大学時代は体育会に所属し、勉強より運動に熱心だった――。そんなエピソードをもつ経営者は多い。だが、そのとき「勉強は苦手だった」と話すことは少ない。「文武両道のスーパーマン」と片づける前に、知ってほしい事実がある。運動には、脳の学習を助ける効果があるのだ。
ジョン・レイティ博士(ハーバード大学医学大学院准教授)は著書『脳を鍛えるには運動しかない!』(NHK出版)で、「運動は脳の基礎構造を物理的に強くする」と説明している。つまり、「運動に熱心だったのに、勉強ができる」のではなく、「運動に熱心だったから、勉強もできる」という可能性が高いのだ。
今回、レイティ博士の来日を記念して、著書の序文を特別に公開する。また、6月12日には、オリンピアンの為末大氏とのトークイベントが行われる。プレジデントオンラインの会員向けに無料招待枠を設けた。運動と脳の関係について、ぜひその目で確かめていただきたい。

※以下は『脳を鍛えるには運動しかない!』(「序文 結びつける」)からの抜粋です。

心肺機能の向上は副次的効果にすぎない

運動すると気分がすっきりすることは誰でも知っている。けれども、なぜそうなるのかわかっている人はほとんどいない。ストレスが解消されるから、筋肉の緊張がやわらぐから、あるいは、脳内物質のエンドルフィンが増えるから──たいていの人はそんなふうに考えている。

でも本当は、運動で爽快な気分になるのは、心臓から血液がさかんに送り出され、脳がベストな状態になるからだ。

私に言わせれば、運動が脳にもたらすそのような効果は、体への効果よりはるかに重要だし、魅力的だ。筋肉や心肺機能を高めることは、むしろ運動の副次的効果にすぎない。私はよく患者に、運動をするのは、脳を育ててよい状態に保つためだと話している。

人間は「動物」である

科学技術に支配され、世界のどこの様子もプラズマスクリーンですぐに見られる現代にあって、人間が動くように生まれついていること、つまり人間は動物だということは忘れられがちだ。

それは、私たちが動かなくてもいい生活を築いてきたからだ。皮肉なことに、生物として当然の活動さえしなくてすむ社会を夢想し、計画し、実現した人間の能力そのものが、運動をつかさどる脳の領域に根ざしている。

人類は過去50万年にわたって、絶えず変化する環境に適応するために、身体能力を磨き、思考する脳を進化させてきた。ともすれば私たちは、狩猟採集生活をしていた祖先を、もっぱら体力に頼って生きてきた野蛮な存在と見なしがちだ。けれども、彼らにしても長く生き延びるには、智慧を働かせて食物を見つけ、蓄えなければならなかった。

人類の脳の回路には、食物と体の活動と学習とのつながりが、もともと組み込まれているのだ。

しかし、私たちはもはや狩りも採集もしていない。そこに問題がある。動くことの少ない現代の生活は人間本来の性質を壊し、人類という種の存続を根底から脅かしている。

証拠はあちこちに見られる。アメリカの成人の65パーセントが太りすぎで、国民の10パーセントがII型糖尿病を患っている。運動不足と栄養の偏りが原因の破滅的な疾病だが、生活習慣によって充分予防できるはずだ。かつては中高年の病気と言われていたこの疾病が、今や若い人たちにも広まりつつある。

私たちは自分で自分の首を締めているようなもので、しかもそれは生活のすべてが特大サイズのアメリカに限った話ではなく、先進国全体の問題となっている。

もっとも気がかりで、しかも、ほとんど誰もまだ気づいていないのは、動かない生活は脳も殺してしまうということだ。実際に、脳は縮んでいくのである。

心と体を、再び結びつける

現代の文化は心と体を別モノのように扱っているが、私はそれを再び結びつけたいと思っている。長らく私は、心と体の結びつきというテーマを夢中になって追究してきた。1984年にハーヴァード大学で医療専門家に向けて行なった初めての講演のタイトルは「体と精神医学」だった。

そのときは主に体と脳の両方向から攻撃性を治していく新しい薬物療法について話したが、それはマサチューセッツ州立総合病院の研修医だったときにたまたま発見したもので、複雑な精神疾患を病む患者を担当したのがきっかけだった。以来私は、体を治療して心の状態を変える方法をずっと探し求めてきた。

今もその取り組みは続いているが、そろそろメッセージを広く伝えるべきときが来たようだ。この5年だけでも、神経科学の分野では重要な発見が相次ぎ、体と脳と心の生物学的な結びつきを示す、驚くような絵が浮かび上がってきた。

脳を最高の状態に保つには、体を精一杯働かせなければならない。『脳を鍛えるには運動しかない!』では、体の活動が私たちの考え方や感じ方にとって、なぜ、そしていかに大切なのかを説明している。

運動すると、脳の学習機能を支える基本要素にどんな指示が出されるのか? 運動は、気分や不安や注意力にどんな影響を及ぼすのか? どうやって私たちをストレスから守り、脳の老化をいくぶんでも逆戻りさせるのか? そして女性に関して、ホルモンの変調がもたらす厄介な症状を運動がどのように阻止するのか?

そういったことを科学的に説明していきたい。ランナーズハイのような、あいまいな概念について語るつもりはない。そもそも、ここで語るのは概念ではない。実験室のラットで計測し、人間において確認した具体的な変化なのだ。

脳は使わなければ萎縮する

運動すると、セロトニンやノルアドレナリンやドーパミン──思考や感情にかかわる重要な神経伝達物質──が増えることはよく知られている。読者の皆さんも、セロトニンについては耳にされたことがあるだろうし、その不足が抑鬱に関係していることもご存知かもしれないが、私が会ってきた多くの精神科医でさえ、それ以上のことはあまり知らないようだ。

強いストレスを受けると脳の何十億というニューロンの結合が蝕まれることや、鬱の状態が長引くと脳の一部が萎縮してしまうこと、しかし運動をすれば神経科学物質や成長因子が次々に放出されてこのプロセスを逆行させ、脳の基礎構造を物理的に強くできること、そういったことをほとんどの人は知らないのだ。

実際のところ、脳は筋肉と同じで、使えば育つし、使わなければ萎縮してしまう。脳の神経細胞(ニューロン)は、枝先の「葉」を通じて互いに結びついている。運動をすると、これらの枝が生長し、新しい芽がたくさん出てきて、脳の機能がその根元から強化されるのだ。

ここ数年で発見された驚異的事実

神経科学者たちは、運動が脳細胞の内部──遺伝子そのもの──に及ぼす影響を研究し始めたところだ。生物の基礎である遺伝子レベルでも、体の活動が心に影響することを示す兆候が見つかっている。

また、筋肉を動かすとタンパク質が作り出され、血流に乗って脳にたどり着き、高次の思考メカニズムにおいて重要な役割を果たすことがわかってきた。

そうしたタンパク質群にはインスリン様生長因子(IGF-1)や血管内皮成長因子(VEGF)などがあり、その発見によって、心と体の結びつきを新たな角度から見られるようになった。神経科学者がこうした因子の機能に注目し始めたのはここ数年のことだが、続々と新しい発見がなされ、驚異的な事実が明らかにされている。

脳のミクロの環境でなにが起きているかについては、わからないことの方がはるかに多いが、すでにわかっていることだけでも人々の生活は変えられる。そして、おそらく社会も変えることができるはずだ。

▼ジョン・レイティ博士×為末 大氏 来日記念トークセッション開催

ジョン・レイティ博士(ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授)の来日を記念して、豪華トークイベントを開催!
 

ジョン・レイティ博士×為末 大氏 来日記念トークセッション開催

運動は体を鍛えるだけでなく、まずもって脳に働きかける。つまり、運動をすれば脳が育つ──自著『脳を鍛えるには運動しかない!』『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』(ともにNHK出版)で人間の脳と運動、身体と心、さらには進化との関係を解き明かしてベストセラーとなったジョン・レイティ博士(ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授)の来日を記念して、豪華トークイベントを開催いたします。

お相手は、博士の著書の大ファンであり、日本を代表する知性派アスリートとして「走る哲学者」とも呼ばれるオリンピアンの為末大氏。「運動」を議論の縦軸に、人間が進化の過程で獲得した身体と心の本来の可能性に迫りつつ、それを現代生活の中でどう「ウェルビーイング」に繋げていくか、さらには近年ますます注目される「人工知能」の時代に私たちが身体を持った人間であることの意味とは何かまで、お二人が縦横無尽に語り尽くす、またとない貴重なセッションとなるはずです。

レイティ博士はSPARK運動療育によって、また為末氏は新豊洲Brilliaにおいて共に、さまざまな障がいをもつ子どもたちに、運動を通してその可能性を引き出す活動にも関わられています。そのご経験からは、単なるスポーツや体育としてのアクティビティを超えた、運動と人間の深い繋がりを理解するヒントが見つかるはずです。この度は、プレジデントオンライン会員の皆さま50名を、特別に無料ご招待いたします。ぜひご参加いただければ幸いです。

▼イベント概要
ジョン・レイティ博士×為末 大氏 来日記念トークセッション
脳を鍛えるには運動しかない! ~野生、身体、人工知能

【日時】2017年6月12日(月) 19:00~21:00 (18:30 開場)
【会場】株式会社メディアドゥ セミナールーム
東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル 5F
【チケット】通常申込:2,000円(税込)
【定員】200名
(内プレジデントオンライン特別ご招待枠50名 ※ご招待枠は満席のため受付を終了いたしました)

※当日は英>日の同時通訳が入る予定ですが、通訳を希望される方はご自身のスマートフォンとイヤフォンを当日お持ちいただく必要がありますことを予めご了承下さい。
[主催]一般社団法人日本運動療育協会(SPARK協会)
[協力]NHK出版/株式会社侍/株式会社プレジデント社
[運営協力]株式会社フライヤー

▼ジョン・レイティ博士 (John J. Ratey, MD)
ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。神経精神医学の世界的な専門家。ADHDを初めて分かりやすく説明した『へんてこな贈り物』(インターメディカル)をエドワード・ハロウェル医師と共著で発表したほか、著書・論文多数。ベストセラー『脳を鍛えるには運動しかない! 』(NHK出版)により脳と運動の繋がりに関する世界的権威の一人となり、近著『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』(NHK出版)では、人間が本来持つ野生の力をいかに現代生活において活かし、心身の最適化を図るかを論じた。カリフォルニア州政府の運動に関する委員会においてアドバイザリーボードの共同議長を務めるほか、国立台湾体育運動大学非常勤教授、台湾総統および韓国教育省のコンサルタントを務めるなど世界中で活動している。精神科医としても1997年以来、Best Doctor in Americaの一人に選ばれ続けているほか、昨年はマサチューセッツ州精神科医協会より「2016年の卓越した精神科医」に選ばれている。また一般社団法人日本運動療育協会の特別顧問を務めるなど、世界中で子どもの運動療育にも力を入れている。johnratey.com
▼為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダルを勝ち取る。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2013年5月現在)。2003年、大阪ガスを退社し、プロに転向。2012年、日本陸上競技選手権大会を最後に25年間の現役生活から引退。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍を経営している。著書に『諦める力』『逃げる自由』(ともにプレジデント社)など多数。