民間施設まで規制対象にするのは行きすぎか?

厚生労働省は、2020年東京オリンピック・パラリンピックには煙草のない日本社会を目指すべく、屋内禁煙の徹底を柱とした健康増進法の改正を目指している。他方、自民党は煙草を吸う人が多いのか、煙草業界の利権を守るためなのか、厚生労働省(政府)の法律案は喫煙者に厳し過ぎるとして、100平方メートル以下の小規模飲食店は規制の対象外とする対案を示した。厚生労働大臣、自民党が協議をしても今のところ決着しない。

こんな状況の中で、小池百合子東京都知事が実質率いる都民ファーストの会は、政府案の規制に加えて子供のいる家庭や自動車の中でも喫煙を禁止する条例案を提案すると発表した。

このテーマは古くから「嫌煙権」という名で憲法論として議論されてきた。こんなことが憲法議論のテーマになってきたんだよね。憲法論における結論は、嫌煙権は憲法上の人権としては認められないというもの。

なぜ憲法の議論になったかというと、喫煙を禁止する(禁煙)明確なルールが日本にはなかったからで、そのため憲法13条を根拠に新しい人権として嫌煙権を位置づけ、それによって喫煙者に対して禁煙を迫るという問題提起がなされた。しかし今は、法律や条例が作られようとしている段階だ。もはや抽象的な憲法論ではなく、具体的な法律論・条例論のレベルになってきた。

今回は、僕の主宰するゼミ(https://synapse.am/contents/monthly/gekikara)のゼミ生とこの煙草規制について議論した。

自称インテリが好む抽象的概念的な議論と実務家が行う具体的な政策議論・法律議論との違い、最後の線引きは理屈というよりもエイヤーで決めるもの、ただし権利調整のルールには一定の後付け・無理やりの根拠も必要になる……など具体的なルールや政策・制度を作る上でどういう議論が必要になるのかのケーススタディーとして参考になると思い、ゼミでの議論の一部を掲載する。

【Aさん(子供を持つお母さん)】国でも、オリンピックを控えた東京都でも、受動喫煙防止条例が話題になっており、都議会では都民ファーストと公明党により、受動喫煙防止条例を提出するということですが……。各党、学校ではどうだ、ホテルではどうだ、飲食店ではどうだ……それぞれ意見が少しずつ違います。その差で争っているわけですが、どれも過剰規制に思えます。

「小さな政府」を前提とすると、必要以上の規制はするべきではありません。公的色合いの強い施設は、行政が規制すべきだとは思います。ただ、ホテルだとか、飲食店だとか、明らかに民間の施設に、行政が喫煙規制をかける必要があるでしょうか?

【橋下徹】Aさんの「小さな政府」論を前提とする問題提起は大きな方向性の話。力を入れなければならない重要な議論は、喫煙者の権利と嫌煙者の権利をどのように調整するのか、喫煙店と禁煙店をどのように線引きするかの具体的な法律論・制度論ですね。

Aさんは「公的色合いの強い」という概念を持ち出していますが、具体的にはどのようにルール化しますか? どのように区分けしますか?

民間施設でも公的色合いの強い施設はいくらでもあります。そもそも公的色合いという概念は、抽象的な議論では使うことができますが、具体的にルールを作るとなると、こんな概念は全く使えませんよね。公的色合いの強い施設では禁煙と言えば、必ず国民から「それはどういう施設なのかちゃんと言え!」と言われるでしょう。このような抽象的概念で遊んでいるのが自称インテリの議論です。

今回、具体的ルール化の段階で政府と自民党が揉めています。都民ファーストの会も罰則は付さず努力義務にとどめるしかない領域の存在を認めているようですが、そうであるなら罰則付きと罰則なしの境界を、どのように具体的ルール=文言化するかが重要です。抽象的な概念ではなく、具体的なルールの文言を考えましょう。

喫煙率をもとに喫煙店比率を考えるという具体案

【Bさん(人生経験豊富な男性)】おはようございます。煙草の「害」、あるかないかと言えばそりゃ「ある」に決まっています。しかしそれは、論者が言うほどのものではない、「有害」として問題視するほどのものでは決してないはずです。健全な常識で判断すべきです。

もし彼らが言うような害があるならば、人類はとっくに絶滅しているはずです、何百年にわたってフィルターもない「どぎつい」煙草を何の規制もされずに吸われ続けて来たわけですからね。それとも現代になって、煙草が突然有害なものに変質したのでしょうか。

煙草は「健康被害」の問題ではなく、煙や匂いの「マナー」の問題です。

【橋下徹】Bさん、有害の定義にもよりますね。受動喫煙がない場合と、受動喫煙がある場合とで健康状態に差が出るかと言えば、差は出るというのが医学的な通説です。これは現在、ある意味科学的に確定しているので、この点を我々で議論しても素人議論の域を出ることができず生産的ではありません。

影響差とは、豊洲市場で話題になった例の環境基準のように、10万人に1人の割合でがんが発生するとかそんなレベルの話ですが、いずれにせよ受動喫煙の健康被害は医学的に確定しています。喫煙が人類絶滅を来すとまでは言えませんが、喫煙者の周囲の人体に影響があることは確かでしょう。そして社会ではそのような影響をも阻止していこうということで規制・基準等が設定されています。放射能でもなんでもそうです。

Bさんの理屈だと、人類絶滅の危険がない限り、世の中の規制・基準すべてが不要となるというロジックで粗すぎます。受動喫煙の問題は単なるマナーの域を超えて、他人の健康に影響があるという前提で議論せざるを得ません。まずは喫煙者にそのような意識を持ってもらうことが必要で、Bさんのような方がいるからこそ、都民ファーストの会が提唱する罰則なしの理念的条例も必要でしょう(笑)。そうそう、妊婦の喫煙が胎児に影響することも医学的に確定しています。

さて、あとはどのレベルまで規制するかですね。欧米では飲食店全面禁煙が当たり前のようになっています。それでも不都合はなさそうです。その代わりパリでは路上喫煙が多いですね。

僕もAさんのように、市民にはどのような施設に入るのかを、お店には喫煙者を客として入れるかどうかを選択させることで良いと思いますが、あとは選択肢の幅の問題です。喫煙者や嫌煙者に選べる選択肢(店)をどれくらい与えるのかという話です。

もし論理的にその選択肢の幅を検討するなら、喫煙者と嫌煙者の割合を基にするのも一案です。喫煙者と嫌煙者の割合と喫煙店と禁煙店の割合を同じようにする、というもの。そもそも喫煙は法律で禁じられていませんので、喫煙者の存在自体は否定できず、全人口に占める喫煙者の割合程度には、喫煙できる飲食店を認めてあげる。すなわち、全人口に占める喫煙者の割合と日本の全飲食店数のうち喫煙できる飲食店数の割合を合わせていくというものです。これはある意味、無理やりのこじつけ根拠です。こじつけであっても、何らかの根拠を示さないと議論は収束しません。

そしてこのような喫煙店の割合になるよう逆算して、喫煙可能な店の面積等の基準を決めるというやり方が、僕の今回の提案です。厚生労働省案や、自民党案は、喫煙・禁煙の境界ラインにとなる店舗面積等について細かくルール化しましたが、この案によって結局どれくらいの数の飲食店が喫煙可能になるのか、それは全飲食店のうちどれくらいの割合なのか、それは喫煙者割合と比べてどうなのか、こんな観点で議論してみるのも一つの手ですね。

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.70(9月5日配信)からの引用・ダイジェスト版です。もっと読みたい方は、メールマガジンで!! 今号は《[実践・課題解決講座]ゼミ生も参加!受動喫煙防止をどう考える?》特集です。