職場でたまに勃発する「言った・いや聞いてない」問題をはじめ、ミドルになると固有名詞が思い出せなくなったり、記憶力の低下に悩まされる。ところが、決して脳の機能が低下しているというわけではないようなのだ。

スケジュール管理の大敵は「ど忘れ」

年を重ねると、自分なりの仕事に費やす時間や予定の組み方を把握して、時間管理のスキルは上がるもの。しかしスケジュールを失念してしまい、せっかくの予定が水に流れてしまうという失敗も……。

脳科学者の枝川義邦さんは、「年を取って知能が下がったから、ど忘れが増えるわけではありません」と説明する。

「知能活動は、流動性知能と結晶性知能の2種類があります。流動性知能は新しいことを覚えたり、アイデアがひらめいたりする知能で、30歳前ぐらいにピークを迎える。一方、今までの知識や経験によって育まれるのが結晶性知能。これは年齢を重ねて磨かれていくものなので、加齢で知能が衰えるとは一概に言えないんです」

にもかかわらず、年を取ると予定を忘れやすくなるのはなぜか。それは短期記憶の一種である、ワーキングメモリが関係している。

ワーキングメモリとは、作業中の情報が脳に短時間だけ留まる記憶だ。その容量は限られている。これは、作業するテーブルの上をイメージするとわかりやすい。新しく入ってきた情報をとりあえず置いて、それをどう扱うか考えたり、ファイリングした過去の情報を広げて参照したりする。

「若い頃に比べて仕事の内容が複雑になったり、子どもの教育、親の介護、家のローンなど、私生活の心配事が増えると、テーブルの上に書類の束が散乱しているような状態になります。多忙で常に考え事をしている人に、『あとで打ち合わせしましょう』と声をかけて、『わかった』と返事があっても全然覚えていなかった経験がないでしょうか。あれはワーキングメモリがいっぱいで、新しい情報が入ってきてもテーブルの上に広げることができず、処理できない状況なんです」

習慣づけで変わる上手な記憶法

まずはテーブルの上を整理整頓して、記憶のスペースを確保すること。そうすればもの忘れが軽減したことも実感でき、経験を活かした時間管理を実現できる。それでは記憶力を高める方法を紹介していこう。

◎五感を使うこと

人間の五感は、記憶にとってアンテナのような存在だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚によって取り入れられた外の情報が脳の海馬に送られ、その一部が記憶として定着していく。

「その中でもっとも活躍するのが視覚情報で、情報の8割以上は目から入ると言われています。アンテナの感度は各人で異なり、耳で聞いた情報のほうが覚えやすいという人もいますが、五感を全部駆使したほうが記憶に残りやすい傾向があります」

スケジュールは、まず目で見て確認。そこで重要な用事はぶつぶつ口で繰り返せば、音として耳からも入るため、忘れにくくなる。

◎手書きでメモを取る

ワーキングメモリのテーブル上に書類があふれかえって新しい情報が置けないとき、いったん、ほかの机に据え置くという手段がある。つまり頭の中ではなく、メモに残すのだ。

「メモの方法は手書き、キーボードの打ち込み、それぞれ一長一短ありますが、個人的には紙への手書きをお勧めします。紙は一覧性が高いため、開いたときにページのどこに書いたかという位置情報や、どんな文字で書いたかというイメージとして脳が取り入れやすいからです」

ただし、何でもかんでもメモすればいいわけではない。脳はそのときの環境に適用しようとする性質があるため、メモばかり取って記憶力を使わない状態が続くと、もはや不要だとなって記憶のスペースがだんだん狭くなってしまうのだ。カーナビやケータイを使用するうち、昔は頭に入っていたはずの地図や電話番号を覚えられなくなってしまったのは、その現象と言える。ワーキングメモリからこぼれ落ちそうなスケジュールだけ、メモを取るといい。

◎良質な睡眠を取る

ワーキングメモリを整理する、もっともシンプルな方法が睡眠である。睡眠中は五感の中で嗅覚しか働かないため、新しい情報が入りにくい。そして睡眠を取ると記憶の定着がよくなり、さらには集中力も回復する。

「10~15分程度の昼寝でも、ワーキングメモリはかなり回復します。避けたほうがいいのが、常にスマホをいじっていること。多くの情報が脳に飛び込んでくるため、ワーキングメモリが散らかってしまう。また何でもかんでも検索する習慣が身につくと、記憶の容量も減っていきます」

◎細かいタスクをつくる

スケジュールの基本になるのは、いつまでに仕事を遂行するといった長期の計画である。そこに至るまでの道筋を中期計画、直近にするべきことを日々のタスクとして落とし込むのが時間管理の王道だ。このタスクによって一歩目を踏み出せると、同時にモチベーションが上がりやすくなる効果があるという。

「本来、『これを実行すればこんなご褒美がもらえる』と想像し、脳の報酬系の神経ネットワークが活発になってから人は動きだします。つまりモチベーション→行動という流れが一般的。

しかし、面倒だと思っていたアイロンがけを1枚やりだすと何枚もやってしまうように、先に行動を起こすことで報酬系が働きだし、モチベーションが上がる逆向きもあるんです。やるべきことを細かく分け、実行しやすいタスクをつくると、モチベーションも高まり積極的に取り組めるはずです」

そしてタスクリストは定期的に見返す習慣も身につけたい。それによって予定を忘れにくくなり、その源になる長期の計画を意識して、全体的な方向性を見誤らなくなるからだ。

◎タスクは具体的に記す

自分が何をすればいいのか、どこまでやればいいのかが明確でないとき、人はあれこれと周辺のことも考えながら仕事を進めていく。そうなると処理すべき情報が多くなり、ワーキングメモリに余裕がなくなる。これは「認知負荷が高い」と呼ばれる状態であり、「嫌だ」「面倒くさいな」という心理につながりやすい。

「タスクが具体的であればあるほど、記憶を掘り起こしたり、ものを考える手間が省かれるため、前向きな心理を招きやすくなります。『今日11時から打ち合わせ』という行動予定だけのタスクをつくらず、『いつ・どこで・誰が・何について』などの情報を明記しておきましょう」

タスクを上手に書くコツは、将来の自分は赤の他人だと想像して、その人に申し送りをするぐらいのつもりで書くこと。自然と予定の中身を具体的に記すようになる。

◎紐づけして覚える

実は、記憶は過去のものとは限らない。これから何をするかという将来の予定を覚えるのも、展望記憶と呼ばれる記憶の一種なのだ。

「ただし『いつ、何をする』と漠然と覚えているだけでは、忘れてしまうことが多い。なので、スケジュールを思い出すきっかけをつくっておきましょう。役に立つのが、スケジュールと別のものを関連させて覚える『紐づけ』。たとえば降りる予定の駅の看板とそこから人に会うイメージを重ねていっぺんに覚えようとすると、思い出す手がかりが生まれやすくなります」

枝川義邦
1969年、東京生まれ。脳科学者。早稲田大学研究戦略センター教授。専門は脳神経科学。近著に『「覚えられる」が習慣になる! 記憶力ドリル』(総合法令出版)など。