日本産の野菜、果物に飛びつくのは日本人だけではない。香港には翌日到着も可能になった。輸出先進企業の取り組みから、明るい未来が見えてきた!

日本の農家が心配だ。「TPPで外国産の激安農作物が入ってくると農家が全滅する!」と農協などは主張している。確かに影響は大きいだろう。いまでも、値段が倍以上も違う青森産と中国産のにんにくがスーパーに並んでいると、つい中国産に手を伸ばす自分がいる。

ただし、青森産のにんにくが価格競争に負けて絶滅したという話は聞かない。中所得層や小さな子どもがいる家庭では、ネットスーパーや直販農家なども利用して国産野菜を選んでいる。高品質なものを安定供給できれば、国産の農作物への根強い需要はあるのだ。

外食産業にもハンバーガーなどの外資系企業は少なくないが、日本の飲食店が駆逐されたわけではない。吉野家や大戸屋、一風堂などはチェーン展開をし、海外進出もしている。日本のコンビニもアジアで快進撃を続けている。農水産物という素材も含めた「日本食」は、もはや保護の必要がないほど国際競争力があるのかもしれない。

調べてみると、すでにアジアを中心に輸出をする元気な農家や企業が見つかった。成功のポイントは、価格や品質より売り方や物流にあるようだ。

では、最初の一歩はどのように踏み出せばいいのだろう。「野菜の出来には自信があるけれど、海外進出なんて考えられない。自分は英語が苦手だし……」という農家に代わり、さまざまな輸出方法を聞いて回ることにした。

独自販路を切り拓く――農協と取引ゼロ。台湾での価格はキロ1500円

日本全体のコメ輸出量は2200トンほど(2012年実績)。その1割以上を占める国内最大のコメ輸出農業家が新潟県にいる。玉木修氏(34歳)だ。

玉木氏が率いる「株式会社新潟玉木農園」はパート従業員も含めて10人ほどの陣容。自社で生産する量の10倍のコメを新潟および山形の契約農家から仕入れて、関東地方をはじめとする全国、そして海外へ販売している。農協との取引はゼロだ。

「農協を卒業して全国に打って出たのは親父です。でも、海外には出なかった。親父が全国大会なら俺はワールドカップで勝負しているんです」

ふてぶてしさすら感じさせる玉木氏は、職人肌の生産者というよりも凄腕の企業家という印象だ。ただし、10年前に海外販路を志したときはまさに背水の陣だった。

「20歳で就農して数年のうちに減反率が上がって、米価は落ちた。うちみたいに規模が大きい農家ほど打撃を受けるし、景気が悪くなると高いものから売れなくなるでしょう。新潟のコメが真っ先にやられると思いました」

その頃に読んだ新聞記事には、「農産物が輸入されるならば同じだけ輸出すればいい」と単純明快な自由競争の論理が書かれていた。感化された若き玉木氏は農水省や県庁に問い合わせる。どうすれば玉木農園のコメを輸出できるのか、と。しかし、返ってきた答えは「先行事例がないからわからない」。

ならば自力で輸出するしかない。生まれて初めてパソコンを買ってネットにつなぎ、日本以上に短粒種のコメを消費している台湾の事情を探った。輸出入を手がける食料卸会社の名簿を手に入れ、「玉木農園のコメを輸出したい」旨を日本語で書いたFAXを30社に送った。うち2社から返事があり、玉木氏は10キロのコメを抱えて現地入り。そのうち1社と契約にこぎつけた。

「いまだから言えますが、そこには契約破棄をされているんです。担当者がヘッドハンティングされ、輸出入ができる人がいなくなったと謝られました」

しかし、玉木氏は強運の持ち主だった。ヘッドハンティングされたというその担当者がアメリカの大手卸売会社の台湾支店にいる友人を紹介してくれるというのだ。

「もちろん、飛びつきました。いまでもその会社との取引が続いています」

契約してからも苦労は続いた。精米して包装したコメをトラックで横浜港に運び、船で台湾に届けなければならない。輸送コストや通関手続きはすべて「言いだしっぺ」の玉木氏が担った。

「通関の書類は英語ですからね。いろんな人に教えてもらって、何度も書き直して、マスターするのに3年かかりました。手続きがどうしても間に合わないときは、佐川の国際便などを使いましたよ。コストは高くつきますけど、手続きを全部やってくれるので緊急時には助かります」

リスクを負っているだけに価格設定では妥協しなかった。当初は1キロ1500円。国内価格の3倍以上、現地で売っている台湾米の7倍以上という強気の姿勢である。

その値段でも富裕層には受け入れられたが、規模を拡大して事業の柱に育てたい。現地のパートナー企業と相談して1キロ1000円に下げた。すると、販売量が10倍になった。

現在、玉木農園は取り扱っているコメの約3割にあたる250トンを輸出している。そのうち150トンは台湾向けである。人気が定着するにしたがって取引条件も改善し、現在は横浜港で卸売会社に引き渡せるようになった。10年前、玉木氏がなりふり構わずに切り拓いた台湾市場は大きなビジネスとして花開いたのだ。

課題はある。第二の柱にしたいシンガポールでの販売価格は1キロ500円。国内より少し高い程度の値段でしか売れない。シンガポールでは玉木農園は後発組であり、すでに「日本米」の価格が決められていたのだ。自社ブランドの価値を上げるしか打開策はない。カギは商品力ではなく営業力だと玉木氏は言い切る。

「たとえば、3年連続金賞を受賞した魚沼産コシヒカリがあったとします。うちのよりきっとうまいでしょう。でも、海外では売れませんよ」

国内では評価の高い商品でも海外ではほぼ無名。どんなにいいものをつくっても、現地の消費者にまで届く提案ができなければ売れないのだ。

「利益を生むための正しい経費をかけないとダメですよ」と断言する玉木氏に、具体的にどこに経費をかければいいのかと聞くと、露骨に顔をしかめた。

「それを俺に聞くの? 本当に? 競争相手を増やしたくないんだけどな」

いや、簡単なものを一つでも教えてほしい。しつこく食い下がると玉木氏はしぶしぶ口を開いた。

「低コストでできるのは、袋の素材とデザインを工夫することだね。うちは最初、よくある茶色の袋を使っていた。それを白い和紙加工にしてデザインを変えたら売り上げが1.5倍になったよ。見た目は大事。うまそうに見えるものを買うのが当然でしょう」

正しい経費を使うには市場のニーズをとらえる必要がある。玉木氏は現在でも年間3回ほど台湾を訪れている。

抜群の行動力を武器に海外ビジネスの基盤を固めてきた玉木氏。TPPの話題にはほとんど関心を示さない。

「売ることを他人に任せると商品の値段を自分で決められなくなる。買う側が値段を決めるなんておかしいでしょう。他人任せにする人ほど農協に文句を言っている。それなら農協に(商品を)出すなよ、と思いますね」

農業といえども経営なんですよ、と付け加えた玉木氏の淡々とした表情が印象に残った。