子どもたちが農村で暮らし続けられるために

2002年、NPO法人かものはしプロジェクトは活動を開始した。資金源はどうするか。代表の村田早耶香氏が信頼を置くパートナーである2人の副理事長が描いた構想はこうだ。まずは日本でITの受託開発事業を始め、そこで得た報酬を活動に充てる。カンボジアではパソコン教室を開き、孤児院に保護された子どもたちにIT技能を身につけてもらい、パソコンの基礎からWebのデザインやコーディングまでこなせるIT技術者に育てたところで、日本で受注した仕事をオフショア開発として現地に回すというプランである。

カンボジアの人件費は日本の10分の1以下。現地で仕事を完成すれば、じゅうぶんに利益が出る。それを子どもたちの職業訓練に回す計画は現実的に見えた。実際、パソコン教室を卒業し就職を決めた子どももいる。

だが、パソコン教室は3年後に閉鎖した。

【村田氏】なぜ児童買春(子どもが売られる問題)が起きるのか、調べれば調べるほど農村に仕事を創出することが急務だとわかってきました。売られてくる子の大半は貧しい農村出身です。いくらPCスクールで教育しても、農村で子どもが売られることを止められない。この問題の根源である農村の貧困を支援しなければ児童買春問題を根本的に解決できないんです。かといって、農村支援とパソコン教室を並行してやるには人もお金も足りない。そこで、農村支援に重点を置くことにしたんです。

子どもたちが都市部に出稼ぎに行かず、地元で家族と一緒に暮らしながらできる仕事があれば、一番いい。だが農作業では子どもが売られずに済むほどの利益は見込めず、現地の特産品であるシルクを使った事業も検討したが、先行者が多く、すでに市場は飽和状態だ。ここに新規参入しても成功を勝ち取るのは至難の業と思われた。考えぬいて、村田氏たちがようやくたどりついた答えがいぐさを使った雑貨の生産だ。雑貨は約20種類。価格は、相場よりもやや高く、コースターは現地では1ドル、日本では300円で販売している。

“ありえない”事態のオンパレードに頭抱える。

【村田氏】いぐさのマットはカンボジア人の寝具。材料は現地で調達できるんですが、いぐさの雑貨自体はまだ少なく、これならある程度の雇用が見込めると考えました。ターゲットはアンコールワットを訪れる日本人観光客。貧しい家庭の女性たちを雇用して雑貨を生産し、私たちが日本で行っている講演会やイベントも含めて、日本人相手に販売するという形です。でも、いざコミュニティファクトリー(工房)をつくったものの、生産管理は難航しましたね。需給のバランスを見ながら生産するのは本当に大変だった。何より問題だったのは、品質や衛生管理への意識の違いです。

これは海外生産に携わる組織ならどこも頭を抱える問題だ。多少の傷は「味」とみなし、ちょっとしたズレや縫製ミスをあっさりスルーし、整理整頓が徹底できず、食事を取った後の汚れた手も意に介さず、仕事を再開してしまうつくり手からは、日本人に受ける製品は生まれない。彼女たちの意識をどう日本向けに変えていくか。村田氏は一計を案じ、アンコールワットで日本人が経営している土産用クッキーの工場へ従業員を連れ、視察した。百聞は一見にしかずだ。

【村田氏】工房では日本ではありえないようことが起きるので(笑)、日本人向けの製品をつくるには衛生管理がどれだけ大事かを見てもらったら、すごく刺激を受けたようです。それからはちゃんと手洗いもできるようになったし、自分たちで手順を絵に描いて工房内に貼ったり、靴やいぐさが散乱していたりするのもおさまりました。地元なのに一度も見たことがないというので、遠足がてらアンコールワットにも連れて行ったこともあります。自分たちが作った製品が売られている現場や他の商品を見て、もっと良い商品をつくりたいと思うようになってくれたのは収穫でした。

衛生面も品質面もレベルが上がり、コミュニティファクトリー事業はとんとん拍子、とはいかなかった。離職率が高く、3人の内1人は辞めていく。中には結婚して家庭を持つために辞める女性もいたが、それは少数派だ。大半はもっと良い稼ぎを求めてタイに出稼ぎに出ていた。

 従業員のサポートに心砕く

【村田氏】カンボジアの賃金は公務員が月額約4000円、ホテルのスタッフは約7000円。大手企業のホワイトカラー新卒が1万円、外資系に務めると2万円程度です。都市部の工場で縫製の仕事に就くとだいたい6000円ですが、私たちは始めてから3年ほどは売り上げがあがらず、そこまで高い賃金を払うことはできませんでした。

いま多少賃金が安くても、がんばれば必ず成果として現れ、子どもたちを救うことにもつながる。そう説得しても、農村の貧困は深刻だ。目先の利益に走ってしまうのを止めることは難しい。村田氏は粘り強く、コミュニティファクトリーの従業員が働きやすく続けやすい職場づくりに注力した。家族が病気になった、農業を手伝いたいという理由で長期間仕事を離れたいという要望があれば受け入れた。休みが長くなると戻りづらくなるというケースも多いことから家庭訪問を欠かさず実施し、従業員の家族に何かあった時のために互助会的な仕組みも採用した。給料から全員1日25円を貯金し、同額をかものはしプロジェクトも提供して、緊急時の支出に充てるシステムだ。識字教育にも熱心に取り組んでいる。

【村田氏】義務教育の制度は日本と同じで、公立は授業料がかかりません。でも学用品や制服は自己負担。洋服が2着しかなく、制服を買う余裕がないので学校に行けないという子どもも多いんです。学校教育は農作業には必要ないからと親が学校に行かせるのを渋るため、読み書きができない子どもも少なくない。でも、読み書きができないと生産性も下がるんですね。できたほうが絶対に生活もしやすいので、お昼休みを使って読み書きのほか、計算も教えています。計算ができないと仕入れ値と売値の計算ができず、仕入れた金額よりも安く売っていたケースもありましたから。

離職率は、いまでは10%以下まで減少した。読み書きや計算をマスターすれば、理解度が上がり、仕事の達成感も違ってくる。やれば自分たちの給与に反映されるのだという確かな手応えが得られる。家族に何かあった時や長く休んでしまった時も見捨てられないのだと実感できれば、働き続けたいという意欲が芽生えてくる。海外からやってきたNPO法人が理想を掲げても、人はそれだけではついてこない。貧困環境にあればなおさらだ。人を動かすのは目に見える実績や成果。それを可能にするのは、収益を上げ給与を平均水準に近づけるためのコミュニティファクトリー改善活動の根気強い積み重ねである。

●次回予告
認知が広がり、活動が軌道に乗ってきたかものはしプロジェクト。カンボジアでの成果も上がりつつあることから村田さんは新たな展開を決意した。エリアが異なれば、子どもが売られる事情も異なる。新しい地域への進出と、形を変えた問題解決のアプローチとは。次回《村田早耶香「人道NPO」新たな課題地へ》、11月18日更新予定。