日本の“金持ち”の代表格といえばベンチャー企業の創業者。だが、会社経営にはときに逆風が吹く。地獄の底をのぞいた社長たちは、逆境にどう耐えたのか。3人の復活劇を追った。

「朝日ソーラーはおしまいだ」

誰もがそう思った。創業者・林武志の強烈な指導力でぐいぐい業績を伸ばし、一時は“ベンチャーの雄”と騒がれたが、強引ともいえる訪問販売の手法が社会との軋轢を生んだ。1997年4月に公的機関の国民生活センターが苦情の多い企業として社名を公表したのを皮切りに、5月には通産省(当時)が改善命令を下して急成長にブレーキをかけた。とどめは、7月に博多支店の社員が訪問販売法違反容疑で逮捕されたことだ。

「さすがに社員が逮捕されたのはこたえました。でも『死のう』とは思わなかったし『会社がなくなる』とも思わなかった。『なんとかしてやろう!』。そんな思いだけはありましたね」

58歳になった林はこう振り返る。朝日ソーラー本社は、あのときのまま、大分市内の幹線道路沿いに立っている。2001年からは、事件以来中断していた別府大分マラソンの協賛企業にも名を連ねるようになった。

最盛時に比べれば業容はひとケタ縮小したが、批判にさらされた販売手法を見直すことで、徐々に信頼を回復しつつある。今年3月には生え抜きの安井茂人に社長を譲り、林自身は会長職に退いた。林はなぜ倒れなかったのだろう。

福岡市生まれの林が、大分で朝日ソーラーを創業したのは、いまから25年前の83年のことだ。歴戦の訪問販売部隊が民家の屋根の上に温水パネルを載せる方式の太陽熱温水器を売りまくり、わずか14年で従業員2700人の大企業に成長した。

福岡県警が段ボール36箱分を押収

96年にはトヨタ自動車と共同出資の住宅販売会社を設立し、サッポロビールの営業研修を受け入れるなど経済界での認知度も急速に高まっていた。店頭市場(現ジャスダック)への株式上場も射程内におさめ、当時の林にはいくらかの慢心があったかもしれない。

そこへ降って湧いたのが、前出の社名公表だ。国から「悪徳業者」と名指しされたに等しい、重大な出来事である。

「最初は夢だと思った。ところが、何度頬をつねってみても痛いんです。何も食べられなくなって、3日間で七キロも痩せました。4日目に初めて口にしたのはカレーうどんですが、喉に引っかかって、うまく食えなかったですよ」

それでも社内では「売上高は前期の600億円から450億~500億円に減り、支店も108店のうち20店ほどを閉めることになるだろう。しかしダメージは1年で回復する」と、強気の発言を繰り返したが、7月の社員逮捕でイメージ悪化は決定的となった。

暑い盛りに福岡県警の捜査員が大分本社を訪れ、段ボール36箱分の資料を押収していった。博多の訪販法違反事件が、会社ぐるみかどうかを判定するためだ。県警は結局、7カ月後に法人としての朝日ソーラーの立件を断念するが、すでに同社は、そんなことでは回復できないほどの深手を負っていた。1年後に支店数はわずか18になっていた。

林は福岡の工業高校時代は県下の総番長として鳴らし、喧嘩をすれば誰にも負けない自信があった。朝日ソーラーをトヨタやサッポロビールが一目置くほどの“強い会社”に育て上げた実績も、不祥事1つで消えてなくなるわけではない。だが、そんな林も一連の事態には立ち向かいようがなかった。

無力感にさいなまれ、大分市内の自宅に引きこもったのはそのころのことだ。庭の花に水をやるだけで、3日ほどぼんやりと過ごした。

「正直にいうと、人に会うのが怖かった。申し訳なくて、社員とも目を合わせられんのです」

林はそれまで「俺について来い!」と自信満々で叫んでいたが、社員たちを連れていった先は地獄であった。その責任を痛いほど感じていたのである。

だが、逃げるわけにはいかない。3カ月で体重を10キロも減らした病人のような姿で、朝日ソーラー本社へ林は向かった。さいわい会社は無借金経営であり、銀行に頭を下げる必要はなかった。もう一度部下たちに謝り、事業継続へ向けた計画を練り直そうと心に決めていた。

その夜、林の妻がこう耳打ちした。 「『お父さん、偉いね』って。あの子、そういったわよ」

林の一人娘はそのとき小学4年生だった。騒動が始まってから3カ月あまりの報道を見て、子どもなりに事態の深刻さを理解していたのだろう。同じころ彼女が描いた林の絵が会長室に掲げられている。半そでのワイシャツを着て、心持ち前かがみになった林の表情は弱々しい。

元気いっぱいだった父が、いまはなぜ庭先に立って悄然としているのか。そしてなぜ、吹っ切れたように会社へ向かうのか。その内面を推し量り、前を向いて再び歩き出した父を「偉い」と彼女は褒めたのだ。

「子どものいうことなのに、感動してしまって……。いい大人がみっともないことですが、それで『ようし、やるぞ!』と奮い立ったんです」

林は破顔し、こう続けた。

「世間からご批判を受けて、われわれのどこが悪いのかは痛いほどわかりました。私自身も、かつては一生懸命のあまり午前2時にふつうのお宅を訪問して、警察に通報されてからやっと非常識なことをやっていたと気がついたことがあります。いまは訪問するのは夜8時までと決めています。ただ、販売手法を見直すだけなら簡単ですが、それを現場に徹底するのは大変です。結局、ここまでくるのに11年かかってしまったということです」


 現在の目標は、11年前に目前で諦めざるをえなかったジャスダック市場への上場を果たすことだ。

「環境問題に関心が集まるなかで、朝日ソーラーは太陽熱や太陽電池の事業を行っています。環境の道を極めることで、『朝日ソーラーは大した会社たい!』。こういわれるようになりたいですね」

林は拳を握り締めた。いったん18に減らした店舗網は25支店に回復した。その一店一店を行脚する毎日である。 (文中敬称略)