以前、宮崎駿さんにお目にかかる機会があったときに伺った話で、ずっと忘れられないことがある。

スタジオジブリに宮崎さんの知り合いのお子さんが遊びに来たのだという。帰りに、宮崎さんが自分の車でその子どもを近くの駅まで送っていってあげた。

そのとき、宮崎さんの車は屋根が開けられるので、オープンカーにしたらこの子が喜ぶだろうなと思ったのだという。子どもにとっては風に吹かれて車に乗る体験は最高だろう。

ところが、たまたま小雨が降り始めた。屋根を開けようと思えばできないわけではないが、どうしようと宮崎さんは迷われた。結局、「今度また遊びに来たときに開けてあげればいい」と屋根を開けずに走ったのだそうだ。

そのときのことを宮崎さんは考え続けているという。子どもは日々成長する。子どもにとって、その日そのときの気持ちは二度と戻ってこない。だから、雨がぽつりぽつりとかかるくらいだったら、屋根を開けてあげればよかったと、ずっと後悔しているのだと宮崎さんはおっしゃった。

宮崎さんの話を聞いて、私はとても感銘を受けた。子どもは確かにそれくらい真剣に毎日を生きている。そして、そんな子どもたちのことを考えているからこそ、宮崎さんはあれだけ素敵な作品をつくることができたのだ。

「子ども」向けというと、それほどクオリティが高くなくてもよいと勘違いしている人もいるようだ。「子どもだまし」という言葉が、そんな考え方を象徴している。しかし、本当は子どもは一番敏感で正直である。大人と違って、この作品はちょっとつまらないけどためになるから見よう、というようなこともない。退屈ならば見ないだけである。

『となりのトトロ』や、『天空の城ラピュタ』といった宮崎さんの作品を子どもたちが夢中になって見るのは、丁寧で、良質な表現がそこにあるからである。「あのとき屋根を開けてあげればよかった」とずっと後悔している宮崎さんの姿勢に、その秘密が垣間見られるような気がする。

あるとき、絵本や児童文学の関係者が集まる会で、素敵な話を聞いた。ある編集者が作家のところに通っても、なかなか作品ができてこない。10年くらいかけて、ようやく1冊の絵本ができた。

なぜそんなに時間がかかったのか。その作家さんは、「何しろ、子どもに読ませるものだからね」とおっしゃったという。子どもの生涯に大きな影響を与える作品なのだから、それだけ思いを込めてきちんとつくらなければとその作家さんは考えた。

子ども向けだからこそ真剣に考え抜いてよいものを、という心意気は、絵本や児童文学に関わる作家さんの多くによって共有されている価値観だということである。

少子化の問題が指摘され、一人ひとりの子どもの個性を大切に育むことが求められている現代。子どもを大切に、という精神は、ますます重要になってくるように思う。

イノベーションが今まで見たことがないような新世界を切り開く、現代のビジネス環境。新しいことに感激し、探究心をもって学ぶ「大人の中の子ども」に働きかけることが求められている。

見せかけの価値ではなく、ほんものをこそ追求するという精神を、子ども向けから大人向けまで、さまざまな分野で大切にしたい。