間違いを指摘するのとは逆に、無理な頼みを聞いてもらわねばならない局面もある。田中康之氏が勧めるのは、自分のキャラクターに沿ったノンバーバル・コミュニケーションだ。

「言葉の内容以上に笑顔であることが重要です。あえて無表情で面白いことを言う人もいますが、かなりハイレベルな技なので、素人には危険。柔らかい表情や雰囲気でユーモアの半分は決まっていると考えていいでしょう」

なお、どのような仕草をすればいいのかは十人十色。自分を客観視する能力が問われる。

「かわいい人ならば『お・ね・が・い』とウインクするのもいいでしょう。しかし、僕がやったら殴られるのが落ち。僕のキャラクターでは、いきなり派手に土下座する、部屋に入るなり深々とお辞儀をし、そのまま顔を上げずに話して平身低頭ぶりをアピールする、などが似合いますね」

もちろん、深刻な表情で土下座したら押し付けがましくなってしまう。信頼関係がある相手に対して、にこやかなのに切羽詰まった様子で、コミカルに頭を下げるのだ。そこに愛嬌が生じ、「まあ仕方ないか」という答えを引き出すことができる。

ノンバーバル・コミュニケーションの重要性については、斎藤由香氏も同意する。特に、何でもメールで伝えようとする風潮には警笛を鳴らす。

「最近、社内でも近い席にもかかわらず、メールでのやり取りが多い。でも、メールではなく直接のコミュニケーションが一番大切だと思います」

どんなに丁寧なメール文章を書いても、表情までは伝わらない。ましてユーモアを込めることなど至難の業だ。

同じフロアや建物で一緒に働いている意義は、顔をつき合わせて迅速かつ建設的なコミュニケーションを行えることだろう。

手間も足も惜しまずに相手に会いにいくことで、誠実でどこかユーモラスな空気が伝わり、無理な頼みができる土俵ができあがるのだ。

エッセイスト 斎藤由香
成城大学卒業後、サントリーに入社。健康食品事業部時代にスタートした週刊新潮の連載「窓際OL」シリーズは10年目に突入。特技なし、酒量はウイスキー1本。著書は、祖母で歌人・斎藤茂吉の妻の輝子の生涯を描いた『猛女とよばれた淑女』『窓際OL人事考課でガケっぷち』ほか。
リンクアンドモチベーション モチベーション研究所所長 田中康之
1976年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、野村証券を経て、2001年リンクアンドモチベーション入社。2010年より同社の研究機関であるモチベーション研究所の所長を務める。モチベーションの源泉は「パン+α」。
(的野弘路=撮影)