ほろ酔いで階段から転落。もし大ケガだったら!?

会社帰りに同僚と1杯。ほろ酔い気分で帰宅途中、駅の階段から転落してケガをした弓子さん(35歳)。幸い足首の捻挫と打撲程度で済んだものの、額の青アザを見ながら考え込んでしまった。

「もし大ケガで何カ月も入院することになっていたら、お金が足りたかなあ……長く休んだら給料だってなくなるだろうし……私、保険なんて何にも入ってない……」

危なかったですね、弓子さん。この機会の保険について考えるのはとってもいいこと。でも、「何にも保険に入っていない」というのは正しくない。

会社員は誰でも4つの保険に加入している。それは、「健康保険」「厚生年金保険」「労災保険」「雇用保険」の4つの公的制度だ。40歳以上の人なら、これに「介護保険」がプラスになる。病気やケガで医療費がかかったり、仕事を休んだりしたときの補償は、おもに健康保険と労災保険の役割だ。

まず「労災保険」は、業務中や通勤時のケガや病気を保障するもので、治療にかかった費用は労災が全額負担、休業中については概ね収入の8割の保障が受けられる。弓子さんの階段転落事故については、もし弓子さんが会社からまっすぐに帰宅していれば通勤途上の事故となり、労災と認められた可能性が高い。ただ、今回は会社帰りに居酒屋に寄り道していたので労災の適用外になる。

医療費の自己負担は最大でも月約9万円

今回のような事故のとき、役に立つのはお馴染みの「健康保険」。こちらは業務外の病気やケガがすべて対象になる。医療費の自己負担額は3割で、残り7割は健康保険が負担する。会社員に限らず、日本では誰もが何らかの健康保険制度に加入する“国民皆保険制度”があって自己負担割合はどの健康保険でも同じ。これは、世界でもまれな優れた制度といっていい。

特に覚えておきたいのは、健康保険の「高額療養費制度」だ。一般的な収入の人なら、医療費がどれだけ高額になっても、自己負担額は1カ月に9万円程度ですむようになっている。

高額療養費制度による自己負担の上限額を計算式で示すと次のとおり。

<負担の上限額=8万100円+(実際の医療費-26万7000円)×1%>

もし大ケガで入院し、実際の医療費が100万円かかったとしても、自己負担は8万7430円ですむという計算だ。また、治療が長引いて高額療養費の適用を受ける期間が4カ月以上になれば、4カ月目以降の上限額は4万4400円にダウンする(いずれも70歳未満の場合。2013年11月現在)。

会社員なら収入保障もある

このほか会社の健康保険には、病気やケガで働けなくなったときに収入を保障する「傷病手当金」という制度もある。対象となるのは連続して3日間会社を休んだ場合で、4日目以降から傷病手当金が受け取れる。金額は収入の3分の2相当で、期間は最長で支給開始の日から1年6カ月。ただし、会社を休んでも給料が支給される日は対象外になる。

この傷病手当金の目的は、病気やケガで休業している期間の生活を保障すること。だから、傷病手当金を受け取れるのは手術や入院が必要なケースだけではない。通院治療だけの場合でも受け取れるし、うつ病の治療も対象になる。本当にうつで辛い、会社に行くことができない――そんなときは、この制度を使えば生活費を受け取りながら治療に専念することができる。ただし、当然ながら医師による診断書は必要だ。

傷病手当金は会社員の加入する健康保険制度だけが持つ仕組みで、自営業やフリーの人が加入する国民健康保険に傷病手当金はない。いわば“会社員の特権”だ。

さて、弓子さんがもし転落事故で大ケガをし、不幸にして障害がのこってしまったときは? 会社員が厚生年金に加入中に初めて医師の診療を受けた病気やケガによって障害がのこった場合には、障害厚生年金が受け取れる。年金というと普通は老後の年金を思い浮かべるけれど、イザというとき、若いうちからでも生涯にわたって障害年金を受け取れる仕組みがあることを覚えておこう。

保険に入る前に会社の制度を調べよう

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会社員が加入している4つの保険

階段転落事故をきっかけに「医療保険に入ろうか」と考え始めた弓子さん。そんな弓子さんにお勧めしたいのは、まず会社の総務部に行って福利厚生制度を聞いてみること。会社によっては、独自に医療保障の上乗せ制度を設けていることもある。たとえば高額療養費の自己負担がもっと少なくて済むケースも少なくない。

「医療保険に入っていれば病気やケガでお金がかかっても大丈夫」と思う人は多いはず。でも、民間の医療保険でお金を受け取れるのは病気やケガで入院した場合だけで、通院だけでは何ももらえないのが普通だ。それに、もらえる額って意外と少ない。入院1日1万円の保険で5日分受け取ったとしても、1万円×5日間で計5万円。手術給付金の対象になる手術をしても、10万円から最大40万円程度が上乗せになるだけ。よほど大きなケガや病気でない限り、貯金があればなんとかなりそう!?

医療保険に入れば、毎月ずっと保険料を払わなくてはならない。会社員なら公的な保険制度をフル活用することにして、その分、貯金を増やしておくという考え方もある。保険加入は会社の福利厚生制度を調べてから、十分に検討しよう。

マネージャーナリスト 有山典子(ありやま・みちこ)
証券系シンクタンク勤務後、専業主婦を経て出版社に再就職。ビジネス書籍や経済誌の編集に携わる。マネー誌「マネープラス」「マネージャパン」編集長を経て独立、フリーでビジネス誌や単行本の編集・執筆を行っている。ファイナンシャルプランナーの資格も持つ。