金持ちであったことも、貧乏をしていたこともない

『PLANETS』1号を発行した翌年の2006年、宇野は勤めていた会社をやめ、東京へと活動拠点を移した。

もっとも会社勤めから足を洗ったわけではない。その後広告会社などを経て、出版系の会社に転職し、5号を出す2008年まで、会社勤めのかたわら『PLANETS』を作る二足のわらじ生活を続けている。

【宇野】『PLANETS』の製作費は全部僕が出していました。ぶっちゃけ、僕が普通に働いていたからできたこと。僕は就職してから1回も生活に困っていないんですよね。別に金持ちであったこともないけれど、貧乏をしていたこともないんですよ。

ポケットマネーで自分が一番読みたい記事を自在に作れる環境を整え、宇野はサブカルチャー総合誌を意識した『PLANETS』2号の制作をスタートした。手探りで作った創刊号とは違い、台割を作成し、雑誌編集の一般的な工程を踏んで2006年8月に完成した2号(特集≪ゼロ年代のオタク文化地図≫)の総ページ数は約300。ページ数も増えたが、販売部数もアップした。500部刷って300部増刷したというから、売れ行きは創刊号の倍以上だ。

2007年6月発売の3号(特集≪メディアと恋愛、コミュニケーション≫)とはさらに人気を集めた。1号2号の比どころではない。文字通り、爆発的に部数を伸ばした。

【宇野】3号は累計で3000部弱売れました。でも、こんなに部数が増えるとは思ってなかったんですよ。もちろん、もっと広めたいとは思っていましたが、3号は僕が考えていた数字の何倍もの反響があった。原因は明らかで、『SFマガジン』で僕の『ゼロ年代の想像力』の連載が始まったことです。それがブログ論壇などで取り上げられて話題になり、部数が跳ね上がりました。書店売りを始めたのもその頃からですね。

アニメ、テレビドラマ、映画、小説、そして仮面ライダーを取り上げた文化批評『ゼロ年代の想像力』は、『SFマガジン』2007年7月号から翌年6月号まで連載され、7月に書籍化された。帯には宇野が本書の後記で「十代の頃より、長く私の目標となる人物だった」と書いた社会学者の宮台真司が推薦文を寄せている。

扱い書店を増やす上で重要な役回りを果たしたのが、宇野をめぐる編集者たちだ。ひとりは、京都で会社勤めをしていた頃から宇野に目をかけていたフリー編集者。もうひとりは、3号で宇野が取材したTBSラジオ「文化系トークラジオLife」のプロデューサーのところに出入りしていた某出版社の営業マンだ。彼らから紹介された書店に宇野は営業に出向き、販売契約を取り付けた。わらしべ長者のような縁が『PLANETS』の原型を形作った。

2008年2月に4号(特集≪「文学」なんて、知らない≫)を、同年8月に5号(特集≪テレビドラマが時代を映す≫)を、2009年5月に6号(特集≪お笑い批評宣言≫)を出した後、宇野はある決意をする。

【宇野】それまでは3000から5000の間ぐらいの販売部数に満足していました。消化率がだいたい9割だったので、実売ベースだと号によっては商業出版の文芸誌に勝っていたと思います。自分の中でけっこう自信もついてきたので、じゃあ、いままで貯めたノウハウを総動員して、自分の集大成のつもりで究極の1冊を作ろうと、7号でクオリティをぐんとあげたんですね。直球勝負で、いま一番おもしろいサブカルチャー総合誌を作れるのは僕だと。僕とうちのスタッフの持っているネタで一番おもしろいところを全部投入すると、ここまでの雑誌ができるんだということを証明しようと作ったのが7号(特集≪ゲーム批評の三角形-アーキテクチャ/コンテンツ/コミュニケーション≫)です。いまの体制のまま、どこまで行けるのか試すつもりで扱い書店を増やしていきました。

カリスマ書店員の弱点

今度はわらしべ長者的に紹介された書店だけではなく、宇野自身が飛び込み開拓した。「宇野と申しますが」と名乗っては担当者に売り込みに出かける地道な作業だ。

【宇野】僕は書店員さんにすごく世話になって"出てきた"人間なんです。『PLANETS』がまだ数千部の頃に「おもしろい」と言ってくれて、書店でがっつり扱ってくれた書店員さんは、異動になったり辞めてしまった方もいますが、残っている方もいて、やっぱり彼ら彼女らがいまだに僕の本をよく売ってくれている感じですね。例えば、リブロの池袋店さんや三省堂の神保町店さんはいつもすごく『PLANETS』をよく扱ってくれる。7号より前の、『PLANETS』の初期の頃も、書店員さんにはずいぶんと助けられました。書店員さんのサポートはすごく大きかった。本屋って、都市部のカリスマ書店員が作った棚がパクられるというか広がっていくことでブームが起きていくという文化だと思うんですよ。だからカリスマ書店員さんの個人の能力にはすごく感謝しています。でも、その人が転職したり、異動になった瞬間にすべてが崩壊するような事態を何度か見てきているので、彼らのノウハウがなかなか継承されない書店というのはかなり脆弱なシステムだなと思いますね。書店という仕組みはもっと人を大切にしていいはずです。

「都内の書店とのパイプは太い」と自負する宇野は、「地方(の書店への営業)は弱い」とも語る。だが、その地方には、函館で高校時代を過ごし、情報に飢えていたかつての宇野がいるかもしれない。そこにはどう届けるのか。宇野の答えは「たぶんAmazonで買っています」。

Amazonに卸すため、宇野は7号からISBN(書籍に印刷されている国際標準図書番号)を取得した。

【宇野】書店に『PLANETS』を納入する際には7掛けなのに対して、Amazonは6掛け。だからちょっといやだったんですが、規模が大きいし、自分の本がAmazonでやたらと売れることも経験上わかっていましたからね。

8号の制作費は500万円。売り上げは1000万円。自身の集大成として制作に臨んだ『PLANETS』は、差し引き500万円の粗利を叩きだした。以後も、Amazonでの売れ行きは上々だ。ランキングの10位近くまで昇りつめたこともある。販売部数のかなりをここでさばいているのではないか。

主に同人誌ショップで販売した1号と2号が『PLANETS』の幼年期だとすれば、地道に切り開いたアナログ販路で好評を博した3号~7号までは少年期。Amazonに本格参入した渾身の自信作8号で『PLANETS』は青年期に突入した。人間関係に支えられたアナログ販路と、相性の良いデジタル販路の2つを押さえた『PLANETS』の青春は始まったばかりだ。

●次回予告
6月、宇野常寛はFacebook上でこう書いていた。「金が欲しい。事業資金的な」と。それは次の段階へ進む宣言とも読める。「いま僕がやろうとしていることは、個人を食わせるというレベルのものじゃない」と語る宇野は、これから何をしようとしているのか。次回《お金と組織力》、12月16日更新予定。