私は長年、日本の現代アート作品は世界的に見て素晴らしい水準にある、と訴えてきました。その確信となっているエピソードがあります。アメリカのポップアートの巨匠が来日した折にてんぷら屋に行ったそうです。その日はあいにく通訳に急用が出来てしまい、英語が出来ない人と会食になってしまった。それで素材が見えるてんぷら屋にご案内したのです。一通り食べたあとで、追加注文になり、言葉がわからない彼はコースターに絵を描いた。そうしたら、芋のてんぷらが出て、続いて茄子のてんぷらが出たそうです。しかし、彼が食べたいのは芋でも茄子でもなく、実は海老だった。その時の海老の絵はどう考えても、海老には見えない代物だったそうです。

<strong>池田学 予兆(2008) </strong>紙にペン、インク 190x340cm 撮影:久家靖秀 ©IKEDA Manabu  Courtesy Mizuma Art Gallery
写真を拡大
池田学 予兆(2008) 紙にペン、インク 190x340cm 撮影:久家靖秀 ©IKEDA Manabu  Courtesy Mizuma Art Gallery

この話を聞いて、思ったのは「やっぱり!」ということでした。日本には大学入試がありますね。この美大受験、かなり他の国とは違っています。特に美術大学の場合は、必ずデッサンの実技試験があるのです。彼らは美大受験のために、来る日も来る日も石膏像を模写します。以前に東京藝大の油絵科卒業のアーティストに聞いてみたのですが「あれはですね、マルス像とか、見なくても手が勝手に描けるようになるんですよ。そのくらい描かないと合格出来ない。もう石膏デッサンだけはやりたくないです。」とのこと。毎年テーマが変わり、リンゴが課題の時もあれば、水槽に沈む金属を描くといった大変なテーマの時もあるそうで、美大受験者はこの高いハードルをクリアしています。受験のためではあるのですが、一時期集中して描き込む特訓が行われているということです。

ですから、日本人アーティストは総じて写実的レベルが高く、圧倒的に上手いわけです。逆にその反動として、写実的な絵は学生の間ではあまり人気がなく、コンセプチュアルな、頭でっかちな作品を作ってしまう傾向が強い。「見たとおりに描くのは簡単」だからこそ、見えないもの、見たことがないものを作る方が偉い、と思い込んでいる節あります。難しい作品を作ることが大事、というような学生時代を過ごしてしまう。欧米の美大の場合は、試験と面接の両方で決めるのですが、基本的には面接が重視される傾向があります。また、日本と同じように受験が大変な韓国や中国では、誰でもが納得するレベルで描くことが大事だそうで、現代アートがブームになっている中国では、美大受験率は6000倍とも10000倍とも言われ、入学申請書類提出時には列が数キロも出来るそうです。ありのままに描くことを大事にしている入試と光の屈折や反射などを描けるほどにデッサン技術を求める日本の試験とは違いがあります。

この数年は、日本のポップカルチャーがもてはやされ、ポップな作風のアーティスト達が人気でしたが、最近、それらとは逆行するような作風の、物凄く細かい描き込みをする作風のアーティスト達が登場してきました。その筆頭が、池田学です。単に細かいだけではなく、独特の世界観が作られ、見る者を圧倒する作品です。彼は作品1点を完成させるために、1年以上の時間を費やします。本当に気の遠くなるほどです。それだからといって、池田学の作品は自給計算で作品価格を決めるわけにもいきませんから、本来ならば年収に換算してもよい作品が、格安で売られることになります。池田学の作品は単に時間をかけたから、細密だから、良いのでありません。何と言ったらいいか、職人的な繊細さではなく、武士のような、魂のこもった繊細さを感じる作品なのです。そこには見る者を威圧するのではない、こちらを許すような神聖さがあるほどの作品があるのです。ぜひ部分拡大の画像をご覧ください。