも帰ったらいい。あとの時間を何に使うか、そこは個人の自由ですが大事なところです。趣味や家庭のことや勉強をもっとすればいい。カルビーの社員には、グリコじゃないけど1粒で2度美味しい一日を味わってほしいんです。

【白河】素晴らしいことなのですが、なかなか「長い時間働くことをよしとする文化」という「慣行」は消えません。ジョンソン・エンド・ジョンソンでは残業手当を廃止されて、効率が上がったとそうですね。

【松本】本当はね、残業手当なんか廃止するといいんですよね。廃止したら、みんな必要なとき以外は残業しなくなる。集中するし、成長します。朝から晩まで働いていたって、人間、成長なんかしない。夜遅くまで働いて、どこかの取引先と飯食いに行ったって何の役にも立たないんです。

お客さんと食事をするというのは、日本人の戦後にできた悪い習慣なんですよ。月給が安い。だから交際費で取り返してやろうという文化。僕は会長ですが、客先と食事することなど半期に1回あるかないかです。アメリカの会社に移ったときからほとんど止めました。やはりアメリカの会社の経営は理にかなっている。余計なことはやらないんです。

【白河】全社にこの「ダイバーシティ」を基本として「変わらなくてはいけない」という概念を浸透させるには時間がかかるのでしょうか?

【松本】時間がかかる、長い旅路となるのは覚悟の上です。それはやっぱり1人ずつ、話をしていくしかないんです。ダイバーシティフォーラムをやったり、地域、職場単位であらゆるミーティングをやったりしていると、だんだんわかっていく。ある程度「理解」しているところからコミットしてもらう。すると意外と人間、ちゃんと「行動」に移すんですよ。やればうまくいった、気持ちがいいということになれば、そちらの方が当たり前になっていくんです。こっちの水は甘いぞと何度も伝えて、徐々にひきよせるんです。

僕は正しいことを正しくしかやらない。何が正しいかはよくよく考えて決めて、それをやる。ダイバーシティに関しては、何の迷いもなかった。よし、やろうと。だってゴルフでも右手だけで打てますか?打てないでしょう? 当たるかもしれないけれど飛ばない。左手一本でも同じです。両方使わなければダメに決まっています。僕なんか両方使ったって下手くそなのに、そんな当たり前のことを議論する余地もないと思います。

カルビー 代表取締役会長兼CEO
松本 晃

1947年、京都市生まれ。京都大学農学部修士課程修了。72年4月伊藤忠商事入社。医療機器販売の子会社を経て、93年ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人へ。同社の社長、最高顧問を歴任。2008年カルビー社外取締役に就任後、09年6月より現職。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員

東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。