たとえば八〇年代、アメリカで繰り広げられたジャパン・バッシングは、〇五年の反日デモどころの騒ぎではありませんでした。

全米の労働組合がワシントンに集まり、日本製のクルマや機械を叩き壊すデモンストレーションが繰り広げられていたあの当時、私がアメリカを訪れてレストランへ入ったら、「日本人はお断りだ」と言われたものです。ピストルを持ち出されて「出ていけ!」と脅されたこともあります。

しかし、いくらバッシングが激しくとも、バッシングが原因でアメリカ進出をあきらめた日本企業を私は知りません。「アメリカ市場抜きでは、日本は生きていけない」という信念(あるいは「悲壮感」)を、すべての企業人が持っていたからです。