相続問題の相談に来られた飯沼稔さん(仮名・43歳)は、微妙な表情でこんな話を始めた。

飯沼家には、私立中学に通う長男と小4の次男がいる。次男も、なんとかして長男が通う教育環境のいい私立中学に入れてやりたい。しかし、普通のサラリーマンである飯沼さんには、子供2人を私立に通わせるだけの収入はない。

悩んでいたところに、田舎の父から電話がかかってきた。70歳を過ぎた父親だが、脳こうそくを患って以来というもの、自分は先が長くないと気弱になっているのだ。父親は田舎に広い屋敷を持っており、姉夫婦が同居をしている。

「母が早くに亡くなったので、姉がずっと父の面倒を見てくれています。不謹慎だとは思いますが、父に何かあれば遺産の大部分は姉夫婦が相続する権利があると思います。でも、姉夫婦には子供がいないのです」

私は飯沼さんに聞いた。

「お父さんは、相続について何かおっしゃっているのですか」

「父が倒れてから何度か田舎に帰りましたが、まだ相続の話は一度も出てきていません」

「田舎には2人のお子さんも連れていかれましたか」

「えっ?」

飯沼さんの顔色がさっと変わった。飯沼さんの父親はかつて、長男である稔さんが東京の大学に進学し、東京で就職することに猛反対をしていた。そんな経緯があったため、飯沼さんが孫の顔を見せに田舎に帰ったのは、わずか1、2回だけだという。

「父が孫をどう思っているかはわかりません。でも、虫がいいかもしれませんが、父に何かあったときには次男のために遺産を分けてほしいのです」

姉夫婦にすれば、身近にいて世話をしてきた自分たちが遺産を相続するのが当然だと考えるだろう。しかも、財産はある程度の預貯金と不動産のみ。不動産は父の面倒を見ている姉が相続するとしても、その代わり預貯金を相続したいというのだ。

私の経験上、相続人の多くは名字が継承されることにこだわる。自分と同じ名字の子や孫に多くの遺産を残したがるケースが非常に多いのである。