お騒がせ森口氏の症例は「空想虚言症」

2012年秋、米ハーバード大講師を自称する森口尚史氏が、「iPS細胞の臨床応用に成功した」と発表、メディアで大きく取り上げられました。しかしそれが実は虚偽の発表であり、「大誤報だ」と騒ぎになったのは記憶に新しいところです。

私は森口氏を直接には知らないのですが、その言動を見るかぎり、売名目的で嘘をついたというより、自分で考えだした空想を、自分自身が信じ込んでいたのではないかと感じています。精神医学で「空想虚言症」と呼ぶ症例です。この症例は、本人が自分の作り話を真実であると信じきってしまうことが特徴で、語る言葉に1点のやましさもないために、嘘と見抜くことが困難なのです。

「ああいう人物が部下だったらどうするか」という設問ですが、森口氏のようなタイプの人はまずいません。私たち精神科医にとっても、一生のうちに一度ぶつかるかどうかというくらいの珍しい症例です。

森口氏の発表は、山中伸弥京大教授のノーベル賞受賞が決まった直後のことでした。想像ですが、森口氏には「自分は世界一の研究者」「自分は山中さんよりすごい」という思い込みがあって、それを自分にいい聞かせるために、虚偽の発表をしてしまったのではないでしょうか。

白雪姫の童話に「鏡よ鏡、世界で一番美しい女は誰?」と聞くお妃が出てきますが、基本はあれと同じです。もっとも、男性にはあまり見られない性向なのですが。

たとえば、すでに男性経験があるにもかかわらず「あなたが初めての人よ」という女性がいます。男性でも女性の耳元に同じようなことを囁く人はいますが、その場合ほぼ間違いなく、事実ではないことを自分でわかったうえで嘘をついています。

ところが女性の場合、いっている当人も、本当に「初めての人」と信じ込んでいることが少なくありません。自分にとって都合の悪い事実が、記憶から消えてしまっているのです。これを「現実否認」と呼びます。

女性による結婚詐欺でも、話していることは明らかに事実と違うにもかかわらず、詐欺師本人は「自分の言葉こそ真実」と信じ込んでいる場合があります。