朱鎔基は、英語では「三つの尊重」(The Three Respects)という、どちらかといえば座りの悪い言葉に訳されている包括的な改革に着手した。改革のひとつとして、家電メーカーであるハイアールやパソコンメーカーのレジエンド(その後、ブランド名はレノボと改められた)といった準国営企業が、国家から切り離され、国からの資本投入というセーフティーネットが外された。

こうした企業は、今日では自立した存在となっている。もし資金が必要であれば、上海、深、さらには香港といった株式市場を通じて中国人投資家からの投資を募ることができるようになった。ただし、株式市場に上場を果たすには、まず事業の再構成を行ない、投資を受け入れるのにふさわしい企業であることを示す行動をとらなければならなかった。そうした行動をとらなかった、あるいはとれなかった企業は、倒産もご自由にというのが新政策だったのだ。