2013年8月16日(金)

塩の「臆病」と「無謀」の境界線とは?

dancyu 2011年8月号

文・大石勝太

塩は料理の基本。素人とプロの最も大きな差は、塩をビシッと決められるかどうか。と思うのだが、実際に店で食べていると、「うわっ! 塩がきつすぎ!」、あるいは「あらら、もうちょっと塩をふってくれればいいのに……」と思うこともしばしば。逆に、「おお、すごい。ぎりぎりまで塩が効いている! さすがプロ!」と感動することも、もちろんある。

ここで、塩加減は個人の好みにもよるからね、と話を片付けようとする人、あなたこそ、今回の話をよく考えてほしい。もちろん、味覚の好みはあるだろうが、しかし、塩加減には絶対的かつ普遍的な“最適ライン”がある、はずだ。

そのラインを「塩の『臆病』と『無謀』の境界線」と勝手に名付けている。食べる側にすれば、このラインの手前ギリギリの極限で塩が決まっていれば、きっと翌日まで印象に残るおいしい料理となる(料理や状態によってはオンラインでもOK)。ラインの手前だと物足りない印象が残り、ラインを超えてしまうと、夜中に水を飲みに起きるはめになる。

ただ、誤解しないでほしいが、これは「塩味」のことを言っているのではない。素材の味をどこまで引き出せるか、皿の中の料理の味をどこまでまとめられるか、要するに塩をふることでどこまで旨味が引き出せるか、「塩加減」の問題だ。

ためしに、肉を焼いてそのまま食べた後に、塩をふって食べてみてほしい。塩味がするのは当然だが、塩をふることによって肉の旨味や香りが引き出されているのがおわかりになるはず。魚でも野菜でも同じこと。塩をふるのは、塩味をつけるのではなく、素材の持ち味や香りを引き出すなどして、おいしくするため。

さて、こうした境界線を無意識で把握している人もいる。「絶対塩感」がある人。こうした人は別にして、絶対塩感がない人、特に、同じ料理をつくることが少ない(経験の積み重ねによって勘を養うことが難しい)、われわれ素人はどうやってこの感覚をつかめばいいのか。

非常に難しい問題だが、今でも大きなヒントになっていることがある。10年以上前、あるイタリアンのシェフに牛肉のラグーのパスタを教えてもらったときのことだ。

「牛肉を炒めるときに塩、胡椒をします。でもこれは味をつけるためではなく、牛肉の臭みを取り、煮込んでいる間に旨味を引き出すため。ある程度煮込んだら、味をつけるための塩をふります」

かなりたくさん塩をふりますね。ちょっと味見させてください、えっ、ちょっとしょっぱくないですか?

「と思うでしょ? 大丈夫、おいしくなりますから」と、ニヤリと笑った。

そしてパスタをゆでる。

「パスタや塩の種類、そしてソースの塩加減によっても異なるのですが、このパスタをゆでる場合、海水の塩分が目安ですね」ちょっとなめさせてもらったら、うへっ、塩辛い!

「普通の人がイメージしているより『海水の塩分』は塩辛いんです。これはパスタに味をつけるわけではなく、小麦の香りや旨さをしっかり引き出すため。素人がゆでると、塩分濃度が低くてパスタの味が出ていないことがよくあります」

そして、ゆで上がったパスタは……ホントだ、小麦の香りがする! さらに、パスタに和えるラグーは……これも絶妙の塩加減になっている!

「ラグーは少し時間がたつと味が落ち着いてきてなじみます。最初に少し塩がきついと感じるくらいのほうが、落ち着いたときに肉の旨味がしっかり出ます。でも、パスタとラグー、それぞれを旨くするのが目的ではなく、ラグーを和えたパスタ、つまり料理として完成したとき、お客さまがそれを口にしたときに味がマックスになるように考えて塩加減をするんです」

このときの経験とシェフの教えが、今いかに役に立っているか、徐々に明らかにしていきます。

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大石 勝太