圧倒的知力、学力を兼ね備え社会で活躍する桜蔭中学校・高等学校の卒業生。一方で、「どこか空気を読めない人も多い」という声も、企業の人事部や卒業生から漏れ聞こえる。「日本一賢い」という不思議な女子校の秘密を追った――。

医師に弁護士、女優まで。特色に「礼法」の授業も

日本に名門校は数あれど、トップと評されるのは一握り。東京では男子校の「御三家」として開成、麻布、武蔵が昔から名高いが、それに対する「女子御三家」は、桜蔭学園、女子学院、雙葉の3校を指す。なかでも桜蔭は、約四半世紀にわたり東京大学合格者数で全国トップ10入りを記録し、2017年には63人の合格者を輩出(全国第7位)、名実ともに「日本一賢い」女子校と呼べるだろう。

そんな桜蔭からは、参議院議員の猪口邦子(卒業は米コンコードアカデミー高校)、起業家の経沢香保子、女優の菊川怜、歌手でイラストレーターの水森亜土、弁護士の土井香苗、精神科医の水島広子らをはじめ、医者、研究者、弁護士、裁判官など多彩な人材が世に出ている(敬称略)。

各界に超一流の人材を輩出する一方で、「桜蔭卒」として最近話題になった人物といえば、秘書を「このハゲ~!」と大声で呼び捨てて週刊誌に報道され話題になった政治家の豊田真由子氏がいる。桜蔭学園とは実際にはどのような学校なのか、謎をひもといていく。

東京・文京区、後楽園や東京ドームシティなどの歓楽地を背に1歩細い路地を曲がると急激な上り坂が現れる。宝生能楽堂のほど近く、緑豊かな住宅街に桜蔭学園はひっそりと佇んでいる。1924年、関東大震災の翌年に桜蔭学園は設立された。初代校長は皇室の教育係も務めた女性、後閑キクノ。「勤勉・温雅・聡明であれ」との校訓をはじめ、いまある桜蔭の素地をつくりあげた。「女子御三家」のうち雙葉はカトリック系、女子学院はプロテスタント系であるのに対し、桜蔭は宗教色を持たず、代わりに日本人としての礼儀や嗜みを身につける礼法の授業が特色だ。

多くの女子校創設ラッシュに沸いた大正時代に創設された1校である桜蔭だが、なぜ数多ある女子校から群を抜いて東大合格率トップを誇る学校にまで成長したのだろうか。著書『名門校とは何か?』で日本の名門校の系譜を記したおおたとしまさ氏は、その背景には桜蔭の創設時の事情があると見ている。

「桜蔭学園の母体は、東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大)の同窓会組織「桜蔭会」です。つまり日本の女子教育界をリードしてきた大学の妹的学校として桜蔭は誕生したんです。その結果、同校は開学時から非常に優秀な教師を集めることができました。実はこれは名門校に共通する大切な条件の1つで、現代でも新設校の1番の課題は、いかに優秀な教師を確保するかという点です。よほどの高給を提示できる場合を除き、新人教師で当初は乗り切っていくしかない。その問題を最初からクリアできた学校としては、ほかにも桐朋中学・高校、筑波大附属などがありますが、いずれも名門校としての基礎を築けています」

立地も幸いした。大学や病院の多い文京の地に住む医師や教員など高学歴層の子女が、最高の教育を受けられる場として桜蔭に送り込まれた。

「リケジョ」の天国。倍率は2倍と意外に低い

そんな桜蔭の最大の特徴、それは理系女子の多さと、医学部進学率の高さである。長年中学受験専門塾を主宰し、都内の進学校の内情に詳しい矢野耕平氏は、桜蔭を「モンスターのような学校」と評する。

「桜蔭の東大合格者数は、近年50人から70人で推移しています。しかし、注目すべきは医学部合格者の多さです。17年には東京大学理IIIへ7人が合格していますが、全国の医学部を見ると130人が合格している(現役・浪人含む)。彼女らは東大理Iを十分合格できる実力を持ちながら、医者を目指すために他大学に進学しています。つまり1学年約250人中、半数は東大現役合格の実力を持つという、女子校でも唯一無二の存在なんです」

矢野氏の言葉を裏づけるように、桜蔭卒業生30~50代の職業を見るとトップには「医師」が輝いている。薬剤師や税理士、公認会計士、弁護士、裁判官、教育関係者、研究者などの職業も継続的に輩出しており、いずれを見ても「女子校=文科系」という先入観は覆る。

「世の中ではよく文系、理系と区分しますが、桜蔭の場合は文系:理系:医系で分けます。しかもその比率は1:1:1。他校と比べると圧倒的に理系が多い」

その傾向はすでに入試問題から表れているという。男子校顔負けの硬派な問題が並び、詰め込み式の知識のみならず思考力が試される記述問題も頻出する。それは他教科にもおよび、中学入試を受ける小学生に対し、ある年の国語の問題では東大入試で出た例文が出題されたという。

「倍率こそ2倍と低めですが、そもそも実力を持った子しか集まらないので、間違っても運で合格できるような学校ではありません」

性差を超えた規格外能力。議論はしても喧嘩はない

医師や東大を目指すなら桜蔭へ。これが女子のスタンダードなエリートコースの1つとなっているが、実は女子校には理系の学校が多いとおおた氏は指摘する。

「共学校はどうしても社会の縮図になりがちです。『女らしさ』や『可愛らしさ』などの性差のバイアスに引っ張られ、女子自身が自らの能力を狭めてしまう傾向もある。特に思春期は、異性からどう見られるかがヒエラルキーを決定づけるため、容姿が優れコミュニケーション能力が高い子はトップに立ち、いわゆるオタクは最下層に落ちる。

ところが、女子校あるいは男子校ではその価値観から解放されます。異性の目を気にせず、自分の好きな趣味や学問に没頭できるため、成果や自信も生み出しやすい。実際に女子校出身者のほうが共学出身者よりも進学先の選択肢が多様で、かつ理系に進む女性が多いことは、海外の調査でも明らかになっています」

論理的思考能力は学問のみならず、交友関係にも影響を及ぼしている。一般的に女子の世界では、誰と誰が仲が良いか、誰がピラミッドのトップに立っているかなど、複雑な人間関係に悩まされることも多い。ところが桜蔭では、むしろ他人と必要以上につるむことが嫌がられるなど自主独立の傾向が目立つ。

「トイレに友達と連れ立っていくなどありえない」「気が乗らなければ『今日は1人で帰る』といっても誰も何も思わない」「議論はしても学校で喧嘩を見たことがない」という話は桜蔭生からよく聞かれる。

感情論ではなく論理的に相手を論破していく力は、長じて物事に冷静に対処していく基礎力となる。だが同時に、卒業して初めて女子同士のドロドロとした交友関係に接し、その対処の仕方に戸惑ったと語る卒業生も少なくない。性差を超えた能力と対人関係力、これが桜蔭生の特徴ともいえるだろう。

世の中には、まことしやかに流れる「女子御三家」生徒の気質を表す例え話がある。それは、「道に空き缶が落ちていたら、桜蔭生は参考書を読んでいて空き缶に気づかない、雙葉生は拾って捨てる。女子学院生は皆を集めて缶蹴りをする」というものだ。

これを矢野氏はこう書き換える。

「桜蔭生はごみ箱に捨てにいくが、途中で缶に記された原材料や成分をチェックする。女子学院生は考え事にふけり缶が落ちていることにそもそも気づかない。雙葉生は誰が捨てるかじゃんけんで決めるが、他人が通りかかったら自分で捨てにいく」

空気を吸うように努力。「神童」のさらに上へ

矢野氏が数多くの在校生、卒業生からの聞き取りを通じて感じたのは、3校とも総じて真面目な人材が多いが、それでも女子学院は自由奔放さが、雙葉はそつなく対人関係を築ける器用さがある一方、桜蔭生は真正の生真面目な生徒が多いということだ。「桜蔭生からは自嘲的に『桜蔭生は東大に行くより結婚するほうが難しい』という話が出ることがあります。教え子の中には子どもを持つことを『種を残す』と表現した子もいて、さすが理系だと感心したこともありました(笑)」。

では実際に卒業生が見る桜蔭はどのような存在なのだろうか。現在、ベビーシッターサービス事業「キッズライン」CEOの経沢香保子氏が評する桜蔭生の特徴は「最大限の努力が標準搭載されている人々」だと力説する。

「とにかく空気を吸うように勉強する人たちです。新学期初日にはすでに教科書をすべて読んで理解しているかのような。勉強はできて当たり前だから、成績がいいことが売りになるわけではない。学校側も成績を一切公表しないし、勉強ができるかどうかで人を判断しません。だから自分がどのレベルにいるのか、卒業するまでわかりませんでした。私自身は浪人して初めて自分の実力を知りました(笑)」

「小学生時代は神童だったのに」と笑う経沢氏は「人生で1番頑張ったのは桜蔭受験かも」と振り返る。

「勉強しすぎてストレスで無意識に眉毛を抜いてしまい、眉が半分しかない小学生でしたが、後にも先にもあんなに頑張ったのはあの時期だけ。小学生であの苦労を乗り越えられたのだから、どんな苦難も乗り越えられるという自信はつきましたね」

また「人生を堅実に生きる」のも桜蔭ならではの共通点だと語る。

「起業家というと冒険心溢れる性格のように思われますが、実はとても手堅い手法を選ぶタイプです。桜蔭の卒業生に医師が多いのも、実は医師という手に職を付ければ、結婚、出産、転勤など関係なく全国どこでも働くことができる。男性を超えるというより女性が生きる道を堅実に選んでいる結果だと思います」

「努力は必ず報われる」「人の2倍努力すれば成せる」。そんな言葉にこそ、実は桜蔭生の1番の力が潜んでいるのかもしれない。一方で、その「真面目さ」「努力」「明晰な思考力」が裏目に出ることもあるという。心理カウンセラーでもあるおおた氏は、もし桜蔭卒が生きづらさを感じる局面があるとすれば、と前置きしてこう語る。

「いまだ日本社会には理想とする女性像があり、そこから外れると『女なのに』と反発が出るのが現実。性差を超越した規格外の能力を持つ女性が現れたとき、彼女たちをどうマネジメントして伸ばしていけるか、これは今後の日本社会の成長力にも関係しているのかもしれません」

経沢香保子(つねざわ・かほこ)
1973年、千葉県生まれ。桜蔭高、慶應大卒。トレンダーズ創業者。2012年当時、女性として東証マザーズにて最年少上場社長に。現在はベビーシッター事業「キッズライン」CEO。
 

おおたとしまさ
育児・教育ジャーナリスト。1973年、東京都生まれ。上智大卒。リクルートで雑誌編集に携わり、2005年に独立。著書に『女子校という選択』など。
 

矢野耕平(やの・こうへい)
1973年、東京都生まれ。大手塾に勤めた後、中学受験専門の学習塾「スタジオキャンパス」を設立。著書に『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』など。