大卒就職問題は「対策本」に書かれているのか

ここでは、就職活動に関する論点が一挙に総覧できる著作として、就職活動やキャリア教育(の批判的検討)を専門にしている児美川孝一郎さんの編による『これが論点! 就職問題』を参照することとします。

児美川さんは同書冒頭の論考のなかで、次のような大卒就職の問題点を挙げています(42-46p)。(1)空前の就職難、(2)就職活動の「早期化」と「長期化」(大学教育がそれによって妨害される)、(3)長期にわたって過酷な就職活動が続くことによる学生の疲弊、(4)スーツや交通費等の負担(特に地方の学生にとって不利)、(5)企業側の採用基準の不透明性(しばしばそれは「コミュニケーション能力」という実に曖昧な言葉で語られる)、(6)採用における「新卒主義」の根強さ(既卒者は不利になると考えて、学生は強迫的に活動に打ち込まざるを得なくなる)。

(2)と(3)について具体的にみてみましょう。2012年度までの就職活動は概して、3年生の後半に始まり4年生の春から夏ころまで続くという、大学生活の小さくない一角を占める長期戦になっています。この間学生のスケジュールには、会社説明会、エントリーシートの提出締め切り、面接が毎日のように入ることになります。

児美川さんは就職活動中の学生がおかれるこのような状況について、「何十もの会社用のエントリーシートを書き、何次にもわたる面接で、“御社の魅力”を語り、自分の“売り”をアピールする、それでいて、つねに最終的には不採用の通知を受け取り続ける、といった体験を平然としのげるわけがありません」と述べます。こうした「本当に長く続く、出口がどこにあるのかさえ見えない過酷なレース」のなかで、活動量が落ちたり、疲れ果てて活動をやめてしまったり、「就職留年」する学生も毎年多く現われてくることになるといいます(41p)。

また、内定さえとれればいいかというとそうではなく、多くの学生が第一志望の企業から内定を得ることがかなわず、その点で「傷」を負っているとも児美川さんは述べます(41p)。就職対策本は、第一志望の企業から内定を得た学生を、自己分析や自己PRがうまくいった事例としてことさら称揚するものです。こうした称揚は、活動を始める前の学生には動機づけとなるのかもしれませんが、志望企業から不採用通知を受け取った学生にとっては、心に「傷」をつけ、またそれを悪化させるような働きをするように私には思えます。

就職活動に関する抗議のデモも近年行われていますが、大半の学生が今述べてきたような過酷な就職活動に、反抗することもなく従事しているのは、論点(6)採用における「新卒主義」の根強さが大きくかかわっていると考えられます。これについて児美川さんは、日本の企業の「若年採用が新卒に偏重しており、就職先を決めないまま卒業することは、その後のキャリアの可能性を著しく狭めてしまうということを、学生自身がよく理解している」ためだと述べます(45-46p)。そして「だからこそ、シューカツという競争の圧力釜には、生涯に一度のチャンスに賭ける学生が殺到し、その圧力(プレッシャー)は過剰に高まる」のだ、というのです(46p)。

就職活動の早期化・長期化が学生に費やさせる膨大なエネルギー、活動のプロセスで学生が受ける、時に心を病むほどのストレスとプレッシャー(これについては苅谷剛彦・本田由紀編『大卒就職の社会学』における本田由紀「日本の大卒就職の特殊性を問い直す」45-51pも参照)。これらはどうしても必要なものなのでしょうか。

現在の就職活動(企業からすれば採用活動)のあり方を見直すこと。そもそもの新規学卒一括採用という枠組みを問い直すこと。さらには、安定した雇用と福利厚生が保障される代わりにさまざまな仕事が際限なく押し寄せる正社員と、職務が限られている代わりに正社員に比して給料や福利厚生の面で圧倒的な差をつけられている非正規雇用従事者という二分法を問い直すこと。『これが論点!就職問題』には、こうした問題意識にもとづく、現在の就職活動や雇用体制、つまり仕組みの面から現状を変えていくための主張・提言が多く収められています。また、それらに加えて大企業ばかりではなく中小企業にも目を向けた方がいいといった、学生向けの提言もなされています。

紹介できていない論点は多々ありますが、私がここで行いたいのは、就職活動をめぐる議論の総覧ではなく、たとえばここまで述べてきたような論点が、学生が手に取る就職対策本ではどのように示されているのかということです。世の中では就職活動についてさまざまに議論がなされている一方で、就職対策本という一種の自己啓発書において、それはどのようなかたちで触れられているのか、あるいはいないのか。これを考えることは、自己啓発書と社会との関係について考えていくことにもつながるはずです。

『これが論点! 就職問題
 [編]児美川 孝一郎/日本図書センター

『大卒就職の社会学
 [編]苅谷 剛彦,本田 由紀/東京大学出版会

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