アンビションを解き放て

ハッピーなリタイアメントプランを持っている人に、私はこれまであまり会ったことがない。そういう意味では、この領域でもカウンセリングしなければいけないと思って、守備範囲にしている。

「エンパワーメント」とは、本来、その人が持っている力を発揮させることだ。だから、力のない人に力を付けようなどとは思わない。自分の力を発揮できなくなっている人をエンパワーしていくのだ。

特に日本人というのは欲望が低い人種だから、一生刺激を与えていかないと、すぐに下向き、内向き、後ろ向きになってしまう。

かつて日本軍が占領したインドネシアの島々や満州の地に足を踏み入れると、「よくぞ、こんなところまできたもんだ」と戦前の日本人の神経が信じられなくなる。侵略と謗られようが、蛮勇と嘲られようが、あれだけの地域を占領した行動力とパワーは尊敬に値する。“身の丈”でしか生きられないに現代の日本人と同じ血が流れていたとは思えない。

戦後の日本人の最大の問題は、アンビションというものが非常に低く抑えられてしまったことだと思う。人類社会が進歩していくためにはアンビションは絶対に必要で、「こんなものでいいや」と満足したら社会の成長は止まる。

アンビションが野心や欲望へと暴走した戦前の反省から、戦後日本は抑圧された低アンビション社会をあえて志向してきた。高度成長期は戦後復興と経済発展という坂の上の雲を目指すことができた。しかし経済が成熟して成長が頭打ちになってからは、低アンビションの弊害から各方面で活力が失われていく一方で、この国の将来に暗い影を落としている。

私は日本人のアンビションを解き放ち、それを実現するための準備をし、スキルを獲得することにおいて、エンパワーしたい。「やりたいことを全部やれ!」と言って、自分自身、やりたいことをやってきた手前、そういうエバンジェリスト(伝道師)としての役割も自分にはあると思っている。

それは私が死んでも今までに作ってきた映像や書籍、そして卒塾生や卒業生を通じてできる。ならば私の命と興味が続く限り、そのストックを増やしていくだけ、である。

(「大前研一入門」完)
※当連載は近日書籍化刊行の予定です。

(小川 剛=インタビュー・構成)