また来た弁護士会からの「処分検討」

さあ今年も頑張るか、と自分に鞭を入れた新年早々の1月2日、NHKが「(大阪)弁護士会が橋下徹氏の処分検討の方針 市長当時の発言で」というニュースを流した。またかよっ!て思うと同時に、自分の政治家の原点というものを正月早々振り返ることになったよ。歳をとったもんだ。

ただね、政治家を引退してから、すっかり隠居モードになっていたけど、また戦闘モードの血が騒いできたね(笑)

僕は2010年に、大阪弁護士会から「業務停止2カ月」の懲戒処分を食らった。その頃は現職大阪府知事だったんだけど、業務停止の理由とされたのは大阪府知事になる前の行為だった。しかも僕の弁護士業務そのものではなく、ある刑事事件の弁護団をテレビ番組で厳しく批判した発言が問題視された。その際、メディアや特に僕のことを大嫌いな自称インテリたちは、鬼の首を獲ったように僕を批判してきたね。それも人格攻撃と言えるぐらい辛辣な批判をね。いつもの高村薫とか江川紹子とか。そういや朝日新聞なんかは、社説で「橋下は弁護士資格を返上せよ」なんてやってきたね。

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この懲戒処分のときは僕もまだ40歳前後で若かった。問題のテレビ発言をしたときは38歳でバリバリの戦闘モード。今振り返ると、このテレビ発言や懲戒処分に至る経緯、そしてこのテレビ発言を巡って相手方より訴えられた民事訴訟での経験や態度振る舞いが、僕の政治家としての原点だったなと感じる。

権威を振りかざす者への怒り、前例踏襲(これまで当然のことと思われていたことを繰り返すやり方)への疑問、批判のリスクがあっても正すべきことは正していく姿勢、強いモノが相手になると闘志に火が付く性格、争いは法で解決する姿勢、あらゆる知恵を振り絞ってやれることはやりつくすしつこさ、負けは素直に認めること、業界団体内の感覚や風評にはとらわれない性格などなど、弁護士としても政治家としても僕の行動基準は同じなんだよね。これが僕の弁護士の原点でもあり、政治家の原点。というよりも僕自身の原点かな。

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非常識な対応で被告人の利益も損ねた光市母子殺害事件の弁護団

光市母子殺害事件という悲惨な殺人事件があった。被告人は1999年4月の犯行当時18歳と1カ月。被害者は女性とその子供である赤ちゃん。犯行態様は悪質極まりなかった。ところが18歳に達するまでは法的には少年で、少年法は18歳未満の少年には死刑の適用はしないとしている。少年法51条1項は18歳未満の少年は死刑であったとしても無期懲役にしなければならないと定めているんだ。だから18歳未満であれば必ず無期懲役になるのに、18歳を1カ月過ぎただけの本件被告人には死刑が適用されることになるのかということが大論争になっていた。

刑事事件としては1審、2審とも検察官の死刑求刑を退け、無期懲役の判決が下された。これに対して、被害者の夫であり父であるご遺族が厳罰を求める運動を起こしていた。ご遺族という辛い立場でありながら、亡き妻のため亡き子供のために必死になられていた。そのご様子はメディアでもたびたび報じられていて、僕もそれを拝見し、同じく妻子を持つ立場として強い憤りを感じていた。

1審、2審では被告人は犯罪事実は全て認めており、情状や年齢のところだけが争点だった。被告人がどれだけ反省の意を示し、更生可能性があるかどうか。18歳未満の少年は少年法によって必ず無期懲役になることとのバランス。

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最高裁では弁論期日が開かれることになった。2審の無期懲役という判決が維持されるだろうと思っていたのが、18歳と1カ月という年齢の被告人に死刑が適用される可能性が出てきたんだ。死刑となれば、死刑が適用された歴代の被告人の中で最年少の被告人となる。そこで被告人というよりも弁護士業界が大慌てしたんだ。弁護士業界の「被告人の人権を守れ!」という血が騒いだんだろうね。ここで弁護人の大幅な交代劇があり、結構な弁護団が結成された。当然この弁護団は被告人が死刑になることを回避するために徹底した弁護活動を行うことを目標にした。

その目標は正当なものだ。しかしその手段が、どう考えてもおかしいと僕は感じたんだ。まさに一般市民の感覚でね。

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国が介入しないからこそ弁護士会の懲戒請求制度が大切なんだ

最高裁は2審判決を破棄(取消し)し、高等裁判所に審理を差し戻した(もう一度審理をやり直すように命じた)。この差し戻し審の判決が出る前に、僕は弁護団の活動はおかしいと認識し、当時レギュラー出演していたテレビ番組で、弁護団を非難した。そして視聴者に対して、弁護士会への懲戒請求を呼び掛けた。これが大騒ぎになった。

問題になったテレビ発言は次の通り。

(1)「死体をよみがえらすためにその姦淫したとかね、それから赤ちゃん、子どもに対しては、あやすために首にちょうちょ結びをやったということを、堂々と21人のその資格を持った大人が主張すること、これはねぇ、弁護士として許していいのか」

(2)「明らかに今回は、あの21人というか、あの安田っていう弁護士が中心になって、そういう主張を組立てたとしか考えられない」などと発言した上、

(3)「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてらいたいんですよ」

(4)「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」

(5)「懲戒請求を1万2万とか10万とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとして処分を出さないわけにはいかないですよ」

そしたら視聴者がわっと懲戒請求を出したようだ。弁護団の弁護人1人に対して600件を超える懲戒請求が一般国民から出されたとのこと。

そしたら今度はこの弁護団が、僕のテレビ発言は不法行為だとして、精神的損害への賠償を求める裁判を起こしてきた。

この民事訴訟は、1審、2審は僕の敗訴。1審では800万円の賠償命令。2審では減額になったけど360万円の賠償を僕は命じられた。負けた時には僕は大阪府知事に就任していた。そしてこの2審で僕が負けたことを見届けて、大阪弁護士会は僕に業務停止2カ月の懲戒処分を下してきたんだ。

しかしその後民事訴訟は、最高裁で2審の敗訴賠償命令がひっくり返り、僕が逆転勝訴となった。僕のテレビ発言に違法性はない、とね。ただ大阪弁護士会の業務停止2カ月の懲戒処分はそのままだった。その時にはもう業務停止2カ月の期間が終わった後だったから、今更何かしてもらってもどうしようもない状態だったけどね。

ちなみに、僕がテレビで呼び掛けた光市母子殺害事件弁護団に対する懲戒請求は全て却下。弁護団の弁護士は誰一人、何のお咎めも受けていない。

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確かに刑事弁護人は被告人のために国家権力を相手として戦わなければならない。民主国家においては国家権力の背景には多くの国民が存する。ゆえに国民多数からの被告人への批判の盾になって被告人を守る必要がある。メディアからの猛攻撃によって裁判内容が歪むことを防がなければならない。

しかしだからといって、批判を全く受けない領域として刑事弁護を神聖化することは不当だ。刑事弁護人も人間である以上誤ることはある。民主国家においては批判を受けない神聖な領域など存在しない。そして1821年当時のブルーム卿の「刑事弁護の神髄」の考えが、時代の変遷を全く考慮することなく、現代社会に何の変更もなくそのまま適応されることもおかしい。

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では、弁護人・弁護士の検証は誰がやるのか。

メディアが検証をするのは当然だ。ただしメディアは公的機関ではないので適正なルールに基づく検証とはならない。では国家が検証するのか。しかし国家権力と戦う弁護士が国家権力によってその弁護活動をチェックされるのはおかしい。国家権力が弁護士活動をチェックすることを許せば、弁護士は国家権力と戦えなくなる。国家権力には逆らえない中国の弁護士のようになってしまう。

だからこそ「懲戒請求制度」というものが存在する。

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僕はこの光市母子殺害事件の弁護団について、被害者、ご遺族への配慮のかけらもない刑事弁護人特有の特別意識を感じた。そして彼らの弁護活動を調べれば調べるほど、彼らの視野の狭さを強く感じ、彼らの弁護活動は被告人の不利益になることが分かってきた。さらにこんな弁護団を注意し助言するどころか盛大に応援するかのような弁護士業界の雰囲気。

もう僕の怒りはピークに達したね。

だから、僕は出演するテレビ番組で、ありったけのエネルギーを込めた表現で、怒りを爆発させてこの弁護団を批判したんだ。

ちょうど同じ時期に刑事裁判の世界では、被害者、ご遺族への配慮というものが意識されるようになってきた。時代が変わってきたんだ。1821年のブルーム卿の言説を金科玉条のごとく掲げていればいいだけの時代ではなくなった。やはり刑事裁判、刑事弁護の領域を神聖化してはならない。常に批判にさらし、不断の改革、改善が必要だ。

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※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.86(1月9日配信)を一部抜粋し簡略にまとめ直したものです。もっと読みたい方は、メールマガジンで! 今号は《政治家・橋下徹の行動基準】なぜ僕は光市母子殺害事件弁護団への懲戒請求を呼び掛けたのか》特集です!!