七四年、当時の田中角栄首相がタイとインドネシアを訪問したときには、両国で学生デモの洗礼を受けました。まさに今日の中国と同じ状況だったわけです。しかしそれにめげず、日本は東南アジアの経済発展を積極的に支えました。とりわけ、資本だけ入れて現地企業を買収するという帝国主義的なやり方ではなく、日本科学技術連盟、社会経済生産性本部などの組織が中心となり、日本が作り込んできた製造業のノウハウを持っていったことが大きかった。

それは、東南アジア諸国にとって大変にありがたいことでした。だから「日本を先頭とする『雁行モデル』においては、日本の後をついていくことによって我々は発展する。だから日本が栄えるのは良いことだ」という意識を持ってくれたのです。