20世紀以降、英米を中心に発達したのが分析哲学。19世紀までの哲学では、分厚い著作物を全部読み通さなければ哲学者が何をいいたいのか理解できなかった。これに対して、誰もが理解できる言葉でクリアに論じるのが分析哲学であり、論文の長さも数十ページ。現在では世界各国で発表される哲学論文のうち8~9割は分析哲学の手法をとるようになっている。最良の入門書といえるのが『分析哲学入門』だ。哲学で最も重要なことは論証なのに、入門書の多くは哲学者の名前と学説を並べるだけ。だがホスパーズは、彼らが「何を問題としたのか」「どういう解決策を、どういう理由で打ち出したのか」、そして「どんな問題点が残され、それを克服するためにどんな案が出されたか」を説明する。哲学を学ぶ学生には勧める本だ。

プラトン以来のギリシャ哲学は西洋の知識人にとっては教養の基礎。ここでは比較的理解しやすい本を挙げてみた。プラトンの諸作は師であるソクラテスがいろいろな人と議論した様子を描いている。『プロタゴラス』は当時の代表的な知識人だったプロタゴラスと論争し、こてんぱんにやっつけるという内容だ。プラトンが描くソクラテスはいつも「自分は何も知らないので……」と専門家に近づき教えを請う。芸術家には美とは何かを問い、政治家には正義について問う。そして最終的には、その専門家が何も知らないことを暴露して終わる。ソクラテス自身も知らないわけだが、「知らない」ことを自覚しているだけマシであるという論法だ。

その議論をおもしろがって若者たちがソクラテスに付いて歩くようになり、さらには真似をして専門家らに議論を吹っかけるようになったので、危機感を抱いた権力者サイドがソクラテスを告発して裁判にかける。その模様を描いたのが『ソクラテスの弁明』だ。師の刑死という大事件を扱っているにもかかわらず、あくまでも論理的で淡々としたプラトンの筆致がすばらしい。

哲学史上で最も頭のいい人は?

プラトンの弟子で生物学や天文学、経済学、芸術学、論理学など今日に続くさまざまな学問の基礎を築いたのがアリストテレス。直接の著作は残しておらず、講義メモのようなものをもとに構成されたのが『ニコマコス倫理学』などの本。やや難解かもしれないが、正義や友情、勇気とは何かについて究極的といっていい解決を示している。

哲学史上で最も頭のいい人は誰かときかれたときに、巨人アリストテレスとともに名前を挙げたいのが、20世紀前半に活躍したウィトゲンシュタイン。もともと工学系の学生だったが、ケンブリッジ大学にラッセルを訪ねて“押しかけ弟子”になった。20代のとき出版した著作で「哲学のあらゆる問題を解決した」と豪語し、いったんは哲学を離れ教会の庭師や小学校教師になった。40歳のときケンブリッジに教授として招かれ、そのあとで著したのが『哲学的探求』だ。哲学の問題を言語の問題として、どうしてそういう問題が生じるかを緻密に論じている。文章は平易だが内容を読み取るのは難しい。

ウィトゲンシュタインと同じく「哲学の問題はクリアに設定しクリアに解決すべし」と考えるのが僕。学生向けの講義録『ツチヤ教授の哲学講義』は一般の方にもわかりやすいと思う。ここではプラトンやデカルトといった大哲学者の考え方を「間違っている」と断じている。学生は「そんなバカな」と思うから必死で反論する。教師の言葉を鵜呑みにせず、自分の頭で考えることが一番大切なのだ。

哲学を学び、自分の頭で明晰に緻密にものを考えていく癖をつければ、自分に何ができて何ができないかがはっきりするから、よけいな悩み方をしなくてすむ。どんなことが解決できて、どんなことが無意味な問題なのかがはっきりしたら、かなりの不安が解消できる。

しかし、老化や死など人の力では解決不能な難問に突き当たったらどうするか。実は最後の武器になるのが「笑い」である。その理由をここで詳細に説明したいが、残念なことに紙幅が尽きてしまった。代わりに『われ笑う、ゆえにわれあり』を読んでいただければ、著者としていろいろな意味でありがたい。

人の力では解決不能な難問に突き当たったら……

(1)『ソクラテスの弁明・クリトン』 プラトン・著 講談社学術文庫
…告発された70歳のソクラテスが法廷で無罪を主張。その模様を冷静に描く。文学作品としても評価が高い。
(2)『プロタゴラス』 プラトン・著 岩波文庫
…他人に徳を教えることはできるのか。当時の大物知識人にソクラテスが議論を挑む。質問を重ねることで論破していくさまを活写した。
(3)『ニコマコス倫理学』 アリストテレス・著 岩波文庫
…正義とは、友情とは、勇気とは何か。ソクラテスから続く哲学上の問題を解決。難解とされるアリストテレスの中ではわかりやすい。
(4)『方法序説』 デカルト・著 岩波文庫
…「われ思う、ゆえにわれあり」が絶対確実な出発点だと宣言し、近代精神を確立。ラテン語ではなく通俗語のフランス語で書かれた。
(5)『分析哲学入門』 ジョン・ホスパーズ・著 法政大学出版局
…土屋教授が学生に勧める代表的入門書。意味論、認識論、科学哲学、形而上学、倫理学の5分冊。どの巻から読み始めてもかまわない。
(6)『ウィトゲンシュタインのパラドックス』 クリプキ・著 産業図書
…哲学の最前線で何が議論されているかを知るには最適の本。世界の哲学者がこの本を読んで刮目した。
(7)『「哲学的探求」読解』 ウィトゲンシュタイン・著 産業図書
…土屋教授も「何度も読んだが40歳近くになるまで理解できなかった」というウィトゲンシュタイン後期の著作。詳細な解説つき。
(8)『日常言語の論理学』 オールウドほか・著 産業図書
…専門的な論理式を満載した本から柔らかく解説した本まで、論理学の入門書はバリエーションが豊富。バランスが取れているのが本書。
(9)『模型は心を持ちうるか』 ブライテンベルク・著 哲学書房
…センサーとモーターだけの簡単な模型が「心」を持つかのように行動する。人間の心とは何かを考えさせる。
(10)『哲学の歴史 第11巻』 飯田 隆・責任編集 中央公論新社
…現在の主流である分析哲学に関して解説。副題どおり「論理・数学・言語」を柱としている。エピソード多数。
(11)『ツチヤ教授の哲学講義』 土屋賢二・著 岩波書店
…「学会の標準的な考え方とは違うところもある」と断りつつ大哲学者を批判。柔らかい講義口調で説く。
(12)『無限論の教室』 野矢茂樹・著 講談社現代新書
…さる大学の哲学教授がたった2人の学生に対して講義を行う。テーマは「無限とは何か」。平易な用語とたとえを使い、クリアに説く。
(13)『われ笑う、ゆえにわれあり』 土屋賢二・著 文春文庫
…哲学の問題には単なる言葉への誤解が隠れている。そのことに気づかせてくれるナンセンス・エッセイの最高峰。
(14)『不思議の国のアリス』 ルイス・キャロル・著 新潮文庫
…「日本にはもっとナンセンスを味わう文化が必要」と土屋教授は嘆く。英国ナンセンス・ファンタジーの名作。
(15)『悪霊』 ドストエフスキー・著 新潮文庫
…価値観転倒をもたらす 傑作「すべての価値観を疑うところから出発するのが哲学。ふつうの哲学書より哲学的意味合いが大きい」。