昨年から「ポピュリズム」という言葉が政治行政の論評において氾濫しているが、それで政治を批判することほど無意味なことはない。

国民投票で否決されたイタリア「レンツィ改革」の問題点

昨年から「ポピュリズム」という言葉が政治行政の論評において氾濫しているけど、今年も同じような状況になるだろう。

でもポピュリズムという言葉を使って、その政治を批判することほど無意味なことはない。ポピュリズムという言葉は、自分の考えと異なる考えにレッテルを貼って「私の考えと異なる考えは間違いだ」と言っているに過ぎない。具体的な政策、改革、政治姿勢の中身の批判にはなっていないんだよね。

ポピュリズムだから悪。これは幼稚園児にもできる政治批評だよ。だから政治を批判する時に「ポピュリズム」という言葉を使っているかどうかは、その政治評論家の力を計る物差しになる。力のある評論家はポピュリズムという言葉なんて使わずに政治を語る。力のない評論家の政治評論はポピュリズムという言葉だらけになるだろうね。

多くのメディアや自称インテリは自分の考えと異なる政治家、端的に嫌いな政治家には「ポピュリズム」というレッテルを貼って、その政治家は悪いと批判する。

最近やっとポピュリズムという言葉には意味がないという論調も出始めてきたけど、それでも大勢はポピュリズムという言葉のオンパレード。アメリカのトランプ大統領誕生も、イギリスのEU離脱も、フランス・国民戦線のルペン党首の躍進も、イタリアにおける「レンツィ改革」についての国民投票の否決も、同じくイタリアの政党・五つ星運動も、全てポピュリズムであり、政治的に悪であるとされている。多くの有権者が支持している事実は全く無視される。自称インテリに言わせると、多くの有権者が支持していること自体が間違いかつ危険らしい。

これらは全て自称インテリの考えには反するようで、だからポピュリズムというレッテルを貼られて一蹴されている。ところが中身をきっちり検証すると、やっぱり多くの有権者の判断の方が合理的じゃないかと思えることが多いんだよね。

トランプ現象やEU離脱については、それを求める有権者の声にそれなりの切実な訴えがあることは最近論じられるようになってきた。トランプ氏の大統領選出やEUからの離脱が、アメリカやイギリスに横たわっている大きな課題に対する一つの解決策であることは間違いない。もちろんそれが絶対的に正しいかどうかは分からないが。

もしトランプ大統領やイギリスのEU離脱を否定するなら、別の解決策を提案しなければならないけど、クリントン支持派もEU残留派も解決策を提示できていない。

そしてイタリアでも昨年末、トランプ大統領勝利の直前に憲法改正の国民投票があった。マッテオ・レンツィ前首相による憲法改正案すなわち上院・下院改革案の是非だが、イタリア国民はこの「レンツィ改革」にノーを示し、レンツィ氏は首相を辞任した。そしたら読売新聞をはじめとする「ポピュリズム」というワード大好きメディアは、イタリア国民投票でレンツィ改革が否決されたのはポピュリズムだ! と国民の判断を批判した。すなわちレンツィ改革は賛成されるべき、実行されるべきだとね。

これこそポピュリズムという言葉を使った政治批判がどれだけ薄っぺらいものであるかの分かりやすい証左。あれだけ大阪都構想については「改革の中身が分からない」と批判し続けていた読売新聞がレンツィ改革に賛成だなんて、笑っちゃうよ。

読売新聞はまず、イタリア・五つ星運動が大嫌いなんだよね。特にEU離脱という動きが大っ嫌い。EUは絶対的に正しいと信じ切っている。ゆえにEUに反対する者は全て悪なんだよね。これが読売新聞の絶対的な結論。

レンツィ改革に反対していたのは、EUからの離脱を掲げるイタリア・五つ星運動。五つ星運動には確かにレンツィ首相(当時)を追い込むために国民投票において「レンツィ改革反対運動」を展開していたという側面はある。それに対して読売新聞は、EUに反対する者には全てポピュリズムとういレッテルを貼って悪と決めつけ、レンツィ改革に反対することを批判した。そこにはレンツィ改革の中身の検証なんて全くない。

実はレンツィ改革の中身をきっちり検証すると、この改革は大問題を内包していて、そう簡単に賛成できるシロモノではなかった。むしろ反対されて然るべきというか、今の段階では否決された方がイタリアにとってはよかったんだよ。

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.44(2月28日配信)からの引用です。全文はメールマガジンで!!