日本電産が行う、赤字企業再建とは?

日本電産は、「失われた20年」と呼ばれる低迷期の日本にあって、稀有な急成長を遂げてきた企業です。いまや売上高1兆円を突破(2015年3月期)。パソコンのハードディスクに内蔵される精密小型モーターの分野で、80%超のシェアを誇る「世界一」企業です。

同社発展の因は、まず第一に創業者でもある永守重信社長の、きわめて強烈なリーダーシップにあります。永守流と呼ぶべき、独特にして深みのある個性的経営者ぶりに、です。

その個性から生み出された経営手法の具体的な1つが「M&A」。同社の経営手法の鍵とも言えるものです。赤字のモーター会社を次々と買収して、1~2年という短期間で再建を果たし、黒字企業に転換してグループ全体の売上高、業界シェアを拡大していく。

M&A の対象となる会社は、仮に大企業の関連会社であっても、メインバンクも匙を投げ不採算部門として売りに出されるような赤字企業ですから、社内は慢性未達病にどっぷりと浸かって活気がなく、負け戦慣れして、社員も下を向いて仕事をしている状態です。

そこに、永守社長から指令された再建のための厳しい経営方針を背負って、私のような再建担当の役員が、たった1人で乗り込む。日本電産本社から派遣された“代官役”としてです。そして、社員の意識を改革し、職場の空気を一変させ、仕事の進め方を変革し、業績の上がる企業に短期間で変貌させるのです。

2番手に甘んじていてはいけない

私が日本電産に入社したのは、1998年秋。新卒で就職した日産自動車を55歳の部長定年で辞めた直後でした。日本電産に入社して8カ月後には、東芝傘下の芝浦製作所から家電用モーター部門を独立させた会社、日本電産シバウラ(現・日本電産テクノモータ)に会社再建のための代官役として派遣されました。表向きの役職こそ専務ですが、実質的な社長として再建を任されたのです。

派遣されて最初に永守社長から強烈に伝えられたのが、「1番以外は、皆ビリや」という言葉でした。なぜ1番を目指さなければならないのか。私は経営をマラソンにたとえて考えました。

マラソンのレースで、自分は2位で走っているとします。前にはトップの選手が走っている。2番手の自分は、その背中を見ながら、作戦を立てればいい。背中が語ってくれるのです。「1位のランナーのペースが少し落ちたな。よし、こちらも少し休もう」とか、「あと1キロは後をついていって、その先でラストスパートをかけよう」……などと、1位走者の走りっぷり、背中が語るものを参考にしつつ、そこにプラスアルファを加えていればいいのが2番手です。

しかし、自分がトップに躍り出たらどうか。もう目の前に手本はありません。この先の坂道を、どう走り抜くか。どこでスパートをかけるか。全部、自分で考え、自分で行動を組み立て決断していかなければなりません。考えるべきことの幅の広さ、深さ、質の濃度が、2番手とはまったく異なるでしょう。

その立場に実際に立つことは、2番手のときには想像もできなかったほどの強い風を全身に受けることであり、それだけにまた、頭の中で考えていただけではけっして分からない大切なものを得ることでもあるのです。

要するに、永守社長は、「1番以外は、皆ビリや」という言葉で、「2番なんかで満足しない」という自身の強い意欲と厳しい姿勢を示すとともに、「1番でなければ本当の経営はできない」ということを、私たちに教えたかったのだと解釈しました。

1番を目指すことの意味。それを考え、理解しておくことは、全社を率いるトップ経営者であれ、1つの部門や数人の部下を引っ張る中堅リーダーであれ、どういうレベルにおけるリーダーであっても大切なテーマだと言えるでしょう。

※本記事は書籍『日本電産永守重信社長からのファクス42枚』(川勝宣昭著)からの抜粋です。