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2014年10月23日(木)

宇宙旅行、行って帰って25万ドルは高いか安いか!?申込者が手に入れた“宇宙に行く以上に価値のあるもの”

いよいよ来年には宇宙に行ける、かも?

この夏、千葉の幕張メッセで「宇宙博2014」が開催。東京ドームシティでは宇宙ミュージアム「TeNQ(テンキュー)」もオープンし、未来の宇宙飛行士を夢見るお子さんを連れて行ったお父さん方も多いのではないだろうか。つい先ごろ10月7日には気象観測衛星「ひまわり8号」を搭載したH2Aロケット25号機が無事打ち上げられニュースとなった。さらに一昨年大ブームを起こした小惑星探査機「はやぶさ」の後継機「はやぶさ2」が来る11月30日に打ち上げ予定と、日本における宇宙熱はまだまだ冷めやらぬ状況だ。

海外に目を向けてみると、米航空宇宙局(NASA)によるスペースシャトル以来となる有人宇宙船「オリオン」の開発が大詰めを迎えている。オリオンは火星やその先の小惑星まで人を運ぶことを目標とし、その開発に注力するため国際宇宙ステーション(ISS)など低軌道の有人飛行事業は今後民間に委託するとNASAが発表したのがつい先日。これで民間企業間の宇宙ビジネス競争がいっそう進むに違いない。その最もホットなトピックといえばやはり宇宙旅行だろう。

世界初の民間宇宙旅行を成功させたのは米スペース・アドベンチャーズ社であり、これまで7名の民間人をISSに運んでいる。ただしこれには莫大な費用――それこそ何十億円――がかかり、世界の大富豪でなければ宇宙旅行など夢のまた夢であった。しかも本格的な宇宙旅行のため、宇宙飛行士に準ずるような長期間の訓練も必要。それを比較的低予算で誰もが気軽に宇宙へ行けるようにしようと進められているのが、今回紹介する新型宇宙旅行である。

そう、宇宙がどんどん身近になった今、宇宙へ行くのはもはや特別に訓練を積んだ宇宙飛行士だけではなくなったのだ。「お金持ちの人が行くものでしょ?」「自分とは別世界の話」と思う事なかれ。確かに歌手のサラ・ブライトマンやレディー・ガガら海外セレブや日本でも俳優の岩城滉一氏など多数の著名人が宇宙旅行への参加を表明しているが、中には普通のサラリーマンだっている。しかも、ある意味宇宙へ旅行するよりももっと益になるかもしれない「あること」がついてくることがこの取材で分かったのだった。

さて今のところ新型の民間宇宙旅行事業で一歩リードしているのが、英ヴァージン・グループの創設者リチャード・ブランソン氏率いるヴァージン・ギャラクティック社(以下ヴァージン社)だ。同社は2004年に世界初の民間宇宙船を高度100kmの宇宙空間に到達させることに成功したスケールド・コンポジッツと提携。以降協同でテスト飛行が続けられ、2015年春までには第1号としてブランソン会長とその家族が宇宙へ旅立つ予定だ。最初の顧客が実際に宇宙旅行に行けるのがいよいよ来年中といわれている。

たださすがにいきなり月に行けるわけではない。では実際にはどこまで行けるのか? 気になるお値段は? そんな疑問を解くために、ヴァージン社の日本の公式代理店、クラブツーリズム・スペースツアーズ(以下クラブツーリズム)が不定期に行っている説明会に参加してみた。

4分間の宇宙滞在

カタマラン型の母船「ホワイトナイト2」に吊り下げられた宇宙船「スペースシップ2」。スペースシャトルのように垂直に打ち上げられるのではなく、通常の航空機のように離陸する。その後高度1万5000mで母船から切り離され、単独で空中発射し宇宙空間へ。写真提供:ヴァージン・ギャラクティック社
スペースシップ2キャビン内イメージ。高度100kmに達した宇宙船内はいわゆる“無重力”の状態(厳密には完全な無重力ではない)。乗客はふわふわと浮く遊泳を約4分間楽しめる。CG提供:ヴァージン・ギャラクティック社

現在ヴァージン社が提供を予定しているのは「弾道宇宙飛行(サブオービタル・スペース・フライト)」と呼ばれる約2時間の宇宙旅行だ。母船「ホワイトナイト2」に吊り下げられた8人乗り(パイロット2名+乗客6名)の宇宙船「スペースシップ2」に乗り込み、米ニューメキシコ州にある宇宙港「スペースポート・アメリカ」を出発。高度1万5000mで母船から切り離されたスペースシップ2は空中発射し、一気に高度100kmの宇宙空間へ。そこはほぼ無重力の世界。乗客はシートベルトを外して無重力遊泳をしたり窓から見える青い地球を眺めたりできる。約4分間の宇宙空間滞在を楽しんだ後は大気圏に再突入し、グライダー飛行で元の宇宙港に戻ってくるという内容だ。

約2時間のフライトのうち宇宙空間にいられるのは4分ほど。そして高度100kmというのは、決して「暗い宇宙にぽっかりと浮かぶ美しい地球が丸ごと見られる」わけではないことには注意が必要だ。昨年から今年4月にかけて宇宙飛行士の若田光一氏がISSに滞在した際、中継で見た地球は確かに美しかったが完全な球体として見えたわけではなかった。そのISSが位置するのが地上高度400km。もし完全な球体としての地球を見たければ高度10万kmまで上がらなければならないといわれている。残念ながら現在の民間宇宙旅行ではそれは困難だ。それでも緩やかに弧を描く地球が見られるわけだし、何より自らの肉眼で見る地球は一生忘れられないものになるだろう。

南極旅行のように宇宙へ行く時代に

参加者に向けてヴァージン・ギャラクティック社の映像を流しながら説明を行う(株)クラブツーリズム・スペースツアーズ代表取締役社長の浅川恵司氏。今年1月に旅行会社のクラブツーリズムから独立して宇宙旅行専門の会社として業務をスタート。4月に『集合、成田。行き先、宇宙』(双葉社)、9月には『はじめての宇宙旅行』(ネコ・パブリッシング)を上梓。同社では今後も不定期に説明会を行う予定だ。

気になるお値段は25万ドル。10月現在の為替相場にして日本円でおよそ2700万円だ。なお、この料金には宇宙フライトの費用およびアメリカで旅行実施直前に行われる3日間の準備訓練の費用が含まれるが、日本からの移動代や現地滞在費、代理店の手数料などは含まれない。

この宇宙旅行には18歳以上の健康な人なら誰でも申し込みができる。現在、全世界の契約者数は700人ほど。多くはアメリカ人をはじめとした欧米人だ。クラブツーリズムを通しての日本の契約者は19名(男性14名、女性5名)。平均年齢は約60歳、およそ3分の2が会社経営者だそうだ。

説明会終了後、参加者に話を聞いてみた。70代会社経営者の父親に頼まれて参加した男性は「高齢でも健康に問題がなければ乗船できるようなので、子の立場からも薦められると思いました」と言う。また、会社の同僚と来たという20代男性は「宇宙旅行なんて遠い夢物語のような気がしていたけれど、映像を見ながら説明を聞くと“自分でも行けるのかも”という気になる。南極に旅行に行くのと同じような感覚ですね」と語った。

夫婦での参加者も。電機関係の企業に勤めている50代男性は「昔から宇宙に興味があり、今日は妻を無理に引っ張ってきました。25万ドルは大金ですが、あと10年もすればマーケットも拡大して価格も下がりますよね。そうしたら退職金で行けるかもしれないなと思っています」とコメント。大企業の経営者やセレブでなくとも、宇宙に行ける可能性はぐんと現実味を帯びてきているのだ。

ところでヴァージン社は“最初に宇宙に行く100人”として「ファウンダー・シート」を2005年の時点で売り出している(現在は申し込み終了)。このファウンダー・シートの権利を持つのはやはりアメリカ人、イギリス人、カナダ人など欧米人がほとんどだが、中には2名の日本人も含まれる。今回、その2人に話を聞くことができた。申し込みから10年が経った今、どのような心境でいるのだろうか。

申し込みで掴んだ一生ものの副産物

小僧com代表取締役会長、平松庚三氏。1946年北海道生まれ。米アメリカン大学卒業後、ソニー入社。13年間の勤務後、アメリカンエキスプレス副社長、IDGコミュニケーションズ社長、AOLジャパン社長などを歴任。2000年IntuitジャパンCEOに就任。02年米国親会社から独立し社名を弥生株式会社に変更、代表取締役社長に就任。04年ライブドアグループ入り。06年ライブドア社長就任。07年社名をライブドアホールディングスに変更、代表取締役社長就任。08年にアクティブなシニアを応援する小僧com株式会社を設立。

まずは有名人枠から。2005年当時かなりニュースになったのを記憶している人もいるかもしれない、元ライブドアホールディングス社長の平松庚三氏である。じつは平松氏はファウンダー・シートが公募される前にヴァージン社の副社長から直接電話で宇宙への旅の誘いを受けた。何度か話を聞いてさして迷うこともなく行くことを決めたという。さすがの決断力、行動の早さだ。

「僕にとって宇宙に行くということはそれほど特別なことではないんです。乗り物が大好きでハーレーに乗ったり電車や飛行機の運転をしたりといろいろな乗り物に乗るんだけど、宇宙船もその延長ですね。ただこれまで経験したことがないから、好奇心からやってみたいという気持ちで決めました。また、この事業が国の主導ではなくて民間のベンチャー企業によって行われていることで応援したくなりますよね。技術が進歩する様子を間近で見られ、体験できるというのも魅力的です」

そんなわけで早速契約したはいいものの、当初の催行予定だった2008年を過ぎてもいっこうに宇宙旅行が実施される気配はない。結局10年が経過してしまったわけだが、既に20万ドル(当時の契約金は20万ドルで、その後25万ドルに値上がり)も支払った後で不安に思ったりはしないのだろうか?

「それはまあ“一体いつ行けるんだよ?”と思わないこともないけれど(笑)、じつは宇宙に行くよりもっと大切なものをこの契約で手に入れたんですよ」

宇宙旅行のために支払った20万ドルでほかのものを手に入れたとはこれ如何に?

「リチャード(・ブランソン会長)は毎年ファウンダーたちを集めて開発の進捗状況の報告を兼ねたパーティーをするので、スタッフを含めて周りはみんな顔見知りの状態です。もう10年も一緒に待ち続けているファウンダーたちの間には強い連帯が生まれている。そもそも真っ先に宇宙旅行に申し込むような連中だから、知的好奇心が旺盛で個性的な面々ばかり。付き合っていて気持ちがいいし、彼らとネットワークが築けたことが僕にとっては大きな財産となっている。今では集まりのたびに世界中に散らばるお互いの家に招待し合ったりしています。特に一緒に宇宙船に乗ることになる6人は生涯の友となるでしょうね。飛んでしまったらこの楽しい集まりや共に待つワクワク感も味わえなくなるわけで、逆に寂しい気持ちもあったりします」

実際に、仲間のひとりであるフランス人の大学教授に誘われて仏領レユニオン島の大学を訪れ、講演会を行ったという。レユニオン島と聞いてすぐに分かる読者はおられるだろうか。マダガスカル島東方のインド洋上に位置する人口85万人ほどの風光明媚な小さな島。普通に過ごしていれば一生行くこともないかもしれないこのような場所へ行くことができるのも宇宙旅行に申し込んだことがきっかけというわけだ。

「講演料はないけど飛行機代と宿泊費は出すよということで、妻と一緒に行ってきました。逆に彼が群馬に来て一緒に温泉に浸かったりね。これまでは仕事の同僚や取引先の社長とか限られた範囲の人たちと付き合っていたわけだけど、まったく出自も活動内容も異なる人々と知り合えて友だちになれたのは面白いことですね」

現在平松氏は自らの会社を精力的に運営する傍ら、5年ほど前から週末ごとに群馬県みなかみ町に通っている。800坪を超す敷地に建つ180年前の古民家に手を入れ、農業に勤しんでいるのだという。地元の人たちともすっかりなじみとなって、今では役所の仕事の一端も引き受けたりしているそうだ。

「結局、大事なのは人同士のつながりなんですよね。宇宙旅行に申し込んだことで良いつながりをつくることができたというのも大きな意味があります」

宇宙に行く前から人生変わった!

稲波紀明氏。1977年愛知県生まれ。名古屋大学卒業後、日本IBM株式会社入社。ヴァージン・ギャラクティック社のファウンダー・シートに当選後、早稲田大学にてファイナンスを学び、現在は船井総合研究所にてコンサルタント業務を行う。写真はアメリカでの無重力訓練の様子。写真提供:稲波氏

もうひとりは宇宙旅行に申し込んだことで、まだ行っていないのにもかかわらず職業や生活そのものが変わったという人だ。

稲波紀明氏はクラブツーリズムがヴァージン社から割り当てられた日本人分のファウンダー・シートに応募し見事当選(実際には第1当選者が辞退したため次点の稲波氏が繰り上げ当選となった)。1977年生まれで今年37歳。当選したのが2005年だから、当時はまだ28歳という若さ! たまたまインターネットのポータルサイトで応募者募集のニュースを見かけて「これだ!」と思い応募。費用はこれまでの仕事で地道に貯めた中から捻出したそうだ。当選当時は外資系IT企業でシステムエンジニアとして働いていたが、当選後に船井総合研究所へ転職している。

「船井総合研究所は仕事の自由度がとても高く、社員それぞれが自分の得意分野を生かしてコンサルティングのテーマや業界を選んでいいことになっています。当選したのをきっかけに、宇宙にからめた新しい仕事をできないかと考えるようになった。そうしたところ今の会社が一番やりたいことができそうだったので、IT企業から転職したんです」

なんと宇宙旅行に行くことが決まったのをきっかけに、仕事も変わったというわけだ。

「宇宙ビジネスは大きな可能性を秘めている。この経験やファウンダー同士でできた世界中のコネクションを生かしていつの日か宇宙船も飛ばしたいと思っているんです。これまで日本では宇宙船はつくられていないけれど、せっかくヴァージン社など各社で開発が進んでいるのだから今後は国産の宇宙船の可能性もありますよね。日本の地方空港などもどんどん利用して、例えば沖縄から茨城に行くついでに宇宙に寄ってくる、なんてこともできると思っています」

と、ビジネスの構想も広がる。しかしそんな稲波氏も出発を待たされているひとり。いよいよ来年には最初の宇宙旅行が決行されるようですが? と水を向けると期待半分といったところ。

「毎年のように“来年にはフライトできる”と聞かされてきたので、もうその言葉を聞いてもみんな“またまた~”と話半分の反応ですね(笑)。ただ昔は機体もできていないのにそういうアナウンスだったので来年なんてまず無理だよねという感じだったのが、今は滑走路も宇宙船も実際にできてきたのでさすがにもう行けるかなという程度までになっています。とはいえ、当選当時はまだ20代。今は40代目前だから人生のステージ自体変わってきている。当然今後のビジネスの構想も変わってきちゃいますから、そろそろ行きたいんですけどね」

ヴァージン社からはこの10年間に、6Gの重力に耐えるための訓練や無重力体験などの提供があり、メディカルチェックと称して「普通に健康かどうかを見る」(稲波氏)アンケートがあり、1年に1度の報告会兼パーティーを開いたりと何らかの動きはあるものの、基本的には放ったらかしという状態だそうだ。ずっと待っていると毎日の生活が宇宙一色ということもなく、その間結婚をし子どもが生まれ、そして日々の業務がありと、今は日常生活が大切だという。ちなみにじつは奥さんも宇宙旅行がらみ。取材に来たある学校関係の方だったそうで、本当に人生そのものが宇宙旅行(に行く前から!)によって変わったといっても過言ではない。

「今は日々を淡々と過ごしながら、まずは健康体であることを心がけています。宇宙に行くというので仕事でも周りや仕事のクライアントが“お、すごいな”と応援してくれます。行ったときに何か頼まれたものを持参して写真を撮ったり宣伝したり、持っていったものを“宇宙に行った○○”として売り出したりもできるかも」

宇宙に行った後に何が変わるかはまだ分からない。しかし確かに、申し込みをして人生の新たなステージが開けることは間違いなさそうだ。