人生をダメにする「楽観バイアス」

前回、老後破綻について書きましたが(http://president.jp/articles/-/18036)、少し補足しておきます。

老後破綻の原因は、計画を「立てない」ことにあるのではないと思います。計画はちゃんと立てているケースが多いです。問題は、その計画自体に「楽観バイアス」がかかっているため、非現実的なものになっているということです。

ノーベル賞経済学賞受賞の認知心理学者ダニエル・カーネマンは、楽観バイアスがかかる現象を「計画錯誤」という言葉で表現しています。

計画錯誤とは、「時間や予算など計画完遂に必要な資源を常に過小評価し、遂行の容易さを過大評価する傾向」で、人間の思考の非合理性ゆえに生じてしまう予測エラーのことです。

計画錯誤については、学位論文を書いている大学4年生を対象にした別の心理学者による実験で数値化されています。その学者はある論文を書いている学生に「いつごろ書き終わるか」を尋ね、最短のケースと最長のケースを予測させました。

『意志力の科学』ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー著

学生たちが予想した最短日数の平均は27日で、最長日数は49日。ところが、実際にかかった日数は平均56日。最短のケースの日数で書き終えた学生はほんの一握りで、最長のケースと予想した日数で書き上げた学生は、半分もいなかった(『意志力の科学』ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー著)。

過半数の学生は、自分が予想した最長日数をかけても、論文が完成していません。

そして、この計画錯誤という言葉をつくったダニエル・カーネマン自身の計画錯誤の体験も大変興味深いものです。

彼はイスラエルにいる頃、教科書執筆の機会を得ました。執筆は順調で、1年ほどで全体のうちの2章分を書き上げました。この時、彼は執筆チームのメンバー全員にこの教科書が完成するまでにあと何年かかるかの予想を聞きました。全員の予想は2年を中心に最短で1年半、最長で2年半というものでした。

結果はどうかと言えば、教科書が実際に完成したのはずっと後の8年後でした。予測の4倍オーバーの期間を要したことになります。

そう、もうおわかりのとおり、カーネマンを含めたメンバー全員は目の前の進捗がスムーズだったため、楽観バイアスによる「計画錯誤」に陥っていたのです。楽勝だと思ったら、全然そうではなかったのです。

ノーベル賞を受賞するほどの認知心理学者のカーネマンであっても、この錯誤に陥るということです。いかに人間の認識が非合理的にできているかということがこれでわかると思います。