ようやく高まった知名度

活動を始めてから6年。2008年は、かものはしプロジェクトにとって一大転機となった。いぐさの雑貨を製造販売するコミュニティファクトリー事業が軌道に乗り始めただけではない。ほかにも大きな収穫があった。

【村田早耶香氏】TV番組「カンブリア宮殿」に出演したり、日経新聞にもプロジェクトの活動が紹介されたりしたことで知名度が一気にあがりました。特に大きかったのが「カンブリア宮殿」ですね。タイを舞台に、臓器移植を目的とした子どもの人身売買や幼児買春をテーマにした邦画「闇の子供たち」(2008年、阪本順治監督)の公開も、児童買春(子どもが売られる問題)に関する知識を広めたように思います。私たちは、日本でのIT事業とコミュニティファクトリー、それからサポーター(支援者)さんからのご寄付が活動資金になっていたんですが、この 年、毎月1000円を寄付する個人のサポーターさんが2000名近くに急増しました。1本440万円の金塊を寄付してくれた方もいたんですよ(笑)。驚きました。

2008年以降、かものはしプロジェクトの収益は順調な伸びを示している。直近の2012年度の数字を紹介しよう。総収入は1億545万円。うち、コミュニティファクトリー事業の収入は前年度比200%の1373万円に達した。現在、直営店と委託販売を合わせて45店。直営店を出すと売り上げが伸びるため、今年はもう1店出す計画だ。

寄付金の伸びも著しい。サポーターは2900名に増え、オーナー企業や大企業の社会貢献室からの寄付も増加。寄付収入は134%増の3579万円を記録した。ただし、前年度に2720万円の収入をあげたIT事業の数字は、2012年度の決算からは消えた。IT事業の競争は熾烈で、価格競争も著しい。これ以上続けても将来が見えないという理由で2011年度末をもって解散したからだ。それでも経常収支は547万円。主に寄付とコミュニティファクトリー事業でプロジェクトを維持できる体制は整った。

生活の安定、そして新たな課題地インドへ

学生時代に無報酬で活動を始め 、貯金を切り崩しながら生活していた村田氏の生活環境も変わった。

【村田氏】IT事業部の売り上げが伸び始めてからは、12万円ほどお給料をもらえるようになり、現在は、大学の新卒より多少多い程度の額をいただいています。実家も出て、都内で暮らせるようになりましたね。いま、日本人の専従スタッフが5名いますが、大企業よりは低いものの、ちゃんとお給料は出せています。

「手弁当」「無償で働いて当然」という前時代的感覚でNPO法人の活動をとらえる人はいまだに少なくないが、適正な利益をあげ、専従スタッフに活動の対価として給与を払うことのできない組織に持続的な活動は望めない。ミッションを達成することは不可能だ。被害者支援に必要な収入を確実に伸ばしているかものはしプロジェクトはそれだけゴールに近づいているともいえる。だが、2012年に村田氏はもう一つ、別のゴールを掲げることを決意した。

【村田氏】カンボジアの児童買春の被害者はかなり少なくなっていると言われます。実際、10才未満の子が働かされている売春宿は減りました。この10年でかなり改善し、ゴールが見えてきたという印象はあります。でも児童買春はカンボジアだけの問題ではありません。その一つがインドです。貧困が原因で売られるのはカンボジアと同じですが、子どもをだまして売った人、買った人が裁判で有罪判決を受けないケースが多く、抑止力を高める必要があるんです。

インドで性産業に従事する女性・子どもの数は100万人~300万人。そのうち、人身売買の被害者は数十万人規模とされる。しかし、国土が広大なため、すべてを網羅しての活動は不可能に近い。かものはしプロジェクトでは、被害者の65%が出ているとされる西ベンガル州からムンバイへのルートに照準を合わせて活動を開始した。貧困な州はほかにもあるが、西ベンガル州は他の州と違って、女性が外に(遠方に)出ることが許されている。その自由さが仇となり、売買され、大都市ムンバイまで1500kmもの距離を移動させられ、虐待を受け売春を強要されている。この人身売買ルートの縮小が新たなるゴールだ。

 まずは警察などと協力して「抑止力」向上から

【村田氏】カンボジアではまず職業訓練の場所をつくりましたが、インドでは子どもを売ったり売らせたりすれば、必ず有罪になるんだという抑止力を高めるのが先決。被害者が裁判で証言できるように、心理的なサポートをすることも欠かせません。そこで、警察とともに被害者を救出しているNGOや、被害者にカウンセリングやリハビリを提供しているNGOなどと手を組んで、活動を進めています。絶望的な気持ちになることはありますよ。憤りも感じます。被害の大きさには途方にくれるし、取り組まなければならないことが多すぎる。何十年かかるのか、やって意味があるのかとしり込みする部分もありました。でも、私たちはこの問題を解決するためにやっている。ずっといっしょにやってきたパートナー2人は前を向くことしか考えていないし、人格的に尊敬できて能力も高い。彼らと話しているとやっぱりがんばろうと思うんです。

現在の課題は、一にも二にも個人の会員を増やすこと。そのために村田氏は年間100回以上もの講演をこなす。Facebookでの告知に力を入れてはいるが、講演会やイベントはより効果的だ。聴衆は、わざわざ会場に足を運んで村田氏の話を聞きたいという人たち。直に話を聞けば、児童買春の解決に少しでも手を貸したいと思い、なおかつ行動する確率が高いのだ。

【村田氏】ボランティアの力もうまく借りていきたいですね。いま登録してくれているのは400名。学校での講演もやりたいんですが、スタッフを増やすとコストがかかるので、ボランティアを通じて啓蒙活動やイベントを展開していく計画です。でも、いきなり人に動いてもらうのは難しい。大事なのは関係を作っていくこと。それはカンボジアやインドで痛感しています。人身売買させない活動の実績を認めてもらったからユニセフといっしょに警察に行くこともできたし、ほかが支援をやめても警察は私たちを頼ってくるようになった。現地では日本人スタッフが人間関係を創るために飲み会に参加したり、泊まる場所も現地の人が利用するようなゲストハウスにしたりなど、泥臭い活動を続けています。一歩一歩やっていくしかありません。

スタッフと、ボランティアと、現地のNGOやスタッフと、地道に信頼関係を築きあげながら村田氏は7月から新しくなった広尾のオフィスを拠点に活動を繰り広げている。以前の代々木のオフィスより面積は広くなったが、家賃は同じだ。シビアなコスト感覚を忘れず、前進する村田氏が見つめる先には希望がある。「大変な戦いではあっても、社会は変わる。解決はできる」という確信が村田氏を、かものはしプロジェクトを支えている。

●次回予告
《デジタル時代の重要人物に訊く「実践マーケティング戦略」》第10回は、宇野常寛さん(批評家)。ウエブから始めた文化批評活動を、なぜ今どき「紙の雑誌」で続けているのか。350部からスタートした批評誌「PLANETS」の物語を訊く。12月2日更新予定。