「ここは質問をする場ではない」。菅義偉官房長官は記者会見の場で、そう言い放った。この「大暴言」を引き出したのが、東京新聞の東京新聞・望月衣塑子記者だ。望月記者は「想像以上に政権側にすり寄っている」という記者たちを尻目に、菅長官が露骨に嫌がるような質問を重ねた。なぜほかの記者たちは質問をしないのか。元「週刊現代」編集長の元木昌彦氏が、望月記者に聞いた――。

「ご指摘には当たらない」「問題ないと思われます」

私は菅義偉官房長官が嫌いである。あの顔を朝見ると一日メシがまずくなる。

よく「男の顔は履歴書」という。さすれば菅という男、よほどつらくみじめな人生を歩んできたに違いない。したがって、私は菅の会見というのを見る気がしなかった。「壊れたラジオ」のように木で鼻をくくった答弁は、鼻持ちならなかったからだ。

聞けば、日に2回も官房長会見はあるという。私なら、あの酷薄そうな顔と人をバカにした物言いを聞くくらいなら、仮眠室で昼寝でもしている。だが、そこへ場違いな女性記者が潜り込み、菅が露骨に嫌がるそぶりを見せるのに怯(ひる)みもせず、延々と質問をぶつけ続けたことで、記者会見の風景が変わってきたのだ。

加計学園問題を取材していた東京新聞社会部の望月衣塑子記者である。

当時、前川喜平前文科事務次官が、官邸の最高レベルがいっているという文書は存在すると爆弾告発した。しかし、それに対して菅官房長官は「怪文書のようなもの」と一蹴した。それに時期を合わせたように読売新聞が「前川前次官が出会い系バー通いをしていた」と報じた。大メディアが官邸の思惑にのって、前川をおとしめようとしたのである。メディアの劣化はここに極まった。

菅は、こうした問題を質問されても、「ご指摘には当たらない」「問題ないと思われます」とそっけなく、記者たちも質問を重ねることなく10分そこらで終わってしまう。

望月は「なぜ誰も突っ込まないのか」と疑問に思い、「だれも聞かないなら、私が聞くしかない」と思い定める。

記者クラブは権力側と癒着し、おもねっている

大新聞だと、内閣記者会が束ねている会見に社会部が出張るのは難しいが、東京新聞という小さな組織が彼女に有利に働いた。

小さいころ演劇で鍛えた大きな声で、「官邸は前川次官の身辺調査や行動確認をしているのか? こういうバーに官房長官も足を運ばれてはどうか?」と質問した。

相手が答えなくても、質問をぶつけることで、今何が問題なのかを浮き彫りにすることができる。その信念のもと、さまざまな「疑惑」について直截(ちょくさい)に斬り込んでいった。

そのたびに能面のような菅の顔がゆがみ、薄笑いを浮かべる姿がニュースやワイドショーで流れ、一躍、彼女は時の人になった。他紙の記者たちも追及するようになり、会見は注目を浴びたが、それに蓋をしようとしたのは、ほかならぬ同業の記者たちだった。「質問が長い」「何度も聞くな」といい出し、挙げ句は、手を上げても無視したまま終えてしまう。

まさに、記者クラブは権力側を監視するために存在するのではなく、癒着し、おもねっていることが一人の記者の奮闘で、はっきり国民の目に見えてしまったのである。

私は現役時代から記者クラブの閉鎖性、なれ合い、取材対象との距離感のなさを批判してきた。記者クラブは言論の自由を否定する存在だとさえ考えている。

記者クラブ制度を解体すべきである

メディアの重要な役割は権力を監視することである。だが、第二次安倍政権のあたりから、記者だけではなく、メディアのトップたちまでもが、安倍晋三首相に誘われれば喜々として従い、酒食を共にすることをおかしいとは思わなくなってきた。安倍はそれをいいことに、メディアを選別し、歯向かうメディアは排除し、露骨に攻撃することを平然と行うようになった。

そうした権力側の驕りの象徴が菅の会見といってもいいだろう。それを一人の記者が、疑問に思っていることを納得するまで聞くという、至極まっとうなやり方で挑み、風穴を開けたのである。これを機に、記者クラブ制度を解体すべきである。なにはともあれ、望月記者の話を聞いてみたいと連絡を取った。

銀座の喫茶室に現れた彼女は小柄だが、ブン屋さんには珍しい華のある女性だった。2児の母親で、亭主は同業者だが、単身赴任中だという。

2004年に日歯連(日本歯科医師連盟)が自民党の首脳たちに迂回献金をしていたことが発覚した。その献金リストを彼女がスクープして、大きな話題になった。

「正義のヒーローでも、反権力記者でもない」

初っぱなから失礼な質問をしてみた。私のような雑誌屋は、記者クラブ制度やなれ合い会見を批判してきた。あなたのようにまっとうな質問をぶつけて、これだけ話題になるというのは、何も変わらなかったということが証明されたのだと思うが。彼女はこう答えた。

「私のしたことは当然のことでもてはやされることではないと思う。それだけ今は、権力に対してモノがいえない、ジャーナリズムの限界が見えてしまっているからなのではないか」
「いろいろなメディアが、自分たちでやればいいのに、私のしたことを取り上げて、その結果に自分たちは責任を取らない」
「私は正義のヒーローでもないし、反権力記者でもない」

深刻ぶった表情ではない。どちらかというと、あっけらかんとしたいい方である。私は、さらに質問を重ねた。

小池百合子東京都知事から「排除する」という発言を引き出したのはフリージャーナリストの横田一だった。いまはどこでも権力ベッタリで、権力者の意のままに動く記者が多い。そうした中で、どう切り込んで発言を引き出すかが勝負になる。あなたが引き出した菅の「ここ(会見)は質問をする場ではない」というのも、大暴言だったと思う――。

彼女はうなずき、こう答えた。

「身の回りに気を付けろ」といわれた

「ここで聞かないでどこで聞けというんですかね。苦し紛れに墓穴を掘ったのだと思います。私がしつこく質問をするので、8月下旬に菅官房長官側から、菅番の担当記者に会見時間を短縮したいといってきたそうです」
「それは突っぱねたようですが、『あと○人』『あと○問』と官邸の広報官が質問を打ち切っているのをそのまま認めています。これはメディアの自殺行為ですよ」

あなたが出した『新聞記者』(角川新書)の中で、「記者たちは私が想像していたよりもはるかに、政権側にすり寄っている」と書いている。だが、実態は権力側と一体といってもいいのではないかと、私は思っている。ほかの記者から、身の回りに気を付けろといわれたそうだが、そうした気配を感じることがあるのか――。

「内閣情報調査室や公安警察が私のことを調査し始めたという話は聞きますし、知り合いの議員に『望月というのはどんな人間だ』と聞いてきたということはあるようです。直接的に圧力をかけるようなことはせず、間接的にプレッシャーをかけるというのは、彼らがよくやる手法で汚いやり方だと思います」

彼女は日歯連の報道で某大臣から訴えられた。それは不起訴になったのだが、そのあと整理部へ異動になった。事件の現場に戻りたかった彼女は、いくつかの新聞から移籍を打診されるなかで、読売新聞へ移ろうと思い、父親に相談したという。

すると、業界紙の記者だった父親が「読売だけはやめてくれ」といったそうだ。

時の総理大臣を脅したことを得意そうに

なぜ、父親が反対したのかはわからないが、私の父も読売新聞だった。戦前からの古株だったが、子供の私によく、「読売争議(1945年から46年)の時はアカ(共産党)を追い出してやった」と自慢していた。

また、正力松太郎は新聞に自分の動向を毎日書かせて私物化し、務台光雄は大手町の国有地を読売に払い下げろ、そうしないなら新聞でお前のことをたたくと、時の総理大臣を脅したことを、得意そうに私に語った。

今のナベツネ(渡辺恒雄主筆)の横暴ぶりはいうまでもない。読売というのはそういう体質を持った新聞だから行かなくてよかったと、彼女にいった。

加計学園に文科省の認可は下りたが、安倍と加計孝太郎との癒着疑惑は解明されたわけではない。これからどうするのかと聞くと、彼女はこう答えた。

「2人の関係は、おごったりおごられたりという関係ではなく、加計氏のほうが毎回払っていたようです。獣医学部認可問題だけではなく、これまでも癒着してきた過去があると思う。まだまだ諦めません」

権力者が隠したいことを明るみに出す

そうはいっても安倍政権という権力は強大で、記者一人で闘えるものではないだろう。私は「たとえば、朝日新聞と東京新聞がタッグを組んで、情報交換しながら安倍政権のスキャンダルを追いかけるとか、ニューヨークタイムズがトランプ政権の取材に500万ドルを投資したように、会社全体でやっていかないとつぶされるのではないか」と聞いた。

それに対しての答えはなかったが、彼女はこう締めくくった。

「在任期間が最長になる菅官房長官は、政権を揺るがしかねない閣僚のスキャンダルにも、表情を変えることなく鉄壁のガードを築いてきた。しかし、私とのやりとりで、これまでとは違う別の菅官房長官の顔を導き出すことはできたのではないか」
「その表情を見ていると、さすがに『加計ありきではない』という言い訳は苦しいように思えます。日々の少しずつの積み重ねが、政権を揺り動かすほどのパワーになると信じています」
「私は特別なことはしていません。権力者が隠したいと思っていることを明るみに出すために、情熱をもって取材に当たる、それだけです」

こうした記者が、いま少し出てくれば、ビッグ・ブラザーのように肥大化した権力を監視することができるはずだと思うのだが。

次の予定があると飛び出していった彼女の後ろ姿が、とても大きく見えた。