昨年は景気の好転が見られたが、依然、将来への心配は尽きない。10年後も安定した暮らしができるようにいますべきことは何だろうか。

将来を不安にさせる「犯人」は誰か

これから大変な時代に入るので、自分のキャリアを設計し直さなくてはいけない――。もうしそう考えているとしたら、慌てずに冷静になってもらいたい。「これからは時代が変わる。従来のやり方は通用しない」というもの言いは、何もいまに限ったものではない。試しに「PRESIDENT」のバックナンバーをチェックしてほしい。おそらく毎年、「いまこそ激動期!」と読者を煽っているはずだ。もっと遡ってもいい。過去1800年くらいの間、「いまこそ安定していて楽な時代」という理解が世の中に定着していたときはない。大変だと感じているのは、いまのあなただけではない。生きるとは、そもそもそういうことなのだ。

環境が年々悪くなっているというのも、錯覚にすぎない。昔は仕事も安定していて暮らしやすかったという人は、『三丁目の夕日』の時代に戻るといい。当時のほうがお金はなく、生活は明らかに苦しかった。

僕は幼少期を南アフリカで暮らした。父親が機械部品のメーカーに勤めていて、南アフリカに駐在していたからだ。高度成長期、日本人は世界中、地の果てまで出かけてビジネスをしていた。当時は1ドル360円の固定レートだから、日本を出た瞬間にド貧乏になる。みんな英語だってろくに話せないし、クロスカルチュラル・マネジメントの知識もない。それでも海外に突撃していく。まさにグローバル2等兵だ。

当時の日本人は、なぜ苦しい思いまでして海外に出たのか。最大の理由は、日本にいてもいいことがなかったからだ。日本の市場は限られていたが、海外に行けば商売があったから、やむなく出たにすぎない。いま、お隣の韓国で起きていることだ。

裏を返すと、いま日本人が外に出ていかないのは、日本が居心地のいい国だからだろう。グローバル化しないとヤバいと騒ぎつつ、みんな日本で暮らすことがベストな選択だと心の底では思っている。これほど住みやすい国はそうそうないだろう。

ところが、「環境はどんどん悪くなっている。将来は不安だ」という煽りに乗せられると、被害者意識が強くなり、犯人探しに走ってしまう。そうなると、自分のキャリアを考える余裕もなくなってしまうのだ。

僕は、外部環境というものは基本的に“行ってこい”でチャラになると思っている。いつの時代もいいこともあれば悪いこともある。同時に異なる時空間で生きることはできないので、実際にそうなのかどうかはわからない。でも、そう考えておいたほうが精神的には健康だ。犯人探しに貴重な時間を奪われなくて済む。

これからのキャリアを考える際には、気持ちをニュートラルな状態に持っていくことが大切だ。そのために、まず自分が置かれた環境を時間軸、空間軸で相対的にとらえ直すことから始めたい。

空間軸は、ほかの国と比べることで相対化できる。ただし、中国が伸びているとか、サムスンの利益がどうだという視点で比べても意味はない。大切なのは、ほかの国で自分と同じような人たちがどのような気持ちで毎日働いているのかということ。人間のレベルでほかの国を知ろうとするほうが、自分を相対化できる。

具体的なアクションとして、今年は海外に多くの友人をつくることをお勧めする。うちのMBAプログラムには、20カ国以上から学生が集まっている。ポーランドから来た学生は、ポーランドにいても仕方がないと考えて18歳のときに単独出国。ドイツで掃除婦として不法就労していたが、途中で制度が変わって堂々と働けるようになり、お金を貯めて大学に入った。カンボジアからきた学生は、ポル・ポト革命の真っ只中、自分の目の前で家族6人中4人が殺された。その後は浮浪者のような生活を送ったが、頑張って財務省の役人になるほど出世した。世界は広い。空間を超えてさまざまな人の生きざまに触れると、自分が抱えていた不安がひどくちっぽけなものに見えてくるに違いない。

時間軸の相対化には読書が最適だ。昔の人と直接の友達になることはできないが、読書を通じて知ることは可能だ。お勧めを一冊あげるなら、16世紀、キリスト教の布教のために来日したイエズス会を描いた『クアトロ・ラガッツィ』。この作品では、道端で人がバタバタと倒れて死んでいく戦乱の世の日本人の日常がリアルに描かれている。それと比べて、いまの日本はなんと安定していることか。

大きな時空間の中で自分という存在を位置づけてニュートラルになれたら、次はいよいよ自分の仕事のことを考えてみる。

このとき意識してほしいのは情報の遮断だ。自分の頭で考えることの重要性はみんな知っている。ところがいまは情報が多すぎて、それが容易ではない。思考は情報に注意を向けることによって始まるが、接する情報が増えると、それに与える注意の量が減ってしまう。情報と注意はトレードオフの関係にあり、情報が増えるほど思考が浅くなってしまう。

孤独こそが思考の友

これを避けるには、情報を遮断して、自分の頭だけで考えられる状況をつくりだす必要がある。具体的にやってほしいのは、フェイスブックやツイッターの“断食”。あらゆるSNSから離脱して、情報の流入を遮断してみる。併せて、PCやスマホの利用も制限してはどうだろう。仕事で使わざるをえない人がほとんどだと思うが、スマホには1日2回しか触らないとか、メールのみにしてネットにはつなげないとか、いろいろと工夫はできるはずだ。

物事を深く考えるときには、“つながって”はいけない。孤独こそが思考の友。極端な話、視覚を遮断した真っ暗な状態がいい。本当はカーテンを閉めて一人でじっくり考えられる環境が理想だが、それが難しい人はアイマスクをする。これなら通勤の電車やオフィスで、空いた時間を利用して思考に集中することができる。家の外でアイマスクをしていて他人に怪しまれても、気にすることはない。じっくり自分の頭だけで考える。これが何よりも大切なのだ。

考えるテーマは、3つくらいに絞ったほうがいい。普通に仕事していれば否応なく情報が流入してくるものだが、3つのテーマに関する情報以外は、徹底的に無視する。それでちょうどいいくらいだ。

3つのテーマを決めるのに、間違ってもリサーチなんてやってはいけない。自分にとって大切なテーマは、自分がもっともよく知っている。それを引き出すのに必要なのは自分との対話であり、「今年はこれが注目されている」といった情報ではない。

自分と対話するときは、“良し悪し”ではなく“好き嫌い”を追求してほしい。もちろん世の中には「人を殺してはいけない」といった普遍的な良し悪しがある。しかしそれらはたいてい刑法に書かれていて、わざわざ自分の頭で考えるまでもない。

好き嫌いは自己選択であり、誰かに強制されるものではない。好き嫌いで自分のキャリアをつくっていけば、選んだ道がタフであっても、明るく疲れることができる。環境を嘆いてブツブツ文句を言うより、そのほうがずっと楽しい人生になる。2014年は、ぜひそれを意識して自分との対話を始めてほしい。

楠木建氏の「2014年やるべきこと」リスト

【1】「いま」を見つめ直す

□違う空間(国・環境)にいる友人をつくる
□歴史の本を読む
□大変なのは「いまの日本」だけではないことを知る
□多彩な人と話す

【2】自分の頭だけで考える

□SNSから離脱する
□アイマスクをして視覚を遮断する
□PCやスマホの使用を制限する

【3】情報を取捨選択する

□取る情報を「良し悪し」ではなく「好き嫌い」で決める
□今年注意を注ぐテーマを3つくらいに絞る
□それに関係しない情報はすべてスルーする

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建
1964年生まれ。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。